27話 真夏の果実
海に到着した俺は、雄也と二人で先に場所を取りビニールシートを広げていた。 早い時間に出発したとは言え、既に砂浜にはかなりの人が集まっていた。
これから水着に着替えた三人がやって来るのか……。 櫻は俺と一緒に選んだあの白いビキニか、凛と南々子さんはどんなだろう。 そんな事を考えてはシートに座りながら悶々としてしまう。
「孝輝、そわそわし過ぎだ」
「そ、そんな事は……なくもないが。 お前が落ち着き過ぎなんだよ、少しははしゃげよな」
「はしゃいでるぞ?」
全く分からんな。 いつもの惚けた雄也にしか見えない。 十代の男子らしく、俺の様にそわそわしないのかこの男は。
「孝輝、お待たせー」
「ーーーおぉ……」
思わず謎の呻き声をあげてしまった……。
俺の名前を呼ぶその声の方に座ったまま振り向くと、そこにはまるでグラビアアイドルかと思わせる様な水着姿の櫻が立っていた。
あの白いビキニを選んだ時、櫻が着ているのを想像したが、俺の想像力を遥かに超えるその魅力的な姿に俺は櫻を見上げたまま見とれてしまっていた。
「どう? 似合うかな」
ほんのりと頬を染めて俺に聞いてくる櫻。 まだ見とれたままだった俺はその言葉に何とか正気に戻り、
「す、すごく似合ってるよ。 どう言ったらいいか言葉が見つからないくらいだ……」
「お、大袈裟だょ……ありがと」
素直に思った事が口から出た。 櫻はさっきより顔を赤くして、恥ずかしそうに身を縮めている。
「確かに想像以上だな。 喜多川、写メ撮っていいか?」
「や、やだよ! 久保君変態なの!?」
ーーーー自分の考えを自信を持って言える人、その息子雄也。 それも考えものだな……。
「あー二人共櫻ちゃんに見とれちゃってるなー? 無理ないけど、私もジロジロ見ちゃったもん」
「南々子……さん」
少し遅れてやって来た二人目の女神。
花柄の鮮やかなビキニを身につけた南々子さんにまた俺の視線は釘付けになった。
南々子さんは顔が小さいから凄くバランスが良いんだよな、髪も短いから一層小顔に見える。 しかし、これが大人の女性の魅力というやつか……。 櫻とはまた違う色気が……。
「……孝輝?」
「はっ! いや、違う! こ、これは芸術鑑賞だ」
「……何言ってんの? 孝輝は誰でもいいんだね!」
ジト目で見てくる櫻に自分でも分かる下手な言い訳をしてしまった。
「まぁそう言うな喜多川、日本にはこんな言葉がある」
「なによ」
「おせちもいいけどカレーもね、と言うだろう」
雄也、助けてくれたのか? なんか説得力のない言葉だが……。
「私、おせち?」
「いや、その胸はお餅じゃないか?」
どんな会話してるんだこの二人は……。 櫻も少し呆れた様な顔をしている。
「もう一人の子豆ちゃんはどうした?」
「誰が子豆よ!」
雄也の言葉に怒声を上げたのは不機嫌そうに顔を顰めている凛だった。 見ると凛はTシャツを着ていて、小柄なその身体が膝上まで隠れていた。
「どうした凛、自慢のボディーを隠して」
「雄也……アンタ後で波打ち際に埋めてやるからね……!」
「だそうだ南々子。 口移しで酸素をくれ」
「わ、私は人妻なんだから!」
……と言うか一応親子だろ。 見えないけどな。
「う〜ん、でもやっぱり気持ちいいね!」
櫻は両手を上げて伸びをして、嬉しそうな顔をしている。 ……眩しい。 どんな仕草もまるでPVを見ている様だ。
「ほら、私が荷物見ててあげるから皆で遊んでおいで」
「そうか、悪いな南々子。 よし、行くか」
南々子さんのお言葉に甘えて、俺達は海に向かって歩き出した。
「わ、結構冷たいかも。 夏目さんシャツ脱がないの? 濡れちゃうかもよ?」
「そんな深い所まで行かないから平気」
櫻は気遣って言ったのだろうが、凛は仏頂面で返事をしている。
「孝輝、これを膨らませてくれ」
「何だ? ああ、ボールか」
雄也に渡されたのは空気を入れて膨らますビニールのボールだった。 俺は言われるままそれを咥えて空気を入れ始めた。
こ、これは……。 空気を吹き込み続けた俺は少し頭がクラクラしてきた。 それは、膨らませていて分かったのだが、思っていたサイズよりかなり大きいのだ。 恐らく完成形は直径1メートルぐらいあるんじゃないか?
「ゆ、雄也、これちょっとサイズでかくないか?」
「大は小を兼ねるってやつだな」
なにを言ってるんだコイツは……。 この気温でこんな事してたら汗が滲んでくるな。
「大丈夫こーくん? か、変わろうか?」
「な、なに言ってるの夏目さん!? ダメだよ!」
「そうだぞ凛、間接キスなんかしたら子供が出来てしまう」
「出来るか! だったら雄也が手伝ってあげなよ」
「よし、孝輝、やり切れ」
全く……。 俺はボールを何とか膨らませて雄也に投げてやった。
「あ……」
暑さと空気を入れ続けた酸欠からか足元がふらつき、そのまま倒れてしまった。
「こ、孝輝! 大丈夫? 」
まだ少し呆けていた俺は、櫻の顔を見て徐々に焦点が合ってきた。
そんな俺を見て、心配そうな顔をする櫻が愛しく見えて、
「ああ、大丈夫だ。 ありがとう」
「え、うん……」
暫く櫻を見つめていた。 何だか安心する。 櫻も少し顔を赤く染めながらも俺から目を逸らさずにいた。
「ーーぶッ」
突然俺の視界を奪ったのはさっき俺が膨らませたビニールボールで、投げた犯人は……。
凛だった……。
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