34話 ただ歩くだけで
孝輝と話した数日後の夜、櫻は自分の部屋で夏休みの課題をやっていた。 すると携帯が鳴り、見るとその相手は、
「………はい」
『よう喜多川』
「いたずら電話なら切るけど」
その相手は前回秒で電話を切った相手、雄也だった。
『この前はすまなかった、経験不足だったな』
「なんか次元が違う気もするけど……」
『そこでここはスタンダードに、明日映画でも観に行かないか?』
「……急に普通だね」
前回のホテル行こうからのあまりに普通な誘いを怪しむ櫻。
『約束の日まで時間はないが、いきなりゴールと言うのは我ながら考えが安直だったしな』
「そもそもホテルがゴールの人とは付き合いません」
『………一回作戦会議してから掛け直していいか?』
「もう出ないと思うよ?」
櫻の冷えた声色が雄也に届く。
『冗談だ、俺にもチャンスをくれてもいいだろう?』
「冗談に聞こえないけど」
『喜多川といると面白いからな』
「な、なにそれ……でも」
『じゃあ明日な、詳細はラインする』
「ちょ、ちょっと待って……!」
強引に約束を取り付けて雄也は電話を切った。
「もう……」
自分は約束の日に孝輝が来てくれるのか、その事で頭が一杯なのに。 しかし、今までにいなかったタイプの男、雄也の強引さに基本相手任せの櫻は振り回されてしまう。
◆
「おう、喜多川」
「強引に誘っておいて遅刻とは!」
「ああ、すまん。 何を着て行こうか迷ってな」
「女の子じゃないんだから」
雄也の可愛らしい言い訳に目を細める櫻。
「いや、パンツが決まらなくてな」
「帰る」
「冗談だ」
学習しない雄也のピンクジョークに帰ろうとする櫻。
「さあ行こうか」
「…………」
なんとかゲームオーバーをのがれた雄也、そして二人は映画館に向かった。
◆
「どれを観る? 喜多川が選んでくれ」
映画館に着いて、雄也が櫻に言うと、
「じゃあ、これ」
「これは、アクションコメディーだぞ?」
「だめなの?」
「南々子がデートならじーんとくる恋愛物だと言ってたが」
「今は気分じゃないかな」
このデートの為に久保家では作戦会議があったようだ。 しかし脆くもそれは崩れ去った。
「そうだな、これにしよう。 あまり難解なテーマだと喜多川が理解出来ないしな」
「あはは、そうなんだよね!……バカにしてるの?」
それから映画館に入り、二人は座り上映を待つ。
「孝輝と映画はよく来たのか?」
「そういえば映画館は来たことないな」
「そうか、映画バージンはもらったな」
「映画館は何度も来てるから、とっくにバージン……何言わせるの!?」
真っ赤な顔で声を荒げる櫻。
「喜多川、館内では静かにな」
「むむぅ……!」
映画が始まり、二人はスクリーンを見つめている。 その内容は予想通りの痛快なアクションコメディーだった。 何度も盛り上がりを見せ、観客を飽きさせないその中、ふと隣の櫻を見る雄也。
子供のように目を輝かせる同級生を微笑ましく思ってしまう。 そんな幼さを櫻は持っている。
映画はクライマックスを迎え、そしてエンドロールが流れる。 まばらに立ち上がる観客。 そして櫻が興奮気味に、
「ハラハラしちゃった! ね、久保……君?」
「ん、ああ。 これは大作だったな」
「今、寝てたよね?」
「いや、浸っていただけだ」
そう余韻に浸っていたという雄也を冷めた目で見つめる櫻。 立ち上がり館内の大きな扉を開き出る。
「トイレに行ってくる」
「うん、わかった」
雄也はトイレに向かい、櫻は一人通路で待つ。
◆
「なあ、なんでこんなとこでナンパすんだよ」
「お前は分かってないな」
若そうな二人の男が話をしている。
「いいか、闇雲に外で声をかけるよりな、一人で映画を観にくる女なんてフリーに決まってるだろ? つまり手当たり次第声をかけるより効率がいいんだよ」
「んーそうなのか?」
「それにな、一人で映画を観て私もこんな恋がしたい、そう気持ちも高まってるんだよ。 大体見るのは恋愛物だろ」
「ああ、なるほど!」
「お、可愛いのが一人でいる! いいか、お前は来るなよ、こういうのは一人じゃないとダメだからな」
通路に一人で立っているその女の子、その男は近づき、
「すいません」
「え、はい」
「さっき同じ映画を観ていて見かけたんですが、いい映画でしたね」
「そう、ですね」
戸惑った様子で女の子は対応している。
「あんな素敵な恋が出来るといいと思いました」
「恋? そんなシーンなかったような……」
「え?……まあその、よかったらお茶でもしながら映画の感想をーー」
「残念だったな、俺達が観たのは痛快アクションコメディーだ」
「ーーっ!?」
「久保君」
その男と櫻の話に割って入った雄也は、デタラメな感想を述べるナンパ男にそう言い、
「ナンパしたい気持ちは分かるいい女だが、悪いが俺の女だ、次頑張ってくれ」
堂々とした態度でナンパ男に言い放つ雄也。 男はそそくさと立ち去って行った。
「あんなのの話に付き合うとはお人好しだな、喜多川は」
「な、ナンパだって最初わかんなかっただけだし!」
やれやれと呆れる雄也。 その態度に櫻は頬を膨らませている。
「よく今まで無事でいれたもんだ」
「ナンパなんかについて行かないから!……それに久保君の女じゃないし!」
「現在はな」
「み、未来もだよ!」
その後二人で食事をして、街を回って少し買い物をした。
「大体のテーマはこなしたな」
「なにそれ? 変な言い方」
南々子との会議によるデートのテーマなのだろうか、雄也が言うと櫻が首を傾げる。
「家まで送る」
「平気、一人で帰れるから」
雄也の好意をばっさり断る櫻。
「それはあれか、これ以上一緒にいると久保君の事好きになっちゃうからというーー」
「じゃあね」
櫻は一人改札に向かうと、
「喜多川」
その声に振り向く櫻。
「楽しかった。 やっぱりお前といると楽しいな」
雄也を見ながら櫻が微笑み、
「私も楽しかったよ、ナンパから助けてくれてありがと」
「礼なら二人でゆっくりとーー」
「さよなら〜」
最後の言葉を遮り櫻は帰っていった。 一人佇む雄也が苦笑いの後に溢したのは、
「別にホテルなんて言わない。 ただ、一緒に歩くだけでいいんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます