第27話 しなずちとヴァテアとギュンドラと停戦


「じゃ、停戦協議を始めるとするか。今回はグランフォート皇国第一皇子ヴァテア・G・グランフォートが仲介と見届け役を務めさせて頂く。俺としてはどっちも知り合いだから、出来るだけ中立かつ双方の利益になるように努めるつもりだ。よろしく」



 アギラ領主館の執務室。飾らない簡素な家具と調度品に囲まれた部屋の中央で、私達はテーブルを囲んでいた。


 こちらは私一人。時折、頭の中にヴィラとキサンディア。


 対面にはギュンドラと、私を警戒しつつ抱き着いて離れないミュウ。


 そして、双方どちらにも口を出せるように中間位置にヴァテアが座る。


 ユーゴは私怨が入るからと部屋の外だ。護衛が必要だと食い下がったが、ヴァテアが『下手な事したらこの都市丸ごと吹き飛ばす』と脅して大人しくさせていた。


 そんな事が出来るのか疑問だが、おかげで円滑に進められそうだ。


 ただ、元は様々な交換条件で契約を結ぼうと考えてきた為、こちらとしては当てが外れてもいる。ヴァテアの手前、交渉という形にならざるを得ず、特に効果的と思われるミュウの性欲正常化といったカードでの契約は望めそうもない。


 さて、どうしたものか……?



「その前に、ヴァテア。彼と知り合いって話は初耳だ。二十年来の友人とはいえ、お前を信用して良いのか考え直す必要がある」


「前世で親友だった。以上」


「以上、じゃねえよっ。てか、お前も転生者だって初めて知ったぞ? 今なら色々納得できるけど、今まで黙っていた理由は何だよ? 女神軍を王国に招き寄せたのはお前じゃないだろうな?」


「圭の事は、ユーゴからギュンドラの事を頼むって親書を貰った時に初めて知ったよ。『しなずち』なんて言霊、圭以外使うわけないからな。転生を黙ってたのは、下手に広まればそっちの手伝いをさせられそうだったから。統魔の研究を遅らせたくなかった」


「今はどの程度進んでいるんだ? 私には使えないだろうけど、是非聞きたいな」



 『統魔』の言葉に興味を引かれ、交渉そっちのけでヴァテアに聞く。


 『魔術は人間が扱いやすいようにデチューンされた技術である』。前世の夜月真冬はそう考え、基となった技術の考察と研究を行っていた。


 何故人間が魔力を扱えるのか。


 魔力に電気・磁気的性質を適用出来るのか。


 生命力、気、魔力と似たような物があるなら、それらは元は同じ物で性質変化しただけではないのか。


 地球の各地にある文明・伝説は、そこで発展した魔的な何かが根底にあるのではないのか。


 そういった疑問から世界各地の歴史と伝承を魔的解析し、魔力の扱い方を六つに分類した。収束の『滅魔』。拡散の『退魔』。抑制の『封魔』。誘導の『魔導』。変質の『降魔』。式化の『魔術』。そして、これら六つを『六魔道』と呼び、組み合わせて行使する魔的技術を『統魔』と称した。


 魔法と呼んでもいいのではと前世で言った事があったが、真冬は『統魔=魔法』を頑なに否定していた。


 統魔も魔法を使う為の技術の一つなのだ、と。


 魔法を明確に定義しないと、統魔も完成に至らない、と。


 定義しきれないままお互い死んだから、今どうなっているのかが非常に気になる。



「長くなるからまた後で教えるよ。とりあえず、交渉するにあたって領土と賠償を決めていこう」



 ヴァテアがパチンッと指を鳴らし、テーブルの上に地図が生まれる。


 呼びだしたのではない。繊維が一本一本虚空から生成され、絡み合って一枚の紙に仕上がった。


 次いで紙の上に黒の染みが浮かび上がり、ギュンドラ王国から北の山脈までの地図に仕上がる。


 私の視界を覗いているキサンディアが頭の中で感嘆の声を上げた。


 魔術で同じことをするなら何工程必要か、どれほど緻密で繊細な魔術式をいくつ連結して仕上げなければならないか、これはもう神術と変わりないとまで言って、知的好奇心全開で非常に非常に興奮している。


 頭の中がうるさいので、落ち着かせるようにヴィラに頼む。


 ヴィラもまた多少感動しているようだが、まだ冷静なので何とかなるだろう。



「まずは領土だな。ギュンドラの希望は?」


「開戦前まで回復したい、と言いたいけど、ブロフフォス領の四分の一はそっちに渡す。具体的にはこのラインまで」



 地図上のブロフフォス領をギュンドラは指でなぞった。


 なぞられた線上に赤い染みが浮かび、境界線を形成する。やけに歪なグネグネの線だが、付近にある物に気付いて納得した。


 放棄地は、魔王レスティの支配域だ。


 国内に反乱の種を残したくないという事か。しかも、現在の魔王軍は女神軍第四軍に属している。ギュンドラ王国に侵攻したら協定違反になるから、ブロフフォスは女神軍にも魔王軍にも攻められない安全地帯に変わる。


 厄介だな。


 譲歩しているように見せて、それ以上を手に入れようとしている。伊達に五百年も王様を繰り返していないって事か。


 ただ、このラインはこちらにとっても益になる。


 レスティの支配域にいる魔族は、全員がレスティを支持しているわけではない。近い将来調伏して回る必要があり、このラインの内側ならギュンドラ側に伺いを立てる必要が無く、好きにできる。


 もし境界を越えて粗相をする魔族がいるなら、そちらはまた別の話。


 どちらがどこまで対処すべきかは領土問題や地位協定に直結する為、方法について別途協議する必要があるだろう。


 ――――その辺りは第三軍にやらせるか。



「圭」


「『しなずち』で頼む。皐月圭も夜月真冬ももう終わったんだ。私もヴァテアと呼ぶよ」


「そっか、わかったよ。じゃあ、しなずちからは領土について希望はないか?」


「ギュンドラの提示したラインに合わせたい。境界を超える問題や犯罪の対処はアガタと折衝してくれ。北の国家群は第三軍の支配下に収まる予定だ。直接の関係者でないと齟齬が生じた時に問題になる」



 細かい所は当事者間で詰めてくれ。


 アガタはダイキと違って頭が良い。クロスサと、最近連れている青肌悪魔娘の助言があれば上手くやれる。



「なら、双方とも同意という事で。次は賠償だけど……」



 難しい顔でヴァテアが頬を掻く。


 ギュンドラも同様に表情が暗い。原因はおそらく、支払い能力があるのかという事だ。


 無理もない。


 一年前に転移してきて侵攻ばかりしていた勢力が、一体どれだけの資金を持っているというのか。略奪しては使っての繰り返しで、蓄えなど望めない。資金だけでなく、食料も資源も水も、軍の運営に必要な資材は全て。


 キサンディアも、その点を気にしていた。交渉でネックとなる点は、やはりそこだろう、と。


 だからこそ、私がここにいる。



「ギュンドラ王、相談したい事がある」


「ん?」



 ギュンドラとヴァテアは訝しげな視線をこちらに向けた。



「今回の戦争は、女神軍全体というよりは第一軍と第三軍が主な相手だった。禍根も残るし、しばらく睨み合いが続くだろう。だが、第二軍と第四軍はそうでもない」


「うちの裏部隊を半分壊滅させて、アギラ領主も殺害しておいて何言ってんだ?」


「そうだな。ただ、規模としては極めて小規模だ。そして、ヴァテアというお互い信頼できる仲介者も存在する。互いに領地も接していないし、地理的に見ると第三軍の支配域を挟み込む形。使えると思わないか?」



 言わんとしている事を察し、ギュンドラの表情が不機嫌に曇った。


 ヴァテアも苦笑し、山脈を越えた先の地まで地図の描画を広げる。


 流石に地形のデータが無いのか、細かい描画はせずに『女神軍第二軍・第四軍支配域』とだけ記載する。



「仲間を売ろうってのか?」


「国内向けの宣伝が必要だろう? 攻めてきた女神軍とは休戦し、再度の開戦を防ぐために山脈向こうの二国と同盟を結んだ。その二国も女神が統治する国だが、グランフォートの皇子が仲介となって良好な関係を築けている。戦地の復興の為に、金貨十万枚の支援も約束して―――」


「はあ!? 十万!?」



 提示した金額にヴァテアが叫んだ。


 決して安くはないが、戦争の賠償金としてはそこまで驚くほどの額だろうか?


 こちらの金貨一枚は日本で十万円に相当する価値だから、わかりやすくすると大体百億円。経済規模が全く違うとはいえ、国の復興を考えるといくらかの足し程度にしかならない筈。


 しかし、ヴァテアは真剣な表情を浮かべていた。


 腕を組んで唸り、しばらく思案した末に口を開く。



「ギュンドラ。この話、受けた方が良いんじゃないか?」


「待った。本当に十万枚なんて金があるのか? 小国の国家予算を凌ぐ額だぞ?」


「ちなみに、グランフォートは八万。ギュンドラは二十三万だ。」



 思っていたより大金だった。


 だが、一度提示しておいて引っ込めるのは男らしくない。私は資金の出元を示す為、地図上のクルングルームを指差して北にスイッと移動させる。


 街道沿いに三つの町を挟み、国境のすぐ外にある一点。


 そこには交易都市ディーフと記載されていた。


 王都ギュンドラに次ぐ大きさで、周辺国の情報や物流を握って自治を認めさせた古い都。富と物資と情報が集まる商業の大都市。


 ただ、それはもう一ヶ月ほど前の話だ。


 第一軍向けの食料を捻出する為に襲撃し、住民は一人残らず皆殺しにした。今は第四軍で派遣した巫女衆が駐留していて、資金と物資の回収を行っている。


 金貨十万枚は、その回収した分の一部だ。


 総額から見ればほんの一握り。都市評議会元老の隠し財産の半分にも届かない。



「ディーフで接収した資金がある。それを支払いに充てる」


「あぁ、あそこ落としたのか。結構黒い噂があったからなぁ……ギュンドラからしたら嬉しいくらいだろ?」


「この前、ロザリアとグランフォートの事を探ってたぞ?」


「お互いに条件には納得したな? 地図に領土と賠償の条件を記載したから署名してくれ。急用が出来たんだ。ほら、急いで」



 署名欄を浮き上がらせた地図を、ヴァテアは私達に突き付ける。


 焦り、というよりは憤怒か。今にも飛び出してディーフを消し炭にしかねない勢いだ。それだけ大事に想っている証拠でもあり、直接関係はないのに何だか嬉しく思えた。


 前世では女っ気の欠片もなかったのに、こっちでは色々と充実しているようだ。



「提示した内容を受け入れてもらえれば、こちらは問題ない。そちらは?」


「…………そっちのシナリオに乗るようで気に食わないけど、北側の脅威がなくなるなら受け入れるよ」



 向こうは羽ペンで、私は指先からの血文字で署名を入れる。


 これで、女神軍とギュンドラ王国の戦争は一段落だ。次は、面倒だがダルバス神聖王国を第一軍が落とせるように下準備しないと。


 ―――っと、その前に。



「ヴァテア。ディーフの都市評議会メンバーとその家族は全員処断したから、ロザリアの事は安心して良いよ」


「そういう大事な事は早く言えよ!」


「悪かったよ。それとミュウ」


「…………何?」



 明確な敵意と警戒が私を刺す。


 植物魔術の魔方陣が浮かび始め、変な事を言ったらぶっ放すと暗に脅している。会談終了を察したのか、ドアの隙間から霧状のユーゴも入ってきた。何かあれば即座に動く気だ。


 だから、彼らを黙らせる魔法の言葉を使う。


 過去ではなく、未来を突き付ける言葉だ。


 感情的な不和ではなく、合理的な融和を提示し、強いる。仲間想いで家族想いな二人なら―――



「ご懐妊、おめでとう」



 立ち止まるしかないだろう?

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