29話 ブラックジョーク
孝輝と凛が買い出しに行った後、残った二人は荷物番をしている南々子の元に戻っていた。
「あ、おかえりー。 あれ? 二人?」
「ああ、孝輝と凛はイチャイチャしに行った」
「く、久保君!!」
雄也のブラックジョークに櫻は眉を寄せる。 そういう心配が無い訳ではないからだろう。 櫻は少し不安そうな表情を見せている。
「ふふ、そっか。 じゃあゆう君の彼女が……」
「そう、喜多川だ」
「違う! ほ、ホントに違いますからね南々子さん!」
久保親子に翻弄される櫻。 必死に否定の姿勢を示すが、二人は涼しい顔で気にも留めない様子だ。
「そんな事より南々子、海に行って来いよ」
「えっ? わ、私は大人だから、こうして日光浴するのが海の楽しみ方なのよ」
雄也の言葉に南々子は大人の嗜み方だと言って動かない様子。
「南々子、勿論大人の南々子にはそうだろうが、海の方が会いたがってる。 行ってやれよ」
「……それじゃ仕方ないか、ちょっと挨拶してくるね!」
南々子は目を輝かせて海へと歩き出した。
「全く、顔にうずうずと書いてあったわ」
「久保君は口が上手いね。 孝輝に教えてあげなよ」
嬉しそうに海に向かった南々子を見送ると、櫻は雄也を見て微笑みながら言った。
「
「はっきり言うね……」
「だから面白い事してくれるんだがな」
二人はシートに腰を下ろし、白熱のビーチバレーで疲れた体を休める事にした。
「喜多川は孝輝のどこが好きなんだ?」
「き、急になに!?」
何の脈絡もなく核心を突く雄也の質問に櫻は驚き狼狽えている。
「最近三人から色々話を聞いていて、恋愛というヤツに興味を持ってな」
「へぇ、それはいい事かもね。 前に話した時は女の子の扱いが酷かったもん」
それは一度ファミレスで聞いた雄也の話。 やる事はやるが付き合わない、それでもいいなら……と言う話だ。 あの時櫻は雄也の冷めた恋愛観に絶句していた。
「健全な恋愛を知る為教えてくれ」
「な、なんか久保君が言うと嘘っぽいんだよね……。 どこが好きかぁ」
目を細めて雄也を疑いながらも櫻は話し出した。
「最初はすごく一生懸命話してきてくれたり誘ってくれて、一途な人だなって思って」
「今は二人を相手取る悪人だと」
「ちょ、ちょっと聞いてね?」
話し始めた途端腰を折られた櫻は、苦笑いをして続きを話す。
「付き合ってからも孝輝は私だけ見てくれたし、何かを決めて引っ張ってくれる時、孝輝の言う事を、あの目を見ながら聞いてると、何でも信じられるんだ」
櫻は膝を抱えて話していた。 懐かしむ様に、嬉しそうに話す櫻を雄也は見ていた。
「そうか」
「うん」
「……催眠術か?」
「ねぇ偶には真っ直ぐ受け止めて?」
櫻は呆れた顔で雄也を諭すと、
「今は、私だけ見てる訳じゃないからだらしないだけ。 ちゃんと一人に決めたら……また前の孝輝に戻ってくれると思う」
「自分に戻って来なかったらどうする?」
「……うん。 私が原因で別れた部分が大きいし、そうなるかも、知れないけど……」
膝を抱えたまま俯き、声が小さくなっていく櫻。 だが、少し間をおいて顔を上げると、その瞳には決意の色が見えていた。
「でもね、それでも別れた後迎えに来てくれて、私が嫌いで切り離した自分も、それと一緒に向き合ってくれるって言ってくれたから。 今度は私も孝輝を追いかけようって思った。 だから、諦めないよ」
最後、櫻は笑っていた。 本当は不安で寂しいのかも知れない。 しかし雄也が感じたのは、本当に前向きな笑顔だった。
「喜多川は、本当に面白いヤツだな」
「そ、そうかな? あ、久保君も笑うんだね、初めて見たかも!」
少し恥ずかしそうにしていた櫻は、笑った雄也を見て膝を崩してはしゃいでいた。
「そうか、俺は笑っていたか」
「うん!」
「喜多川、俺と付き合ってくれ」
「……………は?」
「俺と付き合ってくれ」
突然の告白に櫻はまさに青天の霹靂と言った所か。 暫く思考を停止していた櫻は、何とか持ち直したのかまた目を細めて言った。
「久保君の変な冗談にも少しは慣れたんだからね」
「恋愛に興味を持ったと言ったろ」
雄也は表情を変えずに櫻を見据えている。
「そ、それでも私の事なんて変だよ」
「面白くて興味を持てる相手がいいと言ったろ。 喜多川は面白い、興味がある」
「そんなの、だって……」
雄也の言葉に、段々と冗談に聞こえなくなってきた櫻の動揺は大きくなっていく。
「わ、私は嫌だよ! だって久保君やるだけやって付き合わないでしょ? そんな人嫌だもん」
「やらせろなんて言ってないぞ? 付き合ってくれと言ったんだ」
「あ、そっか」
「やっぱり喜多川は面白いな」
雄也が櫻を見ながらそう言うと、
「だってさっきまであんなに孝輝の事を想ってるって言ってた私に普通告白する!?」
「俺は普通か?」
「……違うね」
噛み合っていない様で噛み合う二人。 真夏の太陽の下、恐らく太陽も笑っているだろう。 その時遠くから聞き慣れたフレーズが聴こえる。
「わ、私は人妻ですから!」
遠くからでも分かる南々子の声が聴こえると、
「やれやれ、母親がナンパされて困ってるみたいだ。 行ってくる」
「う、うん」
困惑の状況を救われて少し安堵する櫻。 しかし雄也は、
「言った事は本気だ、俺も諦めるつもりは無い。 孝輝はいい奴で友達だ。 だからって気持ちを捨てる理由にならないだろ」
「いつも、冗談ばっかり言う癖に……」
「これが冗談なら、久保雄也史上最低のブラックジョークだ」
そう言うと雄也は南々子を迎えに海に向かって行った。 一人になった櫻は、孝輝の親友からの本気の申し出に頭が整理出来ずにいた。
まだ今日は始まったばかり。 海には依然熱い光が降り注いでいる。
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