「俺はずっとこの学院のことをリサーチしていたんだ。七十年以上まえ、この学院、というか当時は修道院を建てたのは、パトリック・ジョナサンという神父だった」

 記憶をたどるように視線を宙に向け、司城は淡々と語った。

「彼はオーストラリア人であるが、先祖はアイルランド人。つまりアイルランド系オーストラリア人であり、どういう事情でか戦後の日本に来て、カソリックの信念にのっとって、荒廃のなかで堕落した日本女性を救うために『マグダレン・ホーム』を建てたんだ。そこには日本全国からそういった醜業しゅうぎょう――当時はそう呼ばれていたんだし、また神父の目から見たらそうだったんだろう――についた女性たちで行き場のない者や、望まぬ妊娠で困り果てた女性たちが三百人ほどやって来た」

 そういう女性たちがこの建物のなかで生活していたのかもしれない、と想像すると、妙に首筋が痒くなる気が美波はしたが、何も言わず司城の話に耳をかたむけた。

「……安心して子どもを産めるように、また乱れた生活から足を洗って人生をやり直すためにね。時代のせいか、妊娠した女性たちのなかには外国人の子をはらんだという女性もかなりいたという。そして、当時の感覚では外国人男性とのあいだの子を産むっていうのは大変なことだったんだ」

 美波は先ほど見たファイルを思い出し、唇を噛んだ。

「そういった点からだと、そこは『エリザベス・サンダース・ホーム』のような人道的なもののように見えるけれど」

「エリザベス……、なに?」

 きょとんとする美波に司城は説明した。

「『エリザベス・サンダース・ホーム』。この近県にあった孤児院ていうのか養護施設だよ。三菱財閥創始者、岩崎弥太郎の孫である沢田美喜が作った施設で、当時米兵と日本女性とのあいだに売春や強姦、もしくは恋愛などで生まれたものの、親が育てられない混血児たちを引き取って育てていたんだ。ちなみにエリザベス・サンダースっていうのは、そのとき沢田美喜の運動に共感し、協力してくれた篤志家の英国人女性の名前」

「ここって、そういうハーフの子どもたちを保護するための施設だったの?」

「という一面もあるし、行き場のない女性たちを守るための、まぁ、シェルターみたいな面もあったかもしれないが、一番の目的は彼女たちに罰をあたえることでその罪を清めることだ。つまり、刑務所みたいな面もあったんだ」

「……」

 美波はまた唇を噛んだ。夕子から聞いた話がかさなる。

「話をさかのぼると、創始者であるパトリック氏の先祖というのが……、ええと」

 司城はスマートフォンを見ながら説明する。

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