第74話 全ては愛の為に(中)
強大で強烈な嵐流が私に迫り、『嵐の目』の言霊に従って中央を大きく開けて過ぎていった。
竜巻でも台風でも、回転の中心点である『目』の部分は安全だ。
中央に近い程に空気を加速させる遠心力の作用が小さく、穏やかなそよ風が吹いている。シムナとリタの羽衣をほんの端だけ揺らめかせて、攻撃目標たる私の肌を愛撫のように優しく撫ぜて消えていく。
代わりに、外側の風に触れた物は無残な姿に変貌した。
右巻きの弧を描く風に引き抜かれ、押し飛ばされ、半円を描いて地面に叩きつけられて、潰れた端から地を這うようにまた飛ばされていく。
何度も何度も何度も何度も、一分で二回か三回かの回数を繰り返し、ボロボロを経て粉微塵に。
今の私の質量でも、首の何本かは絡まったのではないだろうか? 再構成出来るから大した問題にはならないが、それだけの威力を放てるグアレスの底力に拍手を送りたい気分になれた。
同時に、こうも吐き捨てよう。
「「「「「「「「「もう休め」」」」」」」」」
彼の身体の二十倍近い大口を開け、彼のいた林諸共丸ごと喰らう。
口を閉じると口内の空気が暴れ回って、頭部から首の根元にかけてが倍の大きさに膨らんだ。喰われる直前に抜けて逃れ、暴風の爆弾を私に喰わせたのだ。これを繰り返して内部にダメージを蓄積し、その末に討ち取る算段だろう。
甘すぎる。
それは理性も知性もない化け物相手だから出来る事だ。その程度の対策はすぐ考えつくし、すぐとれる。彼が取れる手がそれだけであれば、前みたいに疲れた所を捕縛して終わりだ。
「「「「「「「「「真面目にやれ」」」」」」」」」
「こっちは大真面目だ! 首の三本も持ってってやるから覚悟しやがれ!」
「「「「「「「「「私は八又の大蛇じゃない。急所の首はないし、九本全部落とされても意味はない。時間の無駄だ」」」」」」」」」
「ああ、そうだ! お前の時間が無駄になる! その分こっちは余裕が出来る! 前世で仲間の血を啜りながらでもやった事だ! 今世でもいくらでもやってやらぁあっ!」
「「「「「「「「「前世? 仲間の血? 貴方は……まさか…………」」」」」」」」」
前世の大戦での話を思い出す。
敵軍の本土への進攻を遅らせる為、拠点となり得る島々で命を賭して戦った人々がいた。補給もなく、増援もなく、敵の物量に押され、死にゆく仲間が自らの血を分け与えてでも、立派に戦い尽した護国の英霊達。
故郷の出身者が多く派遣され、当時広島の軍港に派遣されていた祖父は、先に逝った仲間達の冥福を毎年祈っていた。
そして、事ある毎にこう言われた。
『自分が立つ場所を作った者達に敬意を持て』と。
過去は礎、現在は選択、未来は目標。礎に礼を尽くせない者が正しい選択など出来る筈がなく、定めた目標も適正であるわけがない、と。
「「「「「「「「「…………そうですか。リタ」」」」」」」」」
リタが乗る蛇頭を分離し、そちらに取り込んだ者達を明け渡す。
言わんとしている事をリタは理解し、キッと睨み付けて来た。頬を膨らませて不満を隠さず、ぷいっと顔を背けてへそを曲げる。
すまないとは思うが、必要な事だ。
「「「「「「「「すまないが、頼む。後で埋め合わせはする」」」」」」」」
「じゃあ、私も眷属にしてください。力不足は理解してますけど、側で戦えないのは凄く悔しいですから」
「「「「「「「「わかった。今回の件が終わったらすぐにでも」」」」」」」」
「はーい。じゃ、さっさと終わらせてくださいね。取り込んでるフリーの白狐を調教しながら待ってます」
「「「「「「「「待って、やめて、お願い。カラとカルだけで十分だから。白狐の男達の繁殖相手を取らないで」」」」」」」」
「無理でーす。急いでくださいねぇ~」
投げやりな酷すぎる台詞を残して、リタは蛇体に沈み込むと地中に潜って離れていった。
地上は邪魔になるからという配慮だろう――と思ったら、先の集落ですぐ頭を出した。私の代わりに住民達を捕え呑み込み、返り血だらけのハーロニーとマイアを回収して今度こそ地下に潜っていく。
私が戦いやすいように配慮してくれたのか。
感謝しつつ、グアレスに改めて正面から対する。分離した代わりの一頭を新たに生やし、油断も驕りも一切捨てて、敬意と覚悟を胸に抱く。
全力で――――
「しなずち様、女狐が上から来たぞ?」
「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」
シムナの指摘に四本を上向かせ、それの姿を認めた。
ヴァテアのように流星の如く飛来する白の一。速度はそれほど速くはなく、しかし、恐ろしく静かに蛇頭の一つに降り立って、迷いなく掌底を叩きつける。
最初に衝撃。こちらは女性のビンタ程度の威力。
次いで本命は――
「『滅っ』!」
「「「「「「「「「ちぃっ!」」」」」」」」」
確かめる前に、喰らった蛇頭を分離する。
一瞬だけ表面に波紋が広がったかと思うと、端から塵のように崩れて虚空に舞った。
攻撃とかいうレベルではなく、悪霊に対する聖水のような弱点特攻。私という存在を処理する為の専用の言霊が使われたのだと直感する。
『滅』? いや、あの言い方は『メッ』か?
悪い子を叱る親のような発音。対象は悪や邪で、効果は滅び? 子供の悪い部分を取り払って正しく直す、そんな言霊だ。
征服と蹂躙という悪を実行中で、邪で蛇な私には特別効く。
ナルグカ樹海で琥人と対した時と同じ、本能的な恐怖が全身を駆け巡った。グアレスに対する敬いを捨て、ふぬけた自身を厳しく叱咤する。そして、たった今変化した戦場の空気を思い切り吸って再認識する。
さっきまでの安全な侵攻から、命を懸けた争いに。
互いの生をぶつけ合う、正真正銘の宿敵との戦いに。
――――加減も出し惜しみも無用。但し、巨大化は悪手。的がデカいだけで大した優位は取れない。
「「「「「「「「シムナ、私が服になる!」」」」」」」」
「了解! 久々の『着衣』だ! 加減しきれなくても文句は言うなよっ!?」
心底嬉しそうな声を上げるシムナの羽衣に、私は膨張させた身体を流し込んで同化していった。
これをやるのは、数か月ぶりだ。勇者と英雄の連合相手に単身では追いつけないと、その場の思い付きでやった一度のみ。その時は『私を着た』シムナだけで、勇者四人を相手に互角に渡り合った。
あの頃から比べ、私は総魔と言霊で強化され、シムナも眷属となっている。
きっとその影響は非常に大きく、数十秒の変態の末に至った姿は、目の前の二人を恐れさせるのに十分な代物だった。
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