第19話 作戦会議


「キサンディアのバカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 森の中にノーラの怒りの叫びが響く。


 魔力が篭っているのか、かなり遠くまで伝わっているようだ。山彦のようにそこかしこで反響し、震えた木々から葉だけでなく、気絶した蛇や鳥まで落ちる。


 食料確保に喜び走る黒巫女衆を尻目に、私は鈍痛に悩む頭を抱えた。


 昼を過ぎて目覚めた彼女に、挟撃作戦とキサンディアから刺された釘を伝えたらこうなった。悲痛に顔を歪ませ涙を浮かべ、『一回だけ、一回だけなら誤差だからノーカン』などと、それは男が女を組み敷いて言う事だろうに。


 止めたシムナを『裏切者!』と罵り、連行されていく姿は痛々しかった。


 何かしらの埋め合わせは必要で、どうしたものかと思案にふける。本来は私のやる事ではない気がするものの、何となく、私がやらないと拗れる予感がする。


 血で作ったアミュレットのプレゼントでなんとか……。



「しなずち様」



 立派な雉を手に、シムナが私に駆け寄ってきた。


 獲物を見せて褒めて欲しいという感じではない。真っ直ぐ視線を合わせようとせず、チラッと合わせてもほんの一瞬で他に逸れる。


 怯え。


 いたずらがばれた子供のような、怒られるかもしれないという恐怖心が感じられた。


 はて?



「ぁぅ……ぶ、不躾な頼みになるが、挟撃作戦にあたってノーラ様の護衛につく事をお許し頂きたい」


「? 構わないが、一体どうした?」


「…………女として、ノーラ様は仲間だ。嫌われたとしても、見捨てたくない」



 叫び続けるノーラを指し示し、支えてやりたいとシムナは話した。


 巫女になりたての頃、シムナがノーラに世話を焼かれていたのを思い出す。


 最初は『近寄るな』、『話しかけるな』のオーラを振り撒いて、一人でいる事が多かった彼女。それを見かねたノーラが積極的に話しかけていき、持ち前の明るさとトーク力で固いガードを抉じ開けたのだ。


 次第に笑顔も見せ始め、縦の関係性はあるものの、今では親友と言えるほど仲が良い。


 シムナを安心して任せられるとすればノーラ以外にいない。


 そしてまた、その逆も然り。



「そう……だな。わかった。ただし、レスティも付ける。今回は本格的な戦だ。経験不足のノーラは乱戦で足手まといになりかねない。三人でサポートし合うように」


「! ありがとう、しなずち様! ノーラ様、レスティ―――!」



 許可を与えると、好物を与えた犬のようにシムナは駆けだした。


 後ろ姿を見送って様子を見守ると、涙を浮かべたノーラがシムナに抱き着き、罵った事を何度も謝っていた。シムナはそれをあやし、除け者にされたレスティは頬を膨らませて二人丸ごと背中から抱きしめる。


 殺し合った仲だろうに…………いや、殺されても良いと思える程の仲だったというべきなのか。


 その辺りは、今度ラスティに訊くとしよう。


 レスティはまだ、私の事を警戒している。


 魂に刻まれた隷属の印が反抗を許していないだけで、心の内は葛藤で板挟みの筈だ。少し距離を離し、シムナが少しずつ解いていくのを期待しよう。



「主様は優しいな。思い通りにならない雌を屈服させる雄々しさも見てみたいんだが、どうすれば見せてくれる?」


「ラスティ殿。ここに身も心も魂も躾けられた雌がいます。しなずち様は立派に雄ですのでご安心ください。そして、今宵はエリス姉様と私の二人が供を致します。見学は構いませんけれど、ラスティ殿の分まで残るかは保証できかねますね」


「はははっ。さすがはシムナの師という所だが、与えられるのを待つだけでは何も手に入らんぞ? 時にはこうして奪いに行かないと―――」


「ユーリカ、黒巫女衆を集めてくれ。これからの方針を皆に伝える。ラスティはシムナの代わりに私の供だ。加入して早々だが、期待しているぞ?」



 暴走しそうな二人を止める為、無理矢理ではあるが指示を出す。


 してやったりという表情のユーリカは食材拾い中の皆を呼びに行き、ラスティは不満そうに頬を膨らませた。


 私はよくシムナにしてやるように、ラスティの腰を掴んで抱き寄せる。急な事に一瞬戸惑いを見せ、その隙に唇を重ねて舌をねじ込む。


 悪いが、主導権を渡す気はない。


 丹念に口内を舐り、二・三擦りで舌周りの性感帯を探り出す。弱点がばれて抵抗してくるがもう遅い。苛烈にねちっこく舌先で攻め、一分と経たずにラスティの身体から力が抜けた。


 唇を離すと、立つ力もないのか、豊満な肉体が私の胸に圧し掛かる。


 下半身の痙攣で羽衣の内側の様子が大体予想できる。物欲しそうにうるんだ瞳が私に向き、残酷に人差し指で唇を押さえた。



「おあずけだ」


「ひ、ひどいぞっ。ここまでしておいて……」


「私と同等の力を持つお前は、主従関係をはっきりしておかないと、暴走して他の巫女達に危害を与えかねない。全ての巫女は私の所有物だ。それを理解できるまで、昼間はずっと生殺しだぞ?」



 私はラスティを抱きかかえたまま、ユーリカの後を追った。


 今にも泣き出しそうな顔がずっと私を見つめ続け、それを見た巫女達はひそひそと話をし出す。状況を察した生暖かい視線が私達に降り注ぎ、気づいたラスティは顔を真っ赤に染めた。


 暴れないまでも、可愛らしく私の首筋に噛み付き、痕をつけてマーキングし始める。


 ささやかな抵抗に、私はラスティの頭を撫でた。梳いた髪に沿って首元、谷間、腹部を伝って下腹部で止める。


 噛みつく力が強くなった。


 期待に添わなくて申し訳ない。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ノーラにクルングルーム領とアギラ領の立体幻影を映してもらい、私はラスティを抱えたまま皆を見据えた。


 立体幻影を中心として黒巫女衆は集まり、植物や土魔術で作った即席の椅子に座っている。会議然とした改まった場を前にして、全員の表情が引き締まっていた。


 ただ一人、ラスティだけは不満だけを浮かべ、私の背中をベシベシ叩いている。


 おあずけと寸止めを繰り返されて欲求不満の元魔王に、この場の幾人もが口端をピクピク震わせていた。噴き出しそうになる笑いを堪え、必死に自身に自制を強いている。


 本当に可愛いな、お前達は。



「まずは皆、不測の事態にも関わらず、昨夜はよくやってくれた。お前達の働きのおかげで、レスティとラスティという大きな戦力を迎えることができた。だが、伽の順に変わりはないから、ひとまず安心してほしい」



 ほっ、と張り詰めていた空気が少し和らいだ。


 ダークエルフの小娘と魔王では格が違う。


 そういう認識が巫女達の間にあり、不安が蔓延っているとユーリカから報告を受けていた。意識の格差や不要な劣等感は相互不和の原因になりかねず、待遇保障を宣言して彼女達の安心を獲得する。


 具体的な方法は、黒巫女衆結成時に決めた夜伽順の確約。


 私への忠誠を誓った順に組んでいた当番表は全員が頭に入れており、自分の日を心待ちにしている。間の割り込みは無いとわかれば、多少の嫉妬は出ても暴走まではいかないだろう。


 序列こそあれど、巫女は皆私の元で平等。


 注ぐ愛も平等で、向ける愛も皆等しい。


 …………昼間のお手付きは、ちょっと溢れただけだから許して、お願い。



「本題に入る。女神達の決定により、我々女神軍はクルングルーム領への挟撃作戦に入る。主戦力は第一軍の脳筋バカ共だ。連中は、白兵戦だけなら勇者であっても正面からすり潰せるだけの実力はある。だが、頭が弱く、搦め手や魔術に非常に弱い。支援という名の介護を必要とし、その為の人員として第二軍団長ノーラ、朱巫女頭シムナ、魔王レスティの三名を派遣する事となった。


 予想される戦闘期間は一ヶ月。残った私達はその間、ここアギラ領を拠点としてゲリラ活動を行う。


 主目標は、クルングルーム領とブロフフォス領への物資供給を断つ事。ただ、削りすぎると領内の一般人が消費する物資にも影響が出て、王都ギュンドラへの人口流出が起きかねない。そうなれば領内で消費される量が減って、前線に送る物資量が増える可能性がある。


 そこで、物資移送の襲撃は総数の三割程度とし、領内の物資を『余裕はない』程度に抑えつける。軍や街への襲撃も行い、可能な限り死者は出さず、適度に怪我人を増やしていく」



 立体幻影に一般人、軍、物資、私達の駒を表示させ、私達が各所を襲撃して怪我人を出し、それを治療する為に物資と人員が費やされる様子を表現する。


 残った物資が軍に回され、どこも一定量はあるが常にカツカツ。


 対処しなければならないが、身内のリソースを削らなければ対処できない状況を強制する。ギュンドラ王なら、この状況でもしっかり、最大限の領内運営をしてくれるだろう。


 こちらの思惑通りに。



「しなずち様、質問よろしいでしょうか?」



 黒巫女の一人が手を挙げた。



「ああ、何かあるか?」


「私達でアギラ領を落とした方が早くないでしょうか?」


「早いな。ただ、その後の侵略を考えると、アギラ領はある程度正常な状態であることが望ましい」


「? 正常な方が良いのですか……?」



 質問した巫女だけでなく、多くの巫女達が首を傾げた。


 無理もない。このやり方は多方面の知識がないと予想すら難しい。この国でも気づけるのはギュンドラ王と、各領の領主ならどうかという所。


 実際に起こってみないと、わかるものではない。


 そして、起こってから頭を抱える。



「難民、という言葉がある。戦火から逃れる為に、安全な地を求めて住処を捨てた者達だ。彼らは拠り所があればそこに集まるが、その為には道を必要とする」



 幻影のクルングルームに配置した一般人をアギラ領に向かわせる。


 ブロフフォスと繋がる街道にも同じように配置し、同じように移動させる。


 結果として、物資がギリギリのアギラ領に相応の数の民達が集まる。



「戦地で発生した難民は、比較的安全なアギラに向かう。ブロフフォスはもう一つ隣接領があるから、残念ながらアギラ寄りの街のみからだろうが、まぁ贅沢は言えない。――――さて、物資に余裕のないアギラに来た難民達はその後どうするか? 予想がつく者はいるか?」



 簡単すぎる問いかけに、この場の全員が手を挙げた。



「ではユーリカ、お前の予想を聞かせてくれ」


「はい。アギラに寄る辺がある者達はアギラに留まり、残りは王都ギュンドラに向かいます。道中の警護は、根無し草の狩人達が務めるでしょう。彼らも生活が安定しなければ、より条件が良い街に移ります」



 追加で用意した狩人の駒を、二つに分かれた一般人の片方に付けてギュンドラに向かわせる。


 そうか、狩人達もいたな。そこまでは頭が回らなかった。



「師匠。狩人共は護衛として信用できるのか?」


「陛下の王の目が睨みを利かせてる。もし護衛対象を襲うような者達がいれば、王都前の関所で捕縛されるわ。それに、道中で狩った魔獣の素材を運搬させられるから、わざわざ数を減らすような真似はしないでしょう」


「……そこを襲って素材を略奪するのも良いか?」



 シムナが私を見るが、首を振ってその方針を否定する。


 理由はある。


 まず、魔獣の素材は私達にとって換金以外に用途が無い。


 武器も防具も羽衣があるし、怪我や病気は私が治せばいい。食料も、アギラの山は豊かだ。わざわざ危険を冒して奪わなくても、獣、魚、山菜、キノコ、ハーブ等、狩りや採集で食べていくには十分すぎる。


 そしてもう一つ。



「手土産があれば、ギュンドラも難民達を無碍にできないだろう。とりあえず王都に受け入れ、軍に迎えるか、南の各領に振り分けるかをする。その分の仕事が増え、手間も増えて対処しきれず、更に広がる戦火に対応しきれなくなる」


「頭脳労働の敵は細々した多数の案件ってね。しなずちは社畜だったの?」


「卒業間際の大学生だよ。卒業旅行がサクラダファミリアからディプカントに変わっただけだ」


「あぁ~良いよねぇ、スペイン。闘牛のステーキとか食べてみたかったな……」



 『もうギンギンよ』と、ノーラは隣のレスティにジェスチャー込みで説明する。


 意図する所がわかって、レスティは耳の端まで真っ赤に染まった。ラスティと違ってまだ清純らしく、ちらちらと私を見ては視線を外してを繰り返す。


 視線がやけに下の方なのは気になるな。



「話がそれたな。要は、アギラを難民達が通過できるようにしてギュンドラの負担を増やし、後の戦況をこちら優位に仕向ける事が目的だ。私達が主戦力として侵攻するならすぐ落としても構わない。しかし、ギュンドラ王国への侵攻は第一軍と第三軍の管轄だ。主役はアイツらで、私達は脇役だ」


「脇役の方が仕事をしている件について」


「これから先は嫌でもやらせる。さて、皆。この戦いは私達の物ではなく、不甲斐ない屑共の物だ。そんな戦で、一人たりとも欠ける事は許さない。生きる為には何をしても良い。どんな状況になっても、必ず私の下に戻って来い」


『はいっ!』



 元気の良い返事が返り、私は一人一人の頭を撫でて回った。


 恥ずかしがる者、嬉しがる者、息を荒げる者など反応は様々だ。そのどれも愛らしく、可愛らしく、愛おしい。


 絶対に、一人たりとも失わない。


 その為に必要な事は何でもする。どんな状況でも、必ず彼女達を救って見せる。


 彼女達への命を自身にも刻み、私は改めて現在の状況を頭に浮かべた。

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