第10話 天才とラップと炎上

 苦笑いを零すアドゥルス。本来このアルテミスアカデミーは、入学するには筆記試験、実技試験、面接と受けなければいけない。それはこの世界において、難関の試験であるようだ。


 では何故、俺はあっさり入れたのか。





「ま、天才である俺の推薦だからな」


「……」


「疑うなよ。結構マジだぞ。まぁそれが七割。あとは、お前自身が此処に見合うかどうかだ」


「?」





 不可解だと思う俺の意思は、言わずともアドゥルスには伝わったらしい。つまりはだ。と詳細を説明してくれた。


 元々入学試験も、アカデミー自体は重要視していない。試験も一時期は撤廃の案があったくらいだと言う。ただ教育の最高機関としての体裁がそうさせているだけだ。


 本当であれば試験などしなくても、多くの人数が志望するが、大半が勝手に潰れていく。自ずと止めてしまう。それが、俺があっさりと入れた理由だそうだ。





「モーリス学長も何か勘付いたかもしれねぇが、わざわざ何かしなくても潰れる奴は勝手に潰れていくからな。結局は、これからのお前次第ってことだ」





 あまりに簡単に行き過ぎていたのはそういうことか。今からのことを考えると胃が痛くなりそうな話である。これからどれだけの苦難があるというんだ。





「心配しなくても、今まで色んな奴が転生者としてやってこれたんだ。別に気負いすることなんざありゃしねぇ」


「そ、そうですよね」





 考えてみれば俺は最初の転生者ってわけじゃない。今は捕まったりしていなくなったそうだけど、何人かはいたんだ。つまりは、俺みたいに転生者としてこの世界を生きてたんだ。そんな大きく考えることは……いや待て待て。俺前の世界でもまともに生きてないぞ。ネットでよく目にした異世界転生物語はニートとかでも異世界で成功してるけど、俺の場合はどうなんだ。前例の転生者にニートはいたのか。結構重要だぞ。


 考えれば考えるほど不安になってくる。そもそもアドゥルスやマーブルさん、それにモーリス学長と、世話になってるの何か男ばっかだし。よくある異世界転生とは違う気さえしてきた。いやでも、最初に会ったのは女の子だしな。


 一人ぶつぶつと物思いに更けていると、前を歩くアドゥルスが「教室に着いたぞ」と足を止める。どう歩いて来たのか全く認識してなかった。学長の部屋の扉ほどではないが、目の前にある扉も両開きのタイプで扉としては一際大きく思う。茶色い扉に備わっている金色の丸いノブにアドゥルスが手を掛けると、いきなり向こうから勢い良く開かれた。





「ぐへぇ、い、いってぇ〜!」





 不意を突かれたアドゥルスは顔を打ち付けたらしい。両手で顔を覆い、膝を曲げて疼くまってしまう。丸いサングラスも、よりズレてしまっていた。これは確かに痛そうだ。





「だ、誰だ。くそっ」


「やばっ」


「お前かルキナ」





 扉を開けたのは俺も目にした銀髪の女の子。ルキナである。まさか人がいるとは思わなかったのか。俺以上に驚いた顔をしていた。





「そ、それじゃ先生お大事に」





 作った笑顔を浮かべて、ルキナはアドゥルスの横を通り抜ける。そして俺の前をすり抜けようとした。





「待てコラァ。何でお前は教室から出ようとしてるんだ」





 ルキナの腕をぱしっと掴み取り、アドゥルスはルキナの進行を止めた。なるほど。どうやら抜け出そうしたところ、たまたま出くわしたみたいだな。





「ちょ、やだ。離して先生。今はやばいんだから」


「何の話だよ」


「ルキナぁぁ!」





 大声で銀髪の女の子を呼ぶ声が響く。一体何事かと思った時には、扉の向こうから紅く燃え盛る炎が俺たちを襲う。





「ひぃ」





 俺は怯んでしまい、身を小さくする。変な声を上げてしまったのは不覚だが仕方ない。死ぬかと思ってしまった。


 けど実際には何ともない。逃げ場などないくらいの豪炎が目の前を覆ったのだが、少し体を起こして目を開くと、アドゥルスの体で荒れ狂う炎はピタリと止まっていた。ただアドゥルスを避けるようにして炎は荒れ狂っていて、危ないことには変わりはない。








「お前かリーゼ。ってことはルキナ。お前また何かしたのか」


「私は何にも知らないですよ」


「はぁ? ふっざけないで。あんた私のお気に入りの曲消したでしょ」





 アドゥルスが壁になっているみたいだけど、扉の向こうでは怒りに燃え、桃色の髪をゆらゆらと揺らすリーゼ嬢がいた。超怖いんだけど。





「あいつはあぁ言ってるぞ」


「さ、さぁ」





 うわっ、分かりやす。ほとんど面識のない俺でも嘘だと分かってしまう。





「分かったわ。これを聴いてもそんなことが言える?」





 リーゼは右手に何やら石板みたいなものを持っていた。それを広げた手の平の上に置いて、貝殻みたいなものを上に乗せる。すると、何やらポップ調の楽しいリズムが聴こえてきた。音楽プレイヤーみたいなものなのかもしれない。すると、何やら音楽に合わせて歌が流れてきた。





「ヘイ、ヘイ。リーゼ。丸くて可愛いぽっちゃりリーゼ。最近お腹が出てきたぞ。ヘイ、ヘイ、リーゼ。貧乳リーゼ。怒ると火傷じゃ済まないぞ。……う〜ん、こっから先思いつかないな。あ、やば、リーゼが戻ってきた」





これは酷い。怒ってもいいな。うん。





「こ、これでも知らないって言うつもり?」


「た、確かに私の声に似てるかもしれないね……」


「そう、分かった。そこに直りなさい。骨の髄まで、燃やし尽くしてあげるから!」





 さらに豪炎が弾ける。言うまでもなく、リーゼはキレていた。いや理由は分かるが、火は出さないでくれ。俺の願いも虚しく、炎はどこまでも猛る。





「うおっ。馬鹿。やりすぎだ」


「ぎゃああああ」


「きゃああああ」





 アドゥルスでも抑えきれなくなったのか。この場にいる全員に覆い尽くされるほどの炎が襲った。

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