シスター・アグネスが背を向けて出て行くと、今度はべつの視線を感じてそちらに目を向けると、レイチェルが眼鏡の奥からきつい目で自分を見ていることに美波は気づいた。

 その目は、余計な真似をして、と言っているようだ。


 翌朝、寮にいたときと同じように美波たちは全員五時に起床し、着替えやトイレ、洗顔をすませた。トイレ兼洗面所は一階の西端――昨日晃子が説明した分娩室となる部屋とは逆の方向にあり、二十人以上の生徒たちでごったがえしているが、そういうときもレイチェルやバーバラは並んでいる生徒たちを尻目に当然のごとく先を行く。

 広間となる一階の大部屋で朝食をとるが、食事は寮のとき以上に質素で、冷めたロールパンと薄いスープ一杯で、そのスープも冷めているのは、前日に作り置きしてあったものを温めなおしもしていないせいだ。夏だからまだ我慢できるが、これがもし冬ならたまらないだろう。

 朝食がすむと、そのまま広間で朝の御祈りをすませ、それぞれ当てがわれた仕事へとすすむ。

(トイレ掃除は嫌だな)

 そう思っていた美波だが、ありがたいことに、学院のカーテンをあつめに行く係になった。この仕事を割り当てられた五人のなかには、晃子と雪葉もいた。お腹の大きな山本美香もいる。ちなみに夕子は炊事のグループに割りあてられている。

「晃子、あなたは経験者だから、あなたがいろいろ教えてあげてね」

 作業の指導にやってきたシスター・マーガレットにそう言われて、晃子が返事を返している。

 嬉しいのは、グループのなかにジュニア・シスターもプレもいないことだ。だがレイチェルは炊事班のなかに入っているので、また夕子が嫌な想いをしないかと心配にはなったが……。

 貝塚寧々は、と見ると、掃除班で他の生徒に大声で「行くわよ!」といばっている。あのグループに振り分けられなくて良かった、とつくづく美波はほっとした。

「掃除班なら、トイレ掃除もあるんでしょう? いい気味ね」

 広間を出ていく寧々を遠目に見送りながら、ついそんなことを晃子に言うと、晃子はのんびりと言い返す。

「貝塚なら、喜んでやるんじゃない? あの子、ああいう仕事ははりきってやるわよ」

「え? そうなの? 意外」

 掃除をすすんでやるタイプには見えなかったのだが。

「ふふふふ」

 晃子が意味深な笑いを浮かべていると、足音が近づいてきて、すでに人が少なくなっている食堂に入ってきた人物が見えた。

「ほら、早くしなさい!」

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