六
(えー、それって……つまり)
そういうことなのだろうか。これは遠まわしなカミングアウトなのだろう。美波は気が抜けてきた。
そして、言おうと思っていた秘密を胸の底にもどした。
(わたし、ここへ来るまえに赤ちゃんを産んだの)
という秘密を。
中学三年のとき、塾で知り合った同い歳の男子とときどき会うようになった。高校一年のクリスマス前、彼の部屋で初体験をし、それから幾度か会った。避妊はしていたが、何回目かのときにうっかりし忘れてしまい、その結果、妊娠してしまったのだ。それ以外のときは常にコンドームをつけていたので、まさか一回だけのミスで出来るとは思ってもいなかった。
もともと美波は生理がやや不順なこともあったし、悪阻もそれほどなく、せいぜい食あたりぐらいに思っていた。気づいたときには堕胎できない時期になっていた。体質のせいか見た目もあまり変わらなかったので、気づくのがいっそう遅くなったのだ。
高校は体調に問題があるということで休学し、そのあいだに遠方の産婦人科で子どもを産んだ。幸い、父親の従兄の夫婦が長年子どもができず悩んでいたので、喜んで引き取ってくれ、大きくなれば、会わせることも約束してくれた。
だが……いくら望んで生んだ子ではないといえ、我が子を手放したときの、あの身体のなかに風が吹き抜けたような気持ちは忘れられない。
彼氏の両親が来て美波の両親のまえで頭を下げ、いくらか慰謝料ももらったが、それで気が済むというものでもない。生まれた子を手放したときの喪失感を美波は一生忘れることはできないだろう。十七歳で取り返しのつかない痛手を背負ってしまった気分だ。
さらに人の目というのは怖いもので、美波が実は妊娠していたということはクラスでも噂になっており、学校側からはやんわりと退学をすすめられた。昨今では妊娠しても在籍する生徒もいるらしいが、まがりなりにも名門校で通っているその学校では受け入れられなかったのだ。
そして、操られるように「聖ホワイト・ローズ学院」に呼びこまれてしまったのだ。ずっと美波の母もマークされ調べられていたのだろう。うまい具合に学院の情報が美波の母のもとに寄せられていたのだ。
高校二年生とはいえ、美波は十八歳なのだが、この学院では意味がないことだ。
美波は唇を噛んだ。
「パトリックのこと、これからもいろいろ力になってやろうと思っているんだ」
「そうね……」
ほろ苦く笑って見せた。うまく笑えないのは、司城にたいしてほのかな想いがあったせいだろうが、それもこのとき振り切ることにし、美波は青空をあおいだ。
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