白剣
死者は四人。重軽傷者は七人。全員、過激派組織黒壁の楽園の構成員だ。
そして、襲撃された相手は紅い家のメンバーと聞く。本来重要参考人で警察で話しを聞かないといけないだのが正当防衛で済ますというのだ。
もちろん、正当防衛と聞かされたとき沢田はそれで済むには無理があると思った。死者が四人も出ているのだ。最低でも本人が出頭し調書を取り、体裁だけでも裁判を行い無罪を受けないといけない案件だと。
しかし、報告書を見た榊原は即刻正当防衛として処理しろと命じた。それには驚いた。
「まさか総監が幼女趣味とは存じ上げませんでした」
「死にたいようだな?」
榊原が睨みつける。被害者はまだ十になる少女だったからだ。
「これが普通でしたら、正当防衛?ここまで処理させたんだ警察に出頭させろ!なんて怒鳴りそうなのに」
「……」
一々事情を説明するもの面倒だが、放っておくとさらに面倒なのは分かっているので、ため息をつき事情を説明する。
「この異能者、
「特にないですね」
指名手配されているわけでもない。犯罪履歴があるわけでもない。それに、協力した異能者の報告書に名前が記載されたこともない。知っていなくて当然だろう
「だろうな。だったら白剣
「……聞いたことないですね。有名人ですか?」
沢田は首を傾げる。
「白剣刹那の名前を俺は知っている。直接の面識はないが彼女の異能については知っている。だからこその判断だ」
「へーどういったことで?」
つまり、職務ではないところで知ったということだろう。総監の交友関係だ。気になる。
「白剣正吉は白剣刹那の父親だ。そして、彼は元警察の人間だ」
「なるほど……」
市民から叩かれるが、実際警察は身内に甘い。それは実際本当のことで、組織運営上多少は仕方のないことだ。
「俺が警察に入ったころ剣道で指導してもらった。俺ら世代の剣道を選んだ人間はたいてい彼を知ってる」
警察官になるに当たって当然試験に合格して終わりではない。剣道や柔道などを選択肢し訓練の一環としてみな習う。
彼女も当然同じように習っている。
「本当ですか?」
元ということは既に辞めているのか。実子が異能持ちとは。複雑なことで。
「ああ。彼は事故死してな。それの影響で彼女は異能を発現させたそうだ」
「なるほど。元上司の忘れ形見ですか。気になったのですね」
異能の詳細を知っているからこその判断なのだろう。
「あぁ……」
あれは警察にとっても榊原個人にとっても苦い記憶だった。表だってニュースにはなっていない。ただの事故なのだから。
報告書に記載されていることに虚実はない。彼女の異能は仕方ない。それも襲撃されてた。犯人は自業自得だろう。
「というか白剣家は由緒正しい家柄だったぞ?」
「はい?」
ということはかなりの大御所ということか。
これも叩かれることだが、コネ。警察には名家や金持ち等の子孫がよく入ってくるからだ。
「もともと、白剣家の歴史を遡ると僧だったらしい」
「待ってください?それってもしかして数百年前の話ですか?」
「そうだ、軽く千年以上前になるな」
「へー」
「僧の出だ。本来は清く正しく生きるもの。しかし、時代によっては僧も武器を持って戦うようになった」
僧が武装するようになった。
「そこから剣使いの家系になり受け継いできたらしい。時代が変わり日本刀などから木刀や竹刀に。殺すための剣術から剣道になった。そっちの業界では古参として有名だな」
「ずぶずぶじゃないですか」
「言うな。けど、あの人の腕は完全に実力だ。だからこそなんだろうけどな」
剣道の名家に生まれたから剣道が強くて当たり前。そんなことはないに。そんなレッテルから逃れるために必死で強さを求めたに違いない。
「あの人にはだいぶしごかれたな。それにその剣道の腕だが、異能者相手にも遅れをとらないレベルで実は異能者じゃないかと?疑われてたくらいだ」
「でもお子さんがそうなら可能性はあるのでは?」
「異能は遺伝じゃない」
目の色や皮膚の色とは違う。稀に異能者の家系があるがそれは生活環境が特殊な場合だ。それに遺伝だったらもっと把握も楽になっている。
「そうですもんねー、分りました。とりあえず、容態安定した人から順次取調べ始める形でよろしいですね」
「あぁ」
そんな中テロ犯逮捕だ。
「でもいいのですか?」
「何がだ?」
「総監自ら取り調べは少々派手なのでは?」
犯人が護送されてすぐ、榊原が自ら取り調べを行うと言い出したのだ。
ドラマでもなかなか見ない光景だろう。警視総監が犯人の取り調べを行うなんて前例がない。
「必要だ」
「確かに犯人の動機次第で有効なんでしょうけど、本当にあなたはそれでいいんですね?」
榊原がずっと政府に働きかけてきた異能者への罰則規定の法案がこれで恐らく通るだろう。
これが通れば異能犯罪の捜査がもっと早い段階から行える。被害拡大を抑えることもできる。
その反面、異能者がさらに迫害される恐れもある。
犯罪者への対応がスピーディーに行えるし、抑止力になるのも事実だ。けれど、至って善良な異能者の自由やプライバシーが侵害される恐れもある。
過激な一般人が法案を誤認解釈をし、異能者を迫害する懸念もある。
「あぁ。今更聞くのか?何度でも言おう。俺はこれを選んだ。そのために今までずっとやってきた。政治家ではなく警察に入り、今は警視総監にまでなった。ようやくこれで実現されるんだ。是が非でもやるぞ俺は」
榊原はそう宣告した。
「いつでもいいぞ?好きな所言えばそこに送ってやる。多少無茶でもお前なら可能だろう」
無理に自分に付き従う必要はない。望むなら好きな部署に配属してやる。榊原も彼女の能力は認めていた。
なので、腹は立つことも多いがこうして部下に任命した。
しかし、この法案に関しては警察官としての業務でもなんでもない。あくまで榊原個人的な野望。副総監だからとて付き合う義務はない。
「いいえ。私が警察を去る時は……お互いここにはもういない時ですから」
彼女は彼が警察官であったので警察になった。何の目的で警察になたかは関係がない。彼が警察に所属する限りは自分はここにいる。
「……そうか。だったら聞かなくても分るだろ?お前ならな」
「そうですね。では、確認でき次第千導院の方に報酬を支払うので印だけ押しておいてください」
千導院に渡す書類の作成しなくてはいけない。
「任せた」
即刻取調べが始まった。現場も緊張している。記録官も普段以上に良い姿勢で座っている。
「この取り調べは全て録画、録音される。あなたには黙秘権がある。では取り調べを行う」
これは裁判以上に、法案可決のための重要な材料になる。榊原も別人のような言葉使いだった。
「では、あなたの寺憲一。二十七歳、職業は……」
「そうだよ、無職だよ悪いか!」
「悪くはないな。仕事なんて大半が生活費を稼ぐために行ってる人種が大半だろう。金さえ困らなければ働かない選択をする人間の方が多いと思う。私は職種や経歴だけで人間を判断はしない。しかし、今回あなたの行為は完全にアウトだ。この意味はわかるな?」
「……」
「異能の発現時期はいつだ?」
「……」
「刑事ドラマの見すぎか?確かにあなたには黙秘権があるが今回は現行犯だ。あなたの顔と事件の起きた店や周囲の防犯カメラを調べればまずあなたが映っているだろう。即検察に送れるレベルの証拠が揃っている」
「……」
それでも頑なに無言を貫く。
「素直に話したほうが身のためだ。それにもし、反省もない。罪は重いものになるだろう。あなたは今改善の余地なしと判定されたら、最悪専用の監獄行きだぞ?」
周りに危害を加える異能者は異能者専用の施設に入れられる。異能を使えば普通の牢獄では脱獄可能だからだ。
先日の原咲は負傷していたので一旦警察病院が隣接する場所を選ばれた。それがあだになったのだが。
榊原の威圧に負け素直に喋りだす。
「つまり、ストレス発散であなたはやったんだね?」
「はい」
「確かに最初の工場の件に関しては意図しないところでの発生で仕方ないかもしれない。が、その後犯行を重ねたことは事実で、重罪だし、意図してやっていた」
うなだれ沈黙する。
「貴方はストレス発散のために多くの人が傷ついた。二名の尊い命が奪われた。覚悟しておくことだな」
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