「……何言っているの? 出られるに決まっているじゃない?」

「冬休みも残れって言われたら?」

「え?」 美波はさすがにびっくりして毛布をはねのけて身を起こした。

「まさか……」

「冬休みも春休みも残れって言われて、それで来年になっても、ずっとここに閉じ込められたら……?」

「そんなことあるわけないじゃない。それに、来年になって……三年生になったらいずれ卒業するんだし」

「学院長が認めなかったら卒業できないって」

「な、なに言ってるの?」

 なにが不気味といって、夕子が冗談を言っているのでもなく、ふざけているわけでもないことが一番不気味だった。

「馬鹿なこと言ってないで、寝なさいよ。朝早いんだから。あ、そうだ、夕子、」

 美波が言おうとしたとき、誰かが「うーん」と声をあげた。

 寝言なのだろうが、二人ともぎょっとして身をすくめてしまった。レイチェルや紗江が起きてしまえば、また厄介なことになるかもしれない。

 壁の時計はいつの間にか二時を示している。夏の朝は早い。あと三時間は睡眠を取ろうと美波は毛布をかぶったが、その後もなかなか睡魔は来てくれなかった。


「うん、そういうこともあるわよ」

「え?」

 寝不足でだるい顔をしていたのだろう。もたもたとカーテンを取る作業をしていると、晃子に眠れなかったのかと訊かれ、美波は深夜の出来事を一部始終話した。

 部屋には晃子と美波の二人だけで、軽口のつもりで夕子が妙なことを言うのだと説明すると、晃子は平然とその話を肯定する。

「生徒のなかにはそのままここに残って神学とか勉強してシスターになる子もいるって。それか、厨房とか管理人の仕事に就いたり。厨房のおばさんとかもそうだし」

 美波はぎょっとした。何度か遠目に見た彼女たちは皆どう見ても四十過ぎである。かつて生徒だったということは、何年ここにいることになるのだろう。計算してみて美波は反論するまえに笑ってしまった。

「冗談でしょう?」

 晃子はしごく真面目な顔で言い足す。

「裏のゴミ取集場にお婆さんいるじゃない? ナツさん? あの人も元は生徒よ」

 美波は口をぽかん、と開けていた。

 ゴミの収集場にはちいさな小屋のような建物があり、思い出せば、そこの前にかなりの高齢者がおり、業者が来るたびに小さな出口を開ける仕事をしていた。

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