第13話 後始末


「汝は疾風、疾く駆けよ、疾く駆けよ!」



 突風を起こす簡易詠唱魔術を年若いダークエルフの娘が唱えた。


 得意の魔術なのだろう。三方から迫る三匹の大蛇に翻弄されながらも、捕まるギリギリの所で押し飛ばし、難を逃れている。


 ただ、逃れるだけでは意味がない。



「くぅっ!?」



 別の大蛇が死角から伸び、細く引き締まった足に絡みつく。


 娘は絡みついた大蛇を手にした曲剣で切断し、解こうとする前に現れた次陣に風魔術を見舞った。先程まではここから跳躍して距離を取っていたが、今は足に重しがついていてできそうもない。


 一度の跳躍で人の高さを跳び越える脚力と機動力は、重しを剥がすまでもう使えない。


 かといって、剥がしている暇はない。


 続く大蛇の数が徐々に増えていく。三匹から五匹、五匹から七匹、七匹から二十匹。更に更に更に増える。


 それでも、弱音は吐かない。


 必死に次の手を考え、実行し続ける。そうしなければ、絶望的とはいえ希望の持てる『賭け』に乗った意味がないから。



「テネア、頑張れー!」


「捕まったら私達も可愛がってやるからな!」


「早くこっちに来なさいよ。アンタの貧相な体でもこんなに立派に育ててもらえるわよ?」


「お姉ちゃん、私と一緒に大人になろー!」



 先に賭けに負けた面々が娘を煽る。


 全員が黒色の羽衣を纏っていて、ほんの数時間前と比べ物にならないほど女らしく育っていた。良い意味で妖艶、悪い意味で痴女のように褐色の肌を晒し、時折近くの娘の身体を弄っては新しい肉体を楽しんでいる。


 その光景に、娘は強く歯噛みした。


 彼女達は娘にとって大事な家族であり、自分より強いと認めた狩人達だった。たった一人で中型の魔獣を狩り、隊を作れば大型魔獣も容易く狩れる。守られるだけだった数十年前から共に狩りに出れるようになった今でも、ずっと憧れの存在だった。


 それが今は、ただ一人の男に媚びる雌共と化している。


 娘にとって、この事実は侮辱以外の何物でもなかった。


 より強い種で孕む事がダークエルフの至上とはいえ、アレは明らかに違う。男と女が互いに求め合い、一つの結晶を共に生み育むのが子を成すという事だ。


 そこには一対の愛があり、心と体を通わせ合う儀式めいた美しさがある。


 しかしアレは、アレらは、ただ女が男に身体を開いて種をつけられるだけの繁殖――――家畜の交尾と変わらない。


 娘の価値観は、それを絶対に認めたくなかった。



「テネア、もう少し保たせて。やっと三十匹に慣れてきたのよ。次のエリス姉様は五十匹で、全身の性感帯を一度に刺激して一気に堕とせないか試したいわ」


「ユーリカ姉様、正気に戻ってください! 虚空よ落ちよ落ちよ落ちよ落ちよ!」



 空気の奔流が空から地面に捻じり落ち、ユーリカの羽衣から伸びる大蛇達の頭を残らず穿った。


 中を満たしていた血液が勢いで辺りに飛び散る。その数滴が娘の目に入り、格好の隙だとばかりに新たな大蛇達が娘の身体に殺到する。


 一匹が足を、一匹が腕を、一匹が首を巻き取り、もう一匹が首元から服の下に潜り込んで力任せに引き裂いた。


 ビリィッ!という音と共に、娘の裸体が露わになる。


 若いとはいえ、もう齢九十ニ。それなりに女のふくらみはあったが、今この場では一番小さい。


 姉の裸体に興奮する、七十五の妹よりも。



「イヤァアアアッ!! やめて、やめてくださいユーリカ姉様!!」


「貴女が悪いのよ、テネア? 処女のくせに、肌を晒してそんなに嫌がって、昂らないわけがないでしょう? あら? ウィンディのお迎えが終わったようよ? 貴女の賭けはここで終わりね」


「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァアアアアアアアアアアッ!!!」



 力任せに振りほどこうと娘は暴れる。


 だが、大蛇達はそんな娘の力を緩急をつけて相殺し、無駄な試みに留めていた。必死で必死で必死のもがきは、残念ながら一切の意味も効果もなく、彼女の無力を表すばかり。


 そうしている内に、ユーリカの示した先で青年が立ち上がった。


 瞳から光を失い、口端から唾液を垂らし漏らす少女を抱えて。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 腕の中で、ビクンッビクンッとダークエルフの少女が大きく痙攣する。


 意識があった時と比べ、その身体は大きく変化していた。


 子供のような低身長はそのままに、男を誘う大きな乳房とプリンッとした小ぶりの尻。成長途上の幼い身体に雌と雌と雌を盛った、いわゆるロリ巨乳という類の身体だ。


 急な変化の反動で気をやっており、口からはだらしなく唾液を垂れ流す。


 目の焦点は合っておらず、身体から力が抜けて手も足もだらんとしている。その気になれば本人の知らぬうちに貞操を奪えてしまい、しかし、破瓜の瞬間は私と彼女で堪能したいから軽い愛撫で我慢しておく。


 何より、私は今、彼女達との賭けの真っ最中だ。


 巫女の適性がある娘達を一人ずつを解放し、ユーリカとの追いかけっこに明日の朝まで逃げ切れば残り全員を解放するという物。但し、逃げ切れなかった者は身も心も魂も私に捧げ、私の巫女となることを誓約する。


 二万四千の大蛇から仲間と一緒に逃げ切るより、ずっと簡単で希望がある。


 これを対象となる三十人に提示して、見えている絶望に抗おうと十人が名乗りを上げた。残りの二十人は、私への忠誠を対価に家族の解放を誓願し、既に巫女へと変じている。



『イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァアアアアアアアアアアッ!!!』



 可愛らしい悲鳴が耳をつんざく。


 今やっているのは九人目だったか。


 前の八人に比べると長く保った方だが、実はまだ、太陽は山の陰に隠れ始めたばかりだ。今の時期は日が長いとはいえ、これでは残りの一人は九時間近くを逃げ続けなければならない。



「意地悪が過ぎたか?」



 ふと考えるが、変に条件を緩和して全員に逃げられると良くない。


 頑張って頑張って頑張って、全てを絞り尽くして手にできるかどうか。


 妖怪との賭けはこのくらいで丁度良い筈だ。お互い脅かし合う者同士、過程の妥協なんて必要はない。


 私は傍に控えていた巫女に、用意しておいた黒の羽衣と抱えていた少女を渡して介抱を頼む。


 手慣れたもので、巫女は自分の着る羽衣の袖で少女の唾液を拭き取ると、魅力的な少女の裸体を手早く覆って隠してしまった。そして、名残惜しそうに見続ける私に向かって「この身であればいつでも……」と囁いてくる。


 有能で、可愛げのある嫉妬だ。


 私は今日の夜伽に呼ぶ事を伝え、浮かれすぎないように忠告して少女の介抱を頼む。



「ユーリカは羽衣の生物化――――蛇への変態が気に入ったのか?」


「しなずち様の衣に包まれ、しなずち様の事を想うと自然とこの形になりました。隠密にも工作にも戦いにも向くこの姿は私の理想です」


「嬉しいよ、ユーリカ。さて、次の巫女に取り掛かるとしよう。ユーリカは少し休んでから、最後の一人の相手を頼む」


「承知致しました」



 恍惚に頬を染めるユーリカから、テネアと呼ばれた少女を受け取る。


 両手両足を蛇に巻かれて身動きが取れず、破かれた服の下に魅惑を覗かせる姿は美しい。どうせならと残っていた邪魔な布も全てはぎ取ると、これからされることを強く認識して大粒の涙を浮かべ流した。


 私は彼女の涙を舐めとり、残念だが、非常に喜ばしい最後の宣告を与える。



「賭けの負けは即ち誓約。汝の意志を受け、我は汝を我が巫女とせん」


「イ――ムグッ!?」



 強引に唇を合わせ、舌をねじ込む。


 彼女は噛み千切ろうと抵抗し、私は素直に舌を渡した。そのまま口をふさぎ続けて私の舌を飲み込ませ、これで準備は大体終わり。


 飲ませた舌が食道を通り、胃まで一気に駆け下りる。


 胃液を感知して血液へと変わり、腸に向かって薄く広がる。小腸は栄養を、大腸は水分を吸収するというが、私の血はどちらでも構わない。吸収されやすいように自ら変質し、血液に混じって全身に回る。


 数分して十分に行き渡ると、彼女の身体がビクンッ!と跳ねた。



「ァア、アッアァッアアアアアアッ!?」



 私は唇を離し、変化を見守る。


 もう何度も繰り返してきたが、この間だけは気が抜けない。


 巫女化は脳を含めた肉体全てを改造する。連続して三十人近い人数を変えた経験から安全性を上げられたが、一歩間違えばどんな影響が出るのか予想もつかないのだ。


 慎重に慎重に、美しい娘の身体を艶めかしい雌の身体に変えていく。


 元ある筋肉はそのままに、多少の女らしい柔肉を上付けする。四肢は多めに、胴は薄めに、胸は個人的な趣味嗜好から極力多めに。


 じっくりじっくり、ユーリカのように急ぎつつ慌てず、情欲より彼女の未来を見据えて変化をつける。


 十五分程経ち、見た目の変化が終わった。


 さっきの少女と同じようにだらしなく唾液を垂れ流し、私の腕の中で身体を震わせる。どの色町であってもすぐ一番人気になれるであろう、加虐心を誘う豊満な、かつダークエルフらしい締まった雌肉。


 銀色のショートヘアを指で梳くと、悦びからか小さな喘ぎを漏らして濡らす。



『殺して! 殺しなさい! こんな辱めを受けて、生き恥なんて晒せません!』


『エリス姉様、安易に殺せなんて言わないでください。皆が悲しみます。それに私に捕まったら巫女となる誓約を立てたではないですか。大人しくしなずち様に全てを捧げてください』


『ミュウ様、お助け下さい! 嫌、やめてお願い、許して助けて誰かぁぁあああああああああっ!!』



 最後の一人が終わったようだ。


 また、可愛らしい悲鳴が耳に届く。丁度こちらも終わったし、済んだら一人くらいお手付きしようかな?



「…………そういえば、ミュウと言えば……」



 ミュウが最後に呟いた『ギンタ』という名前。


 この世界にあるまじき、日本名とおぼしき名だった。おそらくは転生者か召喚者かの、元日本人。


 日本人は厄介だ。


 無駄にファンタジーの知識と理想と妄想を持つ分、この世界に適応した上で独自の能力や技術を持っている可能性がある。放置すれば、ヴィラの脅威となるだろう。


 見つけ次第、始末する必要がある。



「だが、ギンタ。ギンタか…………ギンタ?」



 ギン――――ギュン? ギュン、ドラ?


 我ながら無理矢理すぎるとは思うが、もしかしたらとも思う。


 王の目、王の手、王の足、王の依代。


 シミュレーションゲームのようなリソース管理ができる国。


 王でありながら魔王と交渉するという発想。


 勇者を王宮で飼い殺すのではなく、国民の一人として自由に生活させる寛大さ。


 どうも気になる。



「貴女を届ければ何かわかるか?」



 一匹の、胴体の一部が丸く膨れた大蛇を見る。


 その大蛇の腹には卵があり、中には眠らせたミュウを閉じ込めてあった。


 依代というのだから、多少なりとも親しい関係なのだろう。とりあえず、戦えないように体を変化させ、その時が来るまでこのままにしておく。


 ただ、彼女もユーリカ達の家族だ。


 不幸より幸せになる方が良い。巫女達にギンタとの関係を訊いて、適切に処遇を決めるとしよう。


 さあ、もう一頑張りだ。

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