第9話 『空飛ぶ女子高生』

トモコパラドクス・9

 『空飛ぶ女子高生』       



 まるで本物の野球をやっているようだ。

 

 カキーン! 


 友子の投げた球は紀香によってショートへのいい当たりになった。


 友子はダッシュで球を追い、野球部が本気で練習している対角線方向のグラウンドで追いついて、バックスタンドと仮定していたバックネットのところでジャンプ。バシッっとグラブの音と手応え。勢いでジャージはブラが見えそうなところまでずり上がり、形のいいオヘソが野球部員達に丸見えになった。


「ナイスキャッチ!」


 野球部の諸君から、拍手と賞賛が送られた。

「どーも、すみませんね。本職の邪魔しちゃって」

 友子は頭を掻き掻き、自分たちのダイヤモンドに戻り、ボールを投げ返した。

「オーライ、オーライ……」

 そう言いながら、妙子が少し前進してボールをとった。 

「取れた!」

 妙子は、ウサギのように飛び上がって喜んだ。


「今のを、無対象演技って言うんだ」


 紀香は、妙子から白い歯を見せながら、見えないボールを受け取った。

「トモちゃんが入ったら、とたんにボールが見えるようになった」

 あたりまえである。紀香も友子も義体である。だから無対象の見えないボールでも。相手の投球や打球を見て、瞬時に弾道計算をして、着地点に走り、ボールを、その球速に見合ったリアクションで取る。おまけに打ったときや、球を捕ったときの「カキーン」「バシッ」ってな擬音までついている。妙子も、それにつられて目が慣れて、有るはずもないボールが見えたような気がしたのである。


 あとは、三人でダチョウ倶楽部のコントの真似や、AKBの『フライングゲット』なんかを練習した。これも、義体である友子と紀香には朝飯前である。取り込んだダチョウ倶楽部やAKBのパフォーマンスを、そのままやればいいのである。さすがに声まで変えることはしなかったが、呼吸や動きはダチョウ倶楽部のままである。まるで森三中がダチョウ倶楽部のモノマネをやったような出来である。

 AKBでは、さらにノッテしまい、友子が前田敦子。紀香が大島優子を完ぺきにコピー。調子に乗って声のボリュ-ムをマイク並にしたので、グラウンド中に響き、そのそっくりぶりに、グラウンドで練習していた運動部の諸君が手を休めて見入ってしまうほどであった。妙子は並の人間ではあるが感化されやすい性格で、声のボリュームだけは及ばなかったものの、指原程度のスタンスを維持できた。


「すごい、今日のは入部して一番おもしろかったです!」

 部室で着替えながら、妙子が興奮して言った。

「よかった、タエちゃん、このごろ練習してても引きがちだったもんね」

「そりゃ、白石先輩一人だけすごいんだもん。部活に来ても凹みますよ」

「でも。トモちゃんもすごいよね。タエちゃんを、あそこまで、その気にさせちゃったんだから」

 紀香は、義体としても、友子の力はすごいと思い始めていた。

「でも、演劇部のノリって、あれでいいんですか。お芝居の練習とか」

 友子はマットーな質問をした。

「いいのよ、今時ハンパな創作劇を五十分も我慢して見てるのはオタク化した演劇部だけ。これからの演劇部は違う線狙わなきゃだめだと思うの。演劇の三要素って知ってる?」

「えーと?」

 と、妙子。

「戯曲、観客、俳優」

 友子があっさり答えた。

「そう、わたしは、この戯曲をもっと幅のあるものに解釈したいわけよ。硬いドラマだけじゃなくTPOに合わせたパフォーマンスにしたいの。今日やった野球の無対象やら、ダチョウ倶楽部、AKBのモノマネでも、練習中の運動部の手を止めて観客にしちゃう力があるじゃない」

「わー、今日の白石先輩カッコイイですぅ(#^0^#)!」

「いやー、アハハ」


 などと言っているうちに駅前までやってきた。昨日までタイ焼き屋があった店は閉められていて、○○不動産の看板がかけられていた。


「今度は、どんな店ができるんだろうね」

「駅前にはファストフ-ドのお店が少ないから、その手の店が入るんじゃないかしら」

 友子は、駅から半径百メートルの地図から検索して推論した。

「まあ、我らが新生演劇部のように、先を楽しみにしていようよ」

「オオ、新生演劇部! 新生ファストフ-ド!」

 気炎を上げて地下鉄の駅に向かった。改札に入ると妙子は下りに、友子と紀香は上りのホームに向かった。


「ちょっと付き合ってもらえません」

「友子、そういう趣味?」

「茶化さないで。マジな話なんです」

「どんな?」

「うちのクラスに長峰純子って、長欠の子が居るんです……」

「ちょっと、こんぐらがった事情がありそうね」

「ここからだと、ちょっと距離があるんですけど」

「じゃ、地上からいきましょうか」


 二人は、次の駅で降りると手頃なビルの上にジャンプし、時速百キロで街を駆け抜け、十分ほどで、長峰純子の高級住宅についた。


 二人の姿は、たまたま残業していたサラリーマンが目撃し、シャメって動画サイトに『空飛ぶ女子高生』のタイトルで投稿したがCGの合成だろうとコメントで叩かれた……。


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