第22話 委任した独断の結果


「しなずちー、おきろー」



 聞きなれた少年の声に、私は安息の暗闇から瞼を持ち上げた。


 大きく、大きな白いベッド。


 寝室と思しき手入れの行き届いた質素な部屋の中央で、私は横になっていた。右にはユーリカ、左にはエリスが寄り添い寝ていて、他にもラスティや黒巫女衆、見覚えのない魔族娘達がそこかしこで健やかな寝息を立てている。


 一体何があったのか。


 考えるまでもなく、状況証拠で明白だ。


 この場の女達は一切の衣服を身に着けておらず、同じ箇所が皆汚れている。何を目的として何をしたのか一目瞭然で、出来れば意識がある中で一緒に楽しみ果てたかった。


 腰の水袋を外し、アガタが私に差し出す。


 そういえば、何故彼はここにいるのだろうか? ブロフフォス領で第三軍の指揮を執っている筈なのに、配下と思しき虎娘二人と青肌ロリ悪魔娘を背後に控えさせ、さも当然の様にこの場にいる。


 ぴっちりと肌にフィットした黒い長袖。


 余裕はありつつも無駄のない造りの長ズボン。


 薬や携帯食料、水袋用ポーチ付きの腰帯に、首に付けた鎖付きの首輪。


 外行きだが、長期遠征用ではない。短期間のみの出撃を視野に入れた装備と言え、尚更目の前に彼がいる事実に頭を傾げる。



「アガタ…………ん?」



 水袋を受け取ろうとして、自分自身に違和感を覚えた。


 声がおかしい。


 変声期前の甲高く幼い子供の声が喉から発せられ、鏡を探そうと立ち上がるといつもの目線よりずっと低い。もしやと思って自分の手元に視線を落とすと、小さな子供の手がぴっちぴちの新鮮な肌で思い通りに動いていた。


 私はアガタから袋を奪い取り、一気に飲み干す。


 地下に十分な水源の匂いがするから、補給自体は容易だろう。口端から漏らした分は肌で取り込み、文字通り浴びる様に一滴残らず体内に収める。



「――――ぷぅ……血が足りない」


「物騒な事言うなよ」


「何の比喩もない単なる事実だ。ラスティに分け与えた分を差し引いても、私を構成する血の量が極端に減りすぎてる。アーカンソーの浄化が気付かない内に侵食していたか、それともまた別の理由か…………あっ」



 視界に入った娘達の姿を見て、何となく察する。


 どことは言わないが、大量に溢れて漏れている私の体液。


 おそらく一人十回以上で四十人―――いや、部屋の外に感じる『私の匂いがついた』数十人も加えた百人程度に消費された。その分の総量を計算すれば、この結果は妥当と言えなくもない。


 寝ている間に絞られ過ぎたのか。


 気を失う前にラスティに全権を委任したから、多少は犯されると覚悟していたが……。



「まさか、ここまでやるとはなぁ……」


「愛があって良いんじゃね?」


「私の力の源が血だって事は知ってるだろう? 私は精の生成に大量の血を使うから、絞られた分だけ力を失い、受け取った相手を強化する。アギラに侵攻した時に比べて大体五割程度の力しか残っていない。それに対して、巫女達は巫女化した時より七割増しに強くなってる。この分じゃ、ラスティはおろかユーリカにすら負けるぞ?」


「それは良い事を聞きました」



 シュルルという小さな音と共に、四肢に血色の蛇が絡まり押し倒される。


 仰向けにされた私にユーリカが覆い被さり、大きな乳房を私の顔に押し付けてきた。弾力と柔らかさが心地良く、短くなった手で銀色の髪を梳くと、嬉しそうな欲情塗れの笑みを浮かべて舌なめずりしている。


 力関係が逆転して、情欲を抑えきれていない。


 まずい状況だ。



「ユーリカ。私が力を取り戻すまでお預けだ」


「聞けません。しなずち様の守護は私達黒巫女衆と、お休み中にお情けを頂いた元魔王軍の女兵達で行います。しなずち様は私達の性欲処理を主にして頂き、それ以外の事は気になさらなくて良いのです」


「お預け」


「聞けません」



 『んっ』というくぐもった声をユーリカは溢し、腰を下ろしていく。


 私は仕方なく、ユーリカの奥底に仕込んだ巫女契約を起動させ、体の自由を奪うと強制的に眠りにつかせた。


 程よい重みが圧し掛かり、罪悪から額にキスをして下から這い出る。



「さいってー」


「女に求められて手を出さないのは侮辱以外のなにものでもない」


「恥だな、男の恥だ」



 うるさい外野を無視してベッドの縁に私は座る。


 身体が重い。


 思った以上に力が出せない。


 愛する巫女達が自分を狙う捕食者にしか見えない。


 本当に本当に本当にまずい。巫女との契約は主従契約で、こちらに分があるが穴もある。力関係が逆転すると無理矢理新たな契約を結ばされ、古い契約を形骸化させられる恐れがあるのだ。


 例えば、『今まであなたは主でした。今日からは私があなたの主です』。


 前の契約を踏襲した上で、新しい内容を押し付けられる簡単な契約。少しあくどい思考と巡らせれば、似たような理論構築は誰でも思いつける。それを防ぐには彼女達より強くある必要があり、体調管理ならぬ力量管理にこれまで出来るだけ気を使ってきた。


 与える精の量などはその典型だ。


 出来るだけ満遍なく、偏りが無いように夜伽に呼び、回数が多少偏っても長期に渡れば差が出ないよう気を付ける。ラスティの様に逆転が確実となったら、結婚をチラつかせて『巫女』から『眷属』に引き上げ、縦の契約に横の契約を追加して対策する。


 こうなれば、もう下剋上に興味は無くなる。


 夫婦は対等で、両者を繋ぐ確たる関係だ。残っている縦の契約で私への隷属は維持されるものの、彼女達のこの上ない満足に私の立場は守られる。


 しかし、現状はそんな仕組まれた安全は保てない。


 この場の全員を眷属に出来るだけの力が残っていない。組み敷かれ、屈服させられ、隷属させられる危険で溢れ、早急な対策と対応が必要だ。


 もう、戦争なんてやっている暇はない。



「ラスティ」



 怒りも悲しみも諦めもなく、私は事の元凶を呼んだ。


 叱るつもりも怒るつもりもない。


 結果はこうだが、それは私の指示の出し方が良くなかっただけ。見る限り、私も巫女達も健在で、むしろ巫女候補を数十人増やしてみせた。褒美と寵愛を与えるべき功績だ。


 私の声に応え、長い蛇の尾が僅かに持ち上がってベッドに落ちた。


 まだ寝ていたようで、動きは鈍い。



「……あといちじかん……」


「起きるのは後で良い。私はしばらく、単独で行動して力を取り戻す。その間、黒巫女衆と元魔王軍を率いてギュンドラを攻めろ。やり方は任せるが、巫女と女兵達に死者は出すな」


「りょうかいした……」



 覇気のない返事を後にして、手の平から血を吹き出させて服を作る。


 質感にこだわった、太さに余裕がある上着とズボン。


 その上から羽織れるローブに、形状変化自由の無駄に装飾細かい紐靴。


 両腕には蛇をあしらったルビー色のブラッドクリスタルアミュレットを着け、異性誘いの呪紋入りチョーカーを編んで首に巻く。本当は眼鏡も欲しかったが、レンズが無いから作った所で意味がない。


 あとは言葉と仕草で工夫だ。


 幼い姿は、見る者に油断と隙を生む。良い所の子息っぽい雰囲気を出して、舐めた上に寄ってくる連中を引っ掛けるとしよう。



「アガタ。後はよろしく。巫女達に手を出したら殺すから」


「全員に言っておくよ。それと、寝てる間に状況が変わったから情報の共有もしてけ」


「歩きながらで頼む」



 私はアガタを伴い、巫女達を起こさないように静かな早足で部屋を出た。


 途中、警備をしていた女兵士達に何度か襲われかけたが、私の精を受けた上に今の私より弱く、きっちり言い聞かせる事は難しくなかった。


 ただ、そのまま放っておくのは忍びなく、血で作った玩具を人数分与えてやった。使い方も教えてやり、数日も使えば玩具は羽衣となって、彼女達全員が巫女に転じる事だろう。


 戻った時の楽しみに胸が膨らむ。


 だが、アガタから聞かされた情報は幾つかの面倒事を含んでいて、私はその対応に頭を抱える羽目になった。

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