1015 佐方と佑芳

 さらに3日後、千月は相変わらず動けない、手で食事を進めるにはもうそんなに痛くないが、トイレだけが苦痛だった。


 今日は何故か湧にいも隣りに座ってる、いつも挨拶だけなのに。


「流石に回復が早いね、やっぱりすごい能力が持っているね、多分今月末くらいで全快出来るでしょう。」


 医者の話しが本当なら、あと1週間くらいか、普通ならありえないが、これもイブのサポートだろう、体の代謝速度がとんでもなく早い。


「先生、ありがとう御座います、結構良くなりました。」


「それは良かった、では先生、ちょっと席を外してくれ。」


「ええ、わかった。」


 来たか、うちの予想通りであれば…



 医者は立ち去った、もうこの部屋は千月と湧にいしかない。


「千月さん、足は大丈夫か?」


「ええ、まだ歩けませんが、動くだけならなんとか。」


「…そうか。」


「…………」


「…………」


 湧にいは頭を下げていて、何か考えているようだ、空気が重い。


「あの…湧にい、すみません、私、戦争に手伝うことはできません。」


「…………」


 やはり千月も気づいたようだな、入院後、湧にいの態度が一変するのは、やはりそういうことだな。


「確かに、それも考えたことがあるが、今は違う、頼み事したいのは確かだ、しかし内容は逆だ。」


「逆?」


「そんな自滅能力では、一対一なら別だが、数千数万人相手ではなんの助けにもならない。」


 確かにそうだ、もし相手は普通の人間なら、体に影響が出ない程度でスキップすれば何とかなるが、流石に大勢の超能力者では…


「まず、こちらの状況を説明しよう。」



 澎湖はいま、2つの陣営に分けたらしい。


 北西の白沙と西嶼を陣取りしていた北部同盟と、南東の湖西と馬公は南部同盟の支配下である。


 長年小競り合いをして、お互い略奪を繰り返しているが、大規模の戦いはほぼいなかったようだが、半年前から、事態が一気に変わった。


 南部はいきなり強力な超能力者達が現れ、たったの数日で南部を制圧し、支配下に置いた、人数、能力など一切不明。


 そして2ヶ月前、白沙と西嶼の間の海峡大橋は、誰かに爆破し、両断された。


 しかし目撃者があった、その目撃者の話しによると、犯人は外国人のようだ。



「それからだ、北部から外国人を全員追い出す声が。」


「え?ですがそんなことをするのは、理屈で考えたら南部でしょう?どうして味方を疑うの?」


「それは、流言だ、最初はみんなも南部の仕業だと思うが、いつの間にか、その外国人は北部の内通者という流言が広がっていた。」



 流言か…いわゆるバンドワゴン効果による同調心理だな。


 愚かな一般民衆は大抵、自分がよく知らない物事の真実さも究明せず、ただ噂話を信じ、盲従していく、そして歪められた話は、やがて愚かな人々にとっての真実になる。


 中国では羊群効果って言ったな、羊の習性の一つは、どれか一匹の羊が先導で動けば、群れ全体がなんの疑問もなく付いていく、例えその先が危険があってもだ。



「1ヶ月前くらい、なんとこの戦争を引き起こしたのは外国人、さらに最近では台湾が隔離されたのも外国人のせいだっと、とんでもない噂話になった。」


「…湧にい、こんなの、多分南部の工作ですよ?」


「ああ、だが北部の上層指揮系統は気づくのが遅かった、ここまで来るともう止められん…」


「状況は理解しました、それで、頼み事というのは?」


「ああ、少々待ってくれ。」


 湧にいは席から外し、部屋から出たが、1分くらいだけでまた戻った。


 今度は、二人の子供を連れて来た。


「千月さん、この子達は、俺の孫だ、さあお前ら、千月お姉さんと挨拶してくれ。」


「こんばんは、千月お姉様、私は佑芳といいます、そしてこの子は、佐方です。」



 佑芳と佐方、ほぼ同じ外見の、12才の子供だ、多分双子だろう。


 佑芳という女の子は、黒いワンピースを着ている、髪型は結構可愛らしいウィッグだ。


 男の子の方は、佐方という、黒いTシャツと迷彩パンツだ、しかし…これはロングパーマ?何故か髪は女の子の佑芳より長い。


 二人の身長は千月とほぼ同じ、そして一目だけでもわかる程の、欧米人の顔だ、しかし一番特徴的なのは…


 白い、服以外は全体的に蒼白だ、虹彩と唇の淡いピンク以外全部真っ白、これは…アルビノか?



「外国人…ですか?」


「僕達は台湾人だ!」


 ああ、人種はともかく、台湾で生まれ、台湾に生きている人間だ、確かに、台湾人だ。


「てか、このちっちゃい人がお姉さん?」


「こらさーちゃん、失礼なことはやめなさい!」


「ち…ちっちゃい、ですか…フフフ…私は、ちっちゃい、ですか…」


 や、ヤバい!


「だってゆうちゃん、この人、僕達と同じくらいしかないか、子供じゃない?」


「そうですか、フフフ、なるほど、小僧、死にたいらしいね…フフフ。」


『ち、千月、落ち着け!相手は子供だろうが、大人気ないことをするな!』


「す、済まない千月さん、俺の教育の不届きだ、おいお前ら、ついてこい。」


 あ、湧にいは二人を連れて出ていった、逃げたように…

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