第27話『きかんしえん・1』
トモコパラドクス・27
『きかんしえん・1』
ゲフ! ゲフ! ゲフ!
ゲップが派手に三連続した。
乃木坂学院高校の昼休み、梅雨の中休みと言うよりは、梅雨が早退したような晴天続き。友子は、クラスメートといっしょに中庭でお弁当を食べていた。
メンバーは、その日によって入れ替わりはあるけど、今日は玉子焼きが美味しい麻衣、蛸ウィンナーが見事な妙子。そして、転校してきて、もう馴染んじゃった水島結衣(実は水島昭二って幽霊の義体って、みんな知ってるよね?)。で、こういうことには頓着しないで混ざってきた保健委員の亮介、亮介はただの自信過剰のオッチョコチョイということが分かってきたので、もうイケメンという冠は付けない。
で、友子と結衣を除いた三人が、食後のコーラを飲んで、いっせいに派手にゲップをしたところだ。
「もー、行儀悪いなあ」
友子は眉をひそめ、結衣はハンカチで口元を隠して品良く笑っている。
「これが、コーラの爽快感じゃないのよさ。なんか、お腹に溜まっていたものがいっぺんに解放されるって感じでいいじゃん!」
麻衣が、口の端にコーラの泡を付けながら、爽やかに言い放った。考えたら、この三人の共通点は、コーラ愛好者であることに気づいた。
品の良い、大佛聡(おさらぎさとし)や、資産家令嬢の長峰潤子、華僑の娘の王梨香などは、このグループにはあまり加わらない。その原因が、多分食後の大ゲップであろうかと勘繰った。
「トモちゃん、いつもカフェオレなんだね?」
亮介が、ナニゲに聞いた、この一言がドラマの発端になるとは、友子にも想像できなかった。
「え、コーヒー牛乳だよ」
「だって、カフェオレって書いてあるよ」
「え……ほんとだ」
友子のCPUには、この時代に生きるため。また、いざというとき本来の能力を発揮するために、無数の情報がインストールされているが、いつも意識しているわけではない。友子の元来の生活習慣にあったことなどは、ノーマルな状態では昔のままであるものもけっこう多い。
で、このコーヒー牛乳が、そうである。
義体になる三十年前には「コーヒー牛乳」が、当たり前の名前だった。
それが、2003年の飲用乳の表示に関する公正競争規約により百パーセントの牛乳でなければ「牛乳」の二文字が使えなくなり、友子が飲んでいるそれは、パッケージデザインはそのままで、カフェオレに変わってしまっていたのだ。友子は検索して言葉の上書きをしようとしたが止めた。やっぱコーヒー牛乳はコーヒー牛乳だ。
「ま、わたしは、コーヒー牛乳でいいや」
すると、後ろで拍手がした。
「あ、理事長先生!」
亮介が気をツケした。
「ああ、そのままでいいよ。なーにコーヒー牛乳の言葉に、ちょいと感激したもんでね」
「はあ……」
「コーヒー牛乳というのは、わたしたちの子どものころから定着したものだからね。カフェオレじゃ、鈴木さんの言うようにピンとこないよ」
理事長は、とうに九十歳を超えているが、心身共に、まだ七十歳程度であった。とくに名前を覚えるのが得意で、全生徒の名前と顔を覚えているという噂だ。
「コーラは、高校生が好きなノンアルコールのナンバーワンだね」
「そうなんですか? お茶とか、コーヒーだと思ってました」
「理事長ってのはヒマでね。パソコンで、そんなことばかり見ては喜んでいる。君たちだってボクのことを理事長って呼んでくれるけど、ある日、これがゼネラルマネージャーって呼べと言われたら面食らうだろう?」
「英語では、そんな風に言うんですか!?」
「なんか、カッコイイですね!」
「AKBの秋元康みたいですね!」
と、みんなの反応は無邪気だった。
「ハハ、君らにかかっちゃ、しょうがないなあ。鈴木さんは、どうしてコーヒー牛乳?」
「あ、両親がずっとそう言ってますので、家じゃ、これが普通なんです」
「それがいいなあ、なんでも言葉が新しくなれば良いというもんじゃない。学校も、副校長や首席なんてなのが出来て、きみたちも呼び方苦労するだろう」
友子には、分かっている。理事長先生の中では、ちゃんとカテゴライズされていて、きちんと学校経営の中では生かしていることを。そして、わざわざ、わたしたちの話の輪の中に入ってきたことも。
「そろそろ予鈴か。君たち、次の授業は柚木先生だろ?」
「はい、そうです」
「一つ頼みなんだが、君たちから自習にしてくれと頼んでみてくれないかね。六限は、君たちの苦手な英語でもあるし、ま、理由は適当でいいから」
友子には、理由が分かった――先生にも、いろんな事情があるんだ。でも、いま頭をよぎった『きかんしえん』てなんのことだろう……疑問の残る友子であった。
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