「え?」

 そばの夕子まで驚いた顔をしてシスター・アグネスを見上げている。

「夕子は切る必要はありませんが、美波の長さでは違反になります」

「え、え? で、でも、」

 美波は焦ってセミロングの生徒や裕佳子をさがした。何故彼女たちは髪を切らないで、自分は切らないといけないのだろう。美波はパーマも染色もしていない。

「髪を伸ばすことがゆるされるのはジュニア・シスターとプレ・ジュニア・シスターだけです」

「プレ?」 夕子が怪訝そうな顔をして口を開く。

「それって、ジュニア・シスターとはまた違うんですか?」

 シスター・アグネスは夕子に目を向け、にこやかな顔で説明する。

「ジュニア・シスターになる資格がある生徒です。まぁ、ジュニア・シスターの見習いのようなものですね」

「はあ?」

 夕子はやや大げさに、いかにも呆れた、というような顔になっている。美波も内心では呆れているが、今はそれよりも髪のことが気になる。

 本当に切らなければならないのだろうか。しかし、そのことについてあることがひらめいた。

「あ、あの、街に行って切ってくるんですか?」

 髪を切るのは嫌だが、外へ行くチャンスとなると、話は別だ。夕子の目も光る。

「いえ来週の金曜に美容師が来ます。そのとき切るように」

 外出の希望ははかなく消え、美波の胸にははひたすら嫌気だけが残る。

 夕子もうんざりした顔になっているが、もともと髪を切る必要のない彼女にとってはこの問題はひとごとなので、それ以上あれこれ言うこともなく、その場はそれで終わった。

 去っていくシスター・アグネスの後ろ姿をぼんやり眺め、することもなく二人はとりあえず自分たちの部屋に戻ることにした。

「ねぇ、あなたたち新入生でしょう?」

 廊下を歩いていると先ほど囁き声で会話した生徒が寄ってくる。

「そうだけれど」 

 何の用、という顔をする夕子に向かって彼女は口早に説明した。

「することがあるなら九時までにすませておいた方がいいわよ。九時からシャワーで、消灯は十時だから」

「十時?」

 夕子が、また嘘でしょう、という顔をする。美波もおなじ表情をしていたろう。

 背後で生徒たちのたてる足音がひびく。

「レイチェルから聞いていない?」

「聞いてないわよ、そんなこと」

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