第57話 三方への出陣


「しなずち様、行ってきまーす!」


「ユーリカと一緒だからって羽目を外しすぎるなよ?」



 二両の亡霊馬車それぞれの手綱を握り、リタとレスティが出立の挨拶を寄越した。


 幌付きの馬車から巫女達が身を乗り出し、手を振っている。


 私が振り返すとピシンッという音が響いて、『まだ待ってよ!』等の非難の声を置き去りに、異なる方向に走り出した。


 徐々に遠ざかっていく姿を見送り、やがて二組とも砂嵐に呑まれて見えなくなる。全員丈夫に作り直してあるし、防御系の魔術を使えるから、あの程度であれば大して苦労もせず突破して見せるだろう。


 私は振り返って、今回の戦における麾下の巫女達を見回した。


 ユーリカとアンジェラを先頭に二十二名が私の命を待ち、膝を着いて静かに首を垂れている。


 後ろには十両の亡霊馬車が用意してあり、内七両に食料と水と資材を満載してある。私の号令と共に全員が乗り込み、これから出立する予定だ。


 気を引き締め、背筋を伸ばす。



「これより、アルセア神に押し付けられた白狐族の保護作戦を開始する。リタ達はラスタビア勇国、レスティ達はカルアンド帝国、私達は両国国境に潜み、出来るだけ静かに白狐達を掻っ攫う。ただ、十二尾の未亡人とグアレス、未確認の十四尾が出て来たら臨機応変だ。生き延びる為なら何をしても構わない。私の為に力を見せ、私の為に生き残れ」


『『『はいっ!』』』



 気合の入った返事を認め、全員に行動を始めるよう指示を出す。


 馬車一両に付き二人が乗り込み、一人は御者、一人は見張りを担当する。ユーリカとアンジェラは別枠で、馬車列の最前と最後で警備にあたる。


 そして私は――――



「しなずち様、本当にお乗りにならないのですか?」


「幾ら太陽がきついからって、別に地中を行かなくても良いだろ?」


「全員を守りながら進むなら、この方法が一番良いんだ。気になる事や気付いた事があれば呼んで。すぐに出てくる」



 ユーリカとアンジェラの心配をよそに、身体を解いて地中に潜り込む。


 何が問題かって、この乾燥した大地と灼熱の太陽だ。


 馬車の中でも容赦なく水分を奪い、目的地に着くまでに蒸散する量は馬鹿にならない。今回は北側二番手の勇者、十二尾と十四尾の白狐、魔族の英雄『抜ける突風』グアレスを最悪相手にしなければならないから、ほんの一滴でも大事にしないと。


 南のようにヴァテアがいるわけではない。


 私の戦線離脱は、巫女全員の生命を危険に晒す。


 これまで以上に慎重に、確実に、手段を択ばず遂行する。その為に、今回はこの人選で組み上げた。


 リタ達は勇国の英雄候補だったから、未だに頼れる伝手は多く、地の利ならぬ人の利を生かせる。勘が良く機動力に優れたメンバーを集めたから、例え何があっても逃げ果せるだろう。


 レスティ達は名の知れた元魔王軍。白狐狩りへの助力をちらつかせれば、帝国に便宜を図らせられるかもしれない。グアレスも巻き込めれば、勇国と十二尾を抑えられる可能性もある。


 ユーリカとアンジェラは、まぎれもない主力かつ私のサポート。保護した白狐達の守護と敵対する軍勢の殲滅を担当し、私の補給も手伝わせる。十四尾の相手は出来ないだろうが、生き残る事に関しては彼女達への信頼は厚い。


 かえって、私の方が心配だ。



『しなずち殿』



 声が掛けられ、頭だけ地面から出す。


 そこにいたのはグレイグと、羽衣に身を包んだラミア姉妹だった。


 彼等にはパルンガドルンガの後始末を頼んでいて、新領主に据えたキュエレの補助に忙しくしていた筈だ。わざわざ見送りに来てくれて嬉しいが、まさか激務から逃げ出してきたとか言わないよね?



「どうかしましたか?」


『グアレスから早文が届いたのじゃ。勇国と帝国を相手にする事になった、と。事態が動いたと見て良いじゃろう』



 風で出来た半透明の鳥が、姉妹の手元に現れる。


 鳥は囁き程度の大きさで、静かに語る青年の声を繰り返し発していた。『勇国と帝国が手を組んだ』、『俺の討伐が開始される』、『女は必ず連れて戻る』、『心配しなくて良い』と。



「しなずち様。グアレス様は凄く変なお方ですけど、悪いお方ではないんです。どうかお手をお貸し頂けませんか?」


「私達、何度もグアレス様に助けられたご恩があるんです。お願いしますっ」



 必死に頭を下げる二人の姿に、沸々とグアレスへの嫉妬が沸き上がる。


 もう二人とも私の巫女だというのに、私よりも別の男の安否を気遣うのか。これから出陣していく私ではなく、恩人とはいえ別の男の方が気になるのか。


 いけない、いけない娘達だ。


 作戦が終わったら、しっかり躾けないと。



「わかった。何とかする」


「よかったぁ……」


「グアレス様は頼りないから凄く心配だったけど、しなずち様が助けてくれるなら絶対に大丈夫っ。だって、しなずち様は私達の主様だもん」


「うん! しなずち様にお願い出来たから、もう安心だね!」



 輝くような不動の信頼を向けられ、私は目が痛くなって涙を流した。


 ごめん、ごめんなさい、ごめんね。


 こんなに頼りない私をそんなに頼りにしてくれて。嫉妬に狂った自分が恥ずかしくて仕方ないよぅ……。


 私と姉妹の間に、グレイグ殿が身体を滑り込ませる。


 静かに頷き、私の心情を汲んでくれたようだ。姉妹に涙が見えない様に配慮し、どこからか取り出したハンカチを貸してくれた。


 地面から触手を生やして受け取り、涙を拭く。


 近場に地下水脈があったから少し汲み上げ、その場でハンカチを洗って返した。半透明の手に渡ると擦り抜けるように虚空に消え、跡形もなくなってしまう。


 ああ、そういう能力か。


 俗にアイテムボックスと呼ばれる代物だ。前に針を取り出した時、魔術を使った形跡がなかったから少し気になっていた。


 だからどうこうという事はないものの、転生で得られる能力例は、より多くを知っていて損はない。敵対した時の想定と対策案の検討に非常に有用だ。



「グレイグ殿は、もしかして?」


『お察しの通り、能力持ちの転生者ですじゃ。多次元収納と申しまして、私の体表を起点に、四次元から五十次元までの方向に収納スペースを持っております。前世でも持っていたなら、革命から女王陛下を逃がす事も出来たでしょうな…………』


「…………前世は前世、今世は今世ですよ」


『わかっておりますじゃ。そして、しなずち殿が私のようにならぬよう、魔王神アイシュラ様にお祈り致します。ご武運を』


「グレイグ殿も、二人とキュエレ達をお願いします。それでは」



 頭を地中に戻し、馬車列の真下に移動する。


 馬車の準備は既に整っていて、私が位置に付いたのを確認すると一斉に走り出した。出来る限り安全に、それでいて出来るだけ急ぐ速さで。


 間に合ってほしい。


 『抜ける突風』グアレスは、北を脅かす最強の魔狼。過ぎた跡は全て根こそぎ吹き飛ばされ、討伐に向かった勇者と英雄は、一人を除いて触れる事すらできず逃げ帰ってきた。


 その一人も『もうやりたくない』と言って勇者業を廃業し、元炎精霊の奥さんと愛を育む生活を送っている。


 いくら勇国と帝国が力を合わせても、相手が悪すぎる。


 十二尾の未亡人が、出来るだけ抑えてくれることを願う。



『保たなかったら、私も介入しないとか』



 心の準備だけはしておこう。

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