挑戦者

 帰趨は見えていた。


「最後までちゃんと戦えよ」


 もっともだ。実にもっともだ。だがそのもっともらしい言葉を素直に耳に入れるほど自分は強くない。


 悔しい思いだってして来た。それなりの屈辱だって味わって来た。そのおかげで今こうしてここにいる、などと言う平凡な事を言う気にはなれない。


 他人よりほんの少しだけ長くやった、それだけ。

 それ以上の事は何もしていない。

 ————などと言う陳腐な文句をありがたがらせるつもりもなかった。


 なのにそれがいつの間に代名詞のように独り歩きしている事を知った時には、思わず苦笑いしてしまった物だ。








 対戦相手が決まった時、ついにこうなったのかと思った。あいつがその道を歩み出した時から、こうなるかもしれないと勝手に思っていた。


 あいつと直接話した事もある。


 そして、いつかは対戦しようなどと半ば冗談で言った事もある。


 それからどれだけ経っただろうか、相手のことをどれだけ意識しながら今日の日のためにやって来ただろうか。




 テレビ中継が行われている。

 しかもゴールデンタイムで。


 親兄弟はおろか、会った事のない親類縁者が次々と連絡を取って来る。


 トレーニングがあるからを盾になあなあで対応し、ついにこの日を迎えた。




 こうなったこと自体、実はお互い予想外だった。


 やっぱり冗談として、どっちが先に挫折するかなどと競い合った事もある。


 結局どっちも挫折しないまま、ここまで来た。



 ほんの少しだけ勝っていた方が、こうして先に進んでいる。


 進んで、進んで、チャンピオンベルトを巻く事になった時も、散々相手の存在について尋ねて来た。



 その度にそうなればいいですねと言うあいまいな返事ばかり返した。


 特別な意識など何もない、あるとすればタイトルマッチで真剣にならない奴が一体どこにいるんだよと言うだけの話だ。


 と言うよりいつも真摯に取り組むのが礼儀と言うものだろう、誰に取っても。



 

「ファイトマネーの使い道ですかね」




 戦前に今考えている事は何ですかと言われて堂々とそう答えてやった。

 これは冗談じゃない。照れ隠しとか言う奴もいる。自己実現?バカバカしい。


 結局はこの金のためじゃないか。お互い金のためにここまで来たんだ。


 そうじゃなきゃただの野蛮人じゃないか。その認識はお互い一致していた。


 にしてもなぜまた答えが同じなのか、まったく理解に苦しむ。


 二人して事前に示し合わせたんじゃないかだと言われもした、状況証拠すらないのが腹立たしい。


 しょっぱなから派手に打ち合ったのは、決してテレビ映えでも照れ隠しでもない。単に速攻派と速攻派が対戦しただけだ。


 結果的にほんの少しだけ運が良く、ほんの少しだけ調子が良く、ほんの少しだけ先手を取れたからこうなっていただけ。その事をお互い認めている。


 だからこそ、やる事は決まっていた。

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