第65話 枯れ井戸の山
ええと、山の怖い話は・・、これでもう五個目か。
はは、ごめんごめん。今からする話で山の怖い話は最後にするよ。
まあ、僕も気まぐれだからね。また思い出したら、途中で話すかもしれないね。
はは、別にいいじゃない。なんたって、百話も話すんだからさ。
—枯れ井戸の山—
どこかの地方にあるその山は、何の変哲もないごく普通の山らしい。
大して標高もないし、景色がいいわけでもない。登山に訪れるような山でもない。いわば、放置された野山だ。
なのに、その山では毎年のように、人間が見つかるんだ。
人間が見つかる。変な言い方だったかな。
こう言った方が正しいね。死体で見つかったりするし、生きて見つかったりするんだ。
その山、なぜか自殺志願者や徘徊老人が頻繁に迷い込んでしまうらしいんだ。
決して自殺スポットではないらしいんだよ。なのに、山の中で自殺志願者が行き倒れのように死んでいたり、徘徊老人が迷い込んで見つかったりするんだと。近くに住宅街があるわけでもないのに。
あの山は、引き寄せているんですよ。
そう話してくれたのは、とある消防士の人だった。
行方不明者が出ると、普通は警察が捜索に当たるものですが、田舎じゃあ人手もないから、消防団に協力を仰ぐこともあるんですよ。それも、地域住民で結成されたような消防団にね。
私たち本職はいわば彼らの取りまとめ役として、駆り出されることが多い。捜索というよりは、要は山狩りですね。生きて見つかれば、私らの出番はあるんですが、死んでいた場合は応援を呼んで警察に来てもらう。事件とあれば、後は手出しできませんからね。
そんな体制だからなのか、本来なら秘密にしておくような噂話も、漏れ聴こえてくるんですよねえ。
その人はニヤリと笑いながら、話を続けてくれた。
その山で見つかる死体はね、なぜか必ず地面に頭を突っ込むようにして、倒れているらしいですよ。まるでシャクトリムシみたいな恰好でね。
死因はみんな衰弱死なんですって。季節によっちゃあ、凍死なんてこともあるらしいですが、ほとんどが衰弱死らしいです。
もちろん、生きて見つかったこともありますよ。
その時は、私の知り合いが保護したんです。徘徊老人がその山に迷い込みましてね。捜索には二日かかりましたが、春先のことでしたから、無事に生き延びていたんですよ。山の中でね。
ただ、見つかった時に、妙な状態だったらしくてね。
これは知り合いから直接聞いたことですが、跪いて、地面に顔を付けていたらしいです。
慌てて駆け寄って保護すると、虚ろな目で言うんですって。
井戸が、井戸が、井戸があるから、井戸があったんだよお。
保護した後、病院で話を聞いていたら、何でもその老人、山を彷徨っている内に井戸を見つけたんですって。古い古い、苔むした石組みの井戸をね。
覗き込むと、中には落ち葉が溜まっていて、枯れ井戸と気付いた。ああ、喉が渇いていたのにと落胆していると、見る見るうちにその井戸から水が湧いてきた。
ああ、助かった、水が飲める。
それで、井戸に顔を付けて飲んでいると、ふと気が付いたら地面に突っ伏していたって言うんですよ。
まあ、認知症のケがある徘徊老人の話ですから、うわ言を言っているだけかもしれませんがね。
実は私もね、ひとり保護したことがあるんですよ。私の場合は自殺志願者の中年の男でした。人生に思い詰めて、どこかで死のうと、当てもなくフラフラと着の身着のまま山の中へ入っていったんですって。
怖いのはね、その男も、気が付くと目の前に井戸があったって言うんですよ。山の中を分け入って、分け入って、彷徨っていたらね。
ああ、井戸があると思って、中を覗き込んだら枯れ井戸だった。ところが、見る見るうちに落ち葉の溜まった底から水が湧いて、溢れてきた。なぜだか無性に喉が渇いて、口を付けて飲んでいると、後ろからオイと呼ぶ声がする。
振り返ると、私がいたらしいです。我に返ると、自分の顔が泥だらけなのに気が付いた。
どうして、って聞かれましたが、聞きたいのは私の方ですよ。
私が見つけた時、男は地面に顔をぐりぐりと押し付けていたんですから。
ね、怖いでしょう?あの山はね、引き寄せているんですよ。何かが。
何か、一体何なんでしょうねえ。枯れ井戸のふりをした何かが、人間を欲しているんでしょうかねえ。
その人は話し終えたら、またニヤリと笑ったよ。
僕は話も怖かったけど、その人の語り方のほうが怖くて、妙に印象に残っているんだよね。
でも、不可解な話だよね。得体が知れないというか。
山に住むモノが・・、いや、山自体がモノなのかもしれない。山自体が怪異で、枯れ井戸は、その疑似餌みたいなものなのかな?
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