第22話 ビルの風

 さっきの話、ちょっと長かったかな?

 うーん。どうにかスマートに話そうと努力してるつもりなんだけど、ちゃんと話そうと思ったらやっぱり長くなっちゃうな。はは、まあ今更か。二十話以上語ってきてるんだし。

 なら今度はサクッと短い話をしようかな。この話は誰かの実体験じゃなくて、ただの噂に過ぎない話だよ。


 ―ビルの風―


 都会で働いている人から聞いた話。

 その人の職場は高層とはいかないまでも、高いビルの中のテナントの一角。サラリーマンってわけじゃないけど、デスク仕事で一日中机にかじりついてる。

 ある時、デスクが移動になって窓際の眺めがいい位置に構えることになった。とはいっても殺風景な都会の街並みしか見えないから、そんなにテンションは上がらない。

 けど一つだけ利点があった。窓ははめ殺しのタイプじゃなくて、ほんのちょっとだけ斜めに開くタイプの窓だったんだ。排煙窓ってあるでしょ?あんな感じのやつ。だから開けておけば外の空気が吸えるんだ。

 これは仕事中にいい気分転換になる。そう思って窓を開けようとしたら、鍵が壊れていて開かなかった。

 あれ?なんだよ、もう。仕方なく上司に、窓の鍵が壊れてるんですけど、って報告したら、ああ、あれは開かないようにしてあるんだ、って変な答えが返ってきた。

 え?一体どういうことですか?その人は聞いた。すると上司は、苦い顔をしながら、こう言ったんだ。あそこの窓から外を覗くと妙なものが見えるんだ。

 何ですか、それ。上司は年配で生真面目で、冗談を言うような人じゃない。なのにそんなことを言うなんて、信じられなかった。

 あの窓際の席にいると、風の音が聴こえてくるんだ。ただのビルの隙間風なんだろうが、たまに人の叫び声みたいな風の音がするんだよ。ビョオオオオオオってな。

 上司はそれだけ言うと、仕事に戻ってしまった。結局それから取り合ってくれずに、窓は開かずのまま。

 自分はからかわれてるんじゃないか?そう思って今度は先輩に尋ねてみたんだ。あのう、先輩。自分がいるデスクの窓の話って知ってます?

 ああ、あの窓だろ?あそこは開かないようにしてあるんだよ。いろいろあってな。先輩は何食わぬ顔で言った。そこの職場では共通認識だったらしい。

 俺も一時期あそこのデスクにいたんだよ。確かに仕事してると、たまにビル風がふいてビュウビュウいうんだ。けど、明らかに風っぽくない音がするんだよな。よく耳を澄ますと、ビョオオオオオオオオって。

 まあ、気にすんなよ。俺は何か見たわけじゃないし、怖くはなかったぜ。先輩はニカっと笑った。

 ん?”俺は”ってことは、誰かは何かを見たんですか?言い方が気になって、聞いてみると、先輩は笑ったまま教えてくれた。

 ああ、○○さんは見たらしいぜ。何を見たのかは教えてくれないけどな。

 ○○さんっていうのは苦い顔をした上司の事だ。けど、先輩が教えてくれないんなら、自分にも教えてはくれないだろうな。そう思って諦めた。

 それからその窓際で仕事してると、確かにビル風が吹いてビュウビュウいうんだ。気にしないようにして仕事していたら、たまにビョオオオオオオって唸るような、風にしちゃ生々しいような音が聴こえてくる。けど、外を覗こうにも見えないんだからしょうがない。次第に慣れていって気にならなくなった。

 ある時、職場の飲み会で酔いが回った上司にふとその事を聞いてみたらしい。

 ねえねえ、○○さん。一体何を見たんですか?窓の外に。

 上司はだいぶ酔っぱらってたはずなのに、その質問をしたとたんに真顔になってしまったんだ。けど、渋々って感じで一言だけ話してくれた。

 俺はな、外に張り付いてたヤツと眼が合ったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る