第63話 厄介な話


「いっでぇえええええええっ!」



 痛打で額を打たれたグアレスが、額を両手で押さえて床をゴロゴロのたうち回る。


 端から端まで十回は往復し、目尻に涙を溜めて怒りの形相が立ち上がる。目には私に対する非難の色が濃く、威嚇の牙が剥かれ、強大な咆哮が部屋を揺らす。



「なにしやがんだよっ!?」


「それはこちらの台詞です。情欲を催さない女をモノにする? 貴方は女を舐めてるんですか? 男が女を求めるのは、自らの血を後世に残さんとする無意識の本能です。種を付けたいと思える女をこそ魅力的に感じ、籠絡しようと手と策を尽くす。それを何ですか? 欲しい女に欲情を感じた事がない? もう一度磔にして、その言葉の愚かしさをしっかり教え込んであげましょうか?」


「しっかたねぇだろ!? 俺とアイツはそうなんだよ! 俺はアイツを女として見れないし、アイツも俺を男として見れない! そういう関係なんだよ、前世から!」



 破壊の力を持つ怒声が、縦に横にと反響する。


 耳を押さえて、エハが部屋の外に避難していった。私を巻くユーリカの蛇もそれに続き、出入り口が固く閉ざされて私達二人が中に残る。


 じりじりと互いの間が開いていく。


 動きと動きを繋ぐ拍を見極められる絶妙な距離。歩数にして四歩か五歩か、それだけ離して、ようやく改めて口を開く。



「前世というと、まさか元家族ですか? そんな物、今世には関係ないでしょう? むしろ、家族愛を異性愛に変えて育める。一部界隈では非難どころか推奨すらされます。ヤっちまえ」


「その指のジェスチャーやめろ! とにかく、信頼は出来るし家族にはなれる! でも夫婦は無理だ! そんな事をするくらいなら俺は来世に逃げるぞ、絶対に!」


「往生際が悪い。何なら頭の中をピンク色に染め上げましょうか? 十二尾を真っ白に染め上げれば、もう後には退けませんよね?」


「だからやめろって!」



 グアレスの身体がふっと消え、風の塊が代わりに残る。


 まさか抜けて来たか。部屋の中を混ぜ返すような風に耐えつつ、ドアから逃げようとするグアレスを横目で確認する。しっかり閉じられた石戸は開かず、私はすぐ床の土を操って、往生際の悪い魔狼をひっ捕らえた。


 壁に埋め込んで磔にし、ゆったり近づきつつ、指先から秘薬を滴らせる。


 一舐めで老人が若さを取り戻し、二舐めで幼少が性に目覚め、三舐めで例外なく生涯雄をやめられない、殆ど劇薬に等しい精力剤『繁栄の約束』。


 原材料はもちろん私の血で、用量管理が難しい事から、アシィナが理事を務めるリサイア医会が独占的に取り扱っている。市場には殆ど出回らず、商業都市トルエンデで開かれる闇オークションに出品されると、小瓶一つで金貨千枚で落札されるという。


 まぁ、流しているのは私なんだけど。


 巫女達を食べさせるのに十分な収入が必要なんだよ。



「じゃあ、ごっくんしましょうか。獣らしく後先考えずに腰振って、雌を雄で溢れさせれば万事解決です」


「やめろーっ! アイツを、ミサを幸せにするのは俺じゃないんだよっ! 俺じゃ幸せに出来ないんだよっ!」



 グアレスは涙目で顔を背け、私の指から逃れようと抵抗を試みる。


 全身身動きできないのだから、もう諦めれば良いのに。


 精々、今まで感じた事がない快楽と充実感で心と脳髄を満たすだけ。多少タガが外れて性欲魔人になるけど、ヴィラの信徒となれば制御出来るようになるから何の問題もありはしない。


 素直になろうじゃ――――ん?



「ちょいと、グアレス! 今、ミサって言ったかい!?」



 唐突にドアが蹴破られ、エハを脇に抱えたアンジェラが入ってきた。


 口調に緊急性が滲んでいて、表情にも焦りの色が見られる。私達の状況を確認するや否や、私の首根っこを引っ掴んで、無言の圧力でグアレスの解放を要求する。


 私は仕方なく彼を解放した。


 眼圧に屈したわけじゃない。彼女の様子を鑑みて、それが適切と判断しただけ。決して、決して屈したわけじゃない。屈したわけじゃないんだ。


 ――――もうちょっとで彼をこっち側に引き込めたのに…………。



「グアレス! もう一度訊くけど、アンタが狙ってる娘って十二尾のミサの事なのかい!?」


「あぁ、そうだよ。もう何度か打診してて、次の満月―――四日後に、コルドール山の山小屋で落ち合って、エハを連れてパルンガドルンガに行く予定だ。もっと早く行きたかったけど、向こうが何かゴタゴタしてるとかで延び延びになってて、またすっぽかされたらいい加減攫おうかと――――」


「当たり前だ! 十二尾のミサは先代勇王の正室だよ! 子こそ出来なかったものの、現勇王と王妃達からの信頼は厚くて、今でも勇国上層部の相談役として実権を握ってる! そんなのがアンタと出奔したなんてなったら、この辺一帯の情勢が一気にひっくり返るよ!?」


「あ? そんなの知るかよ。世界情勢なんて今でもグルグル回ってるだろが。ヴァテアの奴が武者修行で回ってた頃は、アイツが引っ掻き回したせいで、いつどこで戦争になってもおかしくなかったぞ?」


「あの頃はアルセア神が手を回して、尖兵に後始末させてくれてたから何とかなったんだ! ぁあったくっ! 坊や、今回は出直した方が良い! 勇国と帝国だけじゃなく、北の蛮国や東の女戦王まで介入してきかねない! そうなったら白狐族どころか、私達だって危険に――――」


「アンジェラ」



 私は首を掴む手を払い、逆に彼女の首に手を回して引き寄せた。


 顔を胸に当てさせ、鼓動を直に伝えて私を認識させる。


 突然の事に思考が追い付かないのか、特に暴れる事はせずに、私の匂いに中てられて頬を紅潮させていく。それなりに落ち着いても来て、頭に流れていた猛烈な血潮は、いつもの緩やかな流れに戻っていった。


 一分ほどそうやって、落ち着いた所で私は語る。



「つい最近の事だけど、私は失敗したんだ。どんどん変わっていく情勢に、流されるばかりで空回り。今のアンジェラはその時の私によく似てる」


「ぁ……ご、ごめんよ、取り乱して……」


「落ち着いたんだから良いよ。所で、アンジェラは私達が何者か覚えているかい?」


「何者か……?」



 惑いに囚われた瞳が私を見つめる。


 周りの情報が多すぎて、自分の情報までごちゃごちゃになっているようだ。それだけ頭を使って思考を回してくれているという事だけど、私はそこまでを彼女に求めていない。


 彼女に求めるのはたった一つだけ。


 その一つさえ守ってくれれば、何をしたって構わない。



「私達は女神軍だ。南の山脈から北に向かって領地を広げる侵略者。混沌とした情勢は手を伸ばす絶好の好機だし、何も真正面から当たる必要はない。静かに、ゆっくり、確実に、気付かれないように全部頂く。これまで落とした都市のようにね」


「だ、だけど、蛮国は暴神ドガの加護を受けていて、女戦王はアマゾネスの頂点なんだ。警戒するに越した事は……」


「用心も警戒もする。でも、慌てる必要はない。アンジェラは私の傍らで、私の為の巫女でいてくれれば良い。私を坊やと呼んで、私の愛に悦び、私に無遠慮に手を出して、私と果てまで歩んでいこう」



 そっと眼帯をずらし、潰された瞳に舌を這わせる。


 授けた刺激が目元から頬を伝って首を通り、背、腰、足をビクンッと跳ねさせた。


 紅潮が頬から全身に広がり、転がっていた毛皮を敷いて、上に彼女を押し倒す。一切の抵抗はなく、されるがままの乙女が、されるがままに身体を開く。


 エハとグアレスに言い、ユーリカとエリスを呼んでもらう。


 彼女達にも手伝ってもらおう。数度抱いた程度では、彼女の堅物さは解せない。特に従順な二人を見習わせて、びちゃびちゃになるまで蕩けさせる。


 どろどろになっても染め上げる。


 とろとろになっても注ぎ続ける。


 余計な事を考えず、私だけを見つめさせる。


 それで良い。


 それで、良い。



「今日は、この前より激しくいくよ」


「あっ……んっ……」



 柔らかな肌に手を埋め、私はアンジェラを貪り始めた。

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