第9話「切り裂き紳士」
「っと満かいな」
京は左手に持っていたナイフをしまう。
誰かが背後から忍びよってきたので警戒していた。
しかし、人物の正体はよく知る人物だった。
「京さん、勝手に一人で行くのやめてもらえますか?」
京と同じく千導院に所属する『異能者』だ。
「仕事熱心なだけや」
「さぼりたいだけでしょ」
「なわけあるいかいな。今回は真剣やね」
「はいはい。で、どこにいるんです?」
「まだ距離までは知らんな」
「そうですか。で、異能なんですか?」
「乾電池を爆発させる異能って知ってたりするか?」
「……聞いたことないですね」
「まぁ、そうやろね」
「って勝手にどこ行くんですか」
京は足を止めない。
「この前だって大丈夫や大丈夫やって結局脇腹を縫う怪我したじゃないですか」
「あれは不可抗力やて。今回はどう考えても遠距離から攻撃食らうなんてなさそうやし大丈夫や」
「怪我して怒られるのは戦闘用員の俺なんすからね」
「わかったわかった。っであんたは何のようや?」
それは満のさらに後方の人物にだ。
「お前は……」
満は不審者を見ると戦闘態勢になる。誰か知っているからだ。
「なんや満の知り合いか?」
「いいえ、会うのは初めてですが有名ですよ。過激派思想のテロ組織『黒壁の楽園』所属の武等派。スーツにハット、そして杖。どこぞやの英国紳士のような出で立ち。『切り裂き紳士』の原咲ですよ」
「……あぁ、ぎょうさん惨い殺し方で世間をお騒がせしとるやつやろ?」
初老で穏やかな見た目とは裏腹に、判明しているだけでも一般人を二十人以上殺害している凶悪犯だ。
男の異能は所持する杖で物を切断することができる。金属すら容易く切断でき、その異能で相手の腹を切り刻み、臓器を細切れにする残酷極まりない殺害方法で、全国指名手配されている。
「あなた達は狗ですね?」
「下がってください」
満は京をかばうように前に出る。
「狗?どう見ても人間なんやけどなぁ。ところで何の用や?」
京は気にせず、原咲に質問を投げかける。
爆発テロ犯を捜索中の接触だ。犯人は『黒壁の楽園』所属の可能性が出てきた。
「目の前に、何やら密談している『異能者』。残念ながら警察に協力している様子。私は愚かな人間は嫌いですが、それよりも人間の奴隷となり従順な顔している『異能者』がもっと嫌いなのですよ!」
原咲は満に切りかかる。
「ここは一旦逃げましょう!」
満は地面を拳で叩きつけ、コンクリート片が飛ぶ。原咲はコンクリート片を避けるために後退する。
その隙に二人は逃げ出した。原咲も体勢を立て直すと後追う。
しばらくすると、満は立ち止まり再度迎撃態勢に移る。
「おや、逃げるのではありませんか?」
「誰が逃げるかよ。あの人は戦闘の邪魔になるからな。どいてもらっただけだ」
「そうですか」
原咲はにやっと笑う。
「なぁ?あんた自分が殺った『異能者』のこと覚えているか?」
「……さぁ?全員は覚えてませんね。」
「園下って覚えているか?音を使う異能だ」
「……もしかして、坊主頭で左耳がない?」
殺気が膨れあがり、獰猛な肉食獣のようにらみつける。
「お友達ですかな?」
「そうだ」
「それはそれは。顔に似合わずお上品な異能だったので覚えています。特に戦闘向きの『異能者』が自身の異能を破られ殺される時の表情ときたら格別ですよ」
「この変態が!」
満は殴りかかる。
京の護衛という任務があるが、友のために逃げることも、負けることもできない。
後で私情で戦ったと怒られたとしても。
原咲は満の攻撃を杖で弾く。
幅の狭い道路での戦闘。繰り返される攻防。
最小限の力でいなす原咲。全力で拳を叩き込む満。
このままいけば、満の体力切れになるだろう。
数多の拳をいなしていたが、状況が変わる。
原咲の杖がぽっきり折れたのだ。
偶然ではない。満は常に同じ箇所に攻撃があたるようにしかけていた。
「終わりだな」
原咲にようやく満の一撃がはいる。
激情で動いているが満は至って冷静に動いていた。なので、ある程度加減していた。
本気を出した一撃が直撃すれば確実に死んでしまうからだ。
原咲は衝撃でのぞけり、地面に倒れ込む。あまりの勢いでハットが宙に舞うほどだ。
「お前は殺さない。きっちり裁判受けて吊られろや」
満は連絡をするために懐から端末を取り出す。
『切り裂き紳士』
「っつ!」
満の服が裂ける。そして血が吹き出る。幸い臓器まで切れておらず、なんとかその場に立ち止まる。
「いけま……せんね。ハットだとどうしても威力が弱くなってしまって綺麗に切れずに申し訳ない」
原咲は立ち上がる。
「おや、私は杖で物を切断する異能、と紹介したことはありませんよ?」
にやりと邪悪に笑う。
原咲は手袋を放り投げる。
『切り裂き紳士』
「まぁ、手袋では驚かす程度にしかなりませんけどね」
満の太ももが出血する。腹と違い、皮が切れた程度だ。
「身体強化の『異能者』には理解しずらいかもしれませんがね、異能の本質を見誤ると命を落としますよ?」
「同感だな」
「はい?」
『音速全開』
満は力強く瞬きした。
「な!」
原咲の体にまたも衝撃が襲う。原咲は苦痛の声をあげ倒れる。
原咲は満のコンクリートすら容易く砕く拳から、身体強化の異能だと判断した。
満の異能は身体強化ではない。本来の異能は衝撃波を出すというもの。
満は基本、拳から衝撃波を繰り出す攻撃しかしない。
原咲のように身体強化の異能だと誤認を誘える。
一番の理由は拳でかたをつけたいという満の矜持からだ。
「派手なことになってるな。その腹命に別状はないみたいやけど、そのまんまはあかんね」
「何戻ってきてんですか」
「何大丈夫やろ。満の実力を信頼しているから」
「痛、もっと優しく持ってください。てかこの場から離れちゃまずいでしょ」
京は満に肩をかし歩きだす。
「もう通報済や。ほら、サイレン近づいてるやろ」
今回満を病院には連れていかない。
千導院には治療ができる『異能者』がいる。そちらに任せるつもりだ。
爆発テロで意外な動きがあり警察は忙しく動いていた。
「お手柄っちゃお手柄なんですけどね」
指名手配の逮捕。
連絡を受けすぐに専門部隊を派遣した。
警察にも『異能者』を連行するための人材が存在する。
「……今回の事件は黒壁が絡んでいるのか?」
「どうみ違うみたいですよ総監」
捜査中に一級指名手配犯と遭遇。戦闘の後確保。
過激派思想の筆頭組織の幹部なのだ。組織の関与が疑われるのは当然だ。
「何故だ?」
沢田は榊原に説明を始めた。
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