怪異ー百モノ語ー

椎葉伊作

第1話 見切れ幽霊

 やあ、それじゃあ始めようかな。ははは、そんな顔しないでおくれよ。僕は君に聞いてほしくてちゃんと百個も怖い話を集めてきたんだから。まあ全部が僕の体験した話じゃないさ。いくつかは僕の話もあるけど、ほとんどは人づてに聞いた話だったり、ネットで見かけたりした話だからね。

 でもせっかく君に話すんだし、僕だって生粋のオカルトマニアとしてのプライドがあるしね。ちゃんとそれなりにどこかで聞いたことのあるような怪談は省いて選りすぐってるつもりだから。ご清聴願うよ。

 それじゃあ一話目だね。タイトルは—————。


 ―見切れ幽霊―


 どこかにね、幽霊の出るって噂の一軒家の空き家があるらしいんだ。立派な二階建てで、そんなに古くないちゃんとした一軒家。ごくごく普通の住宅街にあるそうだよ。元の住人は誰だかわからないらしいけどね、まあ二階建ての一軒家だから恐らくは一家で住んでたんだろうね。

 どうやら勝手口がカギが壊れてて中に入れるみたいでね、ちょっとした心霊スポットというか、普通の住宅街にあるってことも手伝って、お手頃な肝試しの場所みたいになってるらしいんだ。

 そこにね、絶対に見切れてでてくる幽霊がいるっていうんだ。中に入っていった若者たちがね、口をそろえて言うんだって。見切れてるって。

 どうやら、でてくる幽霊は佇まいからして女の人っぽいらしいんだけどね。その幽霊を目撃するときは必ず見切れて見えるんだって。つまり部屋の入り口から足が覗いてたり、窓に手がかかっていたり、棚の扉の下から下半身だけが見えたり、とにかく全身じゃなくて必ず見切れて身体の一部分しか見ることが出来ないんだって。というより、顔だね。首から上を誰も見たことがないらしいんだ。

 なんで女の人かわかるかって、スカートを穿いてるらしいんだ。ぼろぼろのね。元の住人と関係があるかはさっぱりわからないけど。

 あるときね、そのでるって噂をききつけて、度胸があるっていえば聞こえはいいけど、まあ馬鹿な若者二人組がね。その幽霊の全身像を暴いてやるって息巻いて、その家に乗り込んだんだ。やめときゃいいのにね。

 それで勝手口から入って、一階のリビング、部屋、トイレ、風呂場、階段を上がって二階の部屋、一通り探索したけどさっぱり肝心の見切れ幽霊はでてこない。なんだよって悪態をついて、階段を降りて帰ろうとした時、後ろを歩いてた方のやつが視線を感じて振り返った。

 でたんだよ。満を持してね。階段のちょうど真ん中あたりに突っ立ってる。ぼろぼろのスカートで異様なくらい白い足。やっぱり上半身は見切れてるんだ。

 おい、でたぞってもう一人に言うと、二人してビビったんだ。願ってもない遭遇だったのに、やっぱり実際にでたら怖くなるよね、そりゃ。

 なにより怖いのが、階段の中腹にいるってことは、階段に近付けば上半身、顔を拝めるんだ。拝もうとすればね。ただ、ビビっちゃって二人とも動けない。しばらく黙りこくってたけど、その間も見切れ幽霊は微動だにせずに突っ立ってる。

 やがて後ろを歩いてた方、視線を感じて振り返った方がね、意を決して階段に近付いて行ったんだ。もう一人はもう気が気じゃない。思わずやめろって止めたけど聞かないで近付いてく。

 一歩、二歩、どんどん近づいて、とうとう階段の直前まで辿り着いて顔を上げた瞬間、そいつがね、急に引き返して家から出て行っちゃったんだ。

 おいおい、待てよってもう一人の方が慌てて追いかけてくと、そいつなぜか満足げな顔で帰り道を歩いていくんだよ。おい、何があったんだよ、顔は、あの幽霊の顔はどんなだったんだよって問い詰めたらさ。

 こんな顔だったんだよって、ニンマリ笑うんだって。満面の笑みって感じでね。

 それから何を聞いてもそんな調子だから、その日は仕方なく解散したんだ。そしたらそいつ、その日の夜のうちに死んじゃったんだ。自分ちの階段から転げ落ちたんだって。

 今もその家はあるそうだよ。その一件以来近付く人間はほとんどいないらしいけど。でもやっぱりでるらしいよ、見切れ幽霊。

 君はどう思う?僕はね、見切れてる時は笑ってないんじゃないかなって思うんだよね。とうとう顔を見てくれたから笑ってたんじゃないのかな。

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