24話 ボスからの司令

 

 夏と言う季節感を打ち消す様にエアコンを効かせた自宅でダラける。 いや、最早この環境が現代人にとっての夏と言う季節感なのかも知れない。


 櫻と公園での話し合いから何日か、俺は一応休み後半に苦しまない様に学生の本分をこなしながら過ごしていた。 しかし、たまにはまともな食事を摂らないとな、ほとんどコンビニやインスタント食品だからな……南々子さんのご飯、美味しかったな……。


 そんな思いに耽っていると携帯が鳴った。 これは、毎日その南々子さんの飯にありついている奴からだ。



「はい」


『よう孝輝、休みを楽しんでいるか?』


「まあな、一人暮らしだし、気楽なもんだ」


『孝輝、夏と言えば、なんだ?』



 なんだ雄也の奴、クイズでもやらせる気か?



「夏、と言えば……暑い」


『そう、海だな』



 俺の回答は最初からどうでも良かったみたいだな……。



「それで?」


『明後日南々子が休みなんだ、こっちで車を出すから喜多川と凛を誘っておいてくれ。 海に行く』



 当たり前の決定事項の様に話す雄也。 あのな、二人にだって都合があるだろ。 それに、だ。



「お前な、櫻と凛を両方連れて俺に海に行けってのか?」


『その方が面白いだろう』

「お前はな!」



 全く、無責任な事を言いやがって……。 俺はどう立ち回ればいいんだよ、そりゃ海なら二人で行くよりも大人数の方が楽しそうではあるけれど。



『なんだ、二人の水着姿が見たくないのか?』



 ……あの水着を着た櫻か、そして凛はどんな水着を……。 夏の誘惑は徐々に俺から思考を奪っていく。



「それは、まぁ……」


『南々子の水着姿も見れるぞ』

「何とかしてみよう」



 自然と言葉が零れた。 俺って奴は……。



『それじゃ、良い報告を待っている。 じゃあな』



 ……雄也お前は組織のボスか。

 海外スパイ映画の影の親玉みたいな言葉を吐いて雄也は電話を切った。



 これは、安請け合いをしてしまったが大丈夫だろうか……。 櫻を海に誘うのはいいとして、凛も誘っていると言ったら来るのか? その逆も然りだ。 そもそも二人の予定が空いているのかもまだ分からないしな。


 不安な気持ちを抑えつつ、先ずは櫻に電話を掛けてみる事にした。 ラインで伝えるには複雑だからな……。



『はい』


「櫻、今大丈夫か?」


『うん。 平気だよ、どうしたの?』



 明るい声で応えてくれる櫻。 感触的には言い易いが、内容が内容だからな。



「急な話で悪いんだけど、明後日雄也と海に行く事になって、櫻もどうかなと思ってさ」


『そうなんだ、うん! 大丈夫だよ』


「そうか、雄也のお袋さんが車出してくれるらしいから」


『えっ、あの若いお母さん?』


「櫻、知ってるのか?」



 櫻が南々子さんを知っているのは意外だったな、雄也とそんなに話をしているイメージは無かったが。



『偶々久保君と話す事があって聞いたの、会った事はないけど』


「そうか、俺も一度会っただけだけど話易い感じだったし、大丈夫だと思う」


『うん』



 さて、問題はここからだ。 凛も誘うと言ったら櫻は何て言うか……。



「それで、あと、りんも誘う予定なんだけど……」


『……夏目さんも』



 言い難い内容につい弱々しい声になってしまう、櫻の声色も明らかにさっきまでとは違うのが分かる。



「ほら、雄也はりんと幼馴染だし、海は人数多い方が盛り上がるんじゃないか……と」



 何とか理由に肉付けしていくが、言葉尻は弱くなっていく。 しかし、櫻の反応は意外にも、



『うん。 そうだね、私はいいよ。 孝輝と選んだ水着持っていくね!』


「え、ああ、そうだな。 じゃあ詳細はまた連絡するから」


『うん。 待ってるね』


「ああ、じゃあまた明後日」


『はーい。 楽しみにしてるね』



 なんだ、意外といけるもんだな。 少し拍子抜けしてしまったな。 俺が思っているより大した問題ではないのかも知れないな。


 それから俺は続けて凛に電話を掛ける。 櫻から意外と簡単に承諾を得られて気持ち楽になっているし。



『は、はい』



 少し焦った様な声で凛は電話に出た。



「あれ、忙しいのかな?」


『ううん違うの! 大丈夫だよ』


「そう? なんか慌ててたから、都合悪いなら掛け直すよ?」


『ホントに平気。 こーくんがいつ連絡くれるかなと思ってたら電話が来て驚いちゃっただけだから』



 俺の誘いを待っていてくれたのか、何だか照れるな……。 普通に考えればこう言ってくれているのだから誘えば間違いなくいい返事が貰えるだろうし、櫻も思ったよりすんなりいったからな。



「俺からも誘うって言っただろ」


『うん。 ありがとう、嬉しい』



 感触は完璧、俺は最早迷う事なく言った。



「雄也に海に誘われてさ、明後日なんだけど、りんも行かないか?」


『う、海……?』


「え? ああ」



 ……どうしたのかな? まだ櫻も来ると言う前に海と言っただけで微妙な反応だ。



「りん、海嫌いなのか?」


『そ、そんな事ないよ。……ただ、その』


「明後日都合悪いのかな? 急な誘いだったし、無理ならーー」

『平気だよ! 行くね!』


「あ、ああ」



 俺の言葉を遮って凛は返事をねじ込んできた。



「雄也のお袋さんが車出してくれるから、りんは雄也の家近いし最初に拾ってそれから俺達と合流すると思う」


『うん。 わかった』


「一応事前情報としては、りんの予想通り雄也の今のお袋さんは四代目になってた」


『やっぱり……』



 凛は雄也の家の事情に詳しいから大丈夫だとは思うが、会ってびっくりと言うのは悪いしな。



「かなり若い人だから驚くと思うけど、いい人だったから」


『久保家の母親事情は今更驚かないから平気だよ』


「そうか」



 流石幼馴染。 凛は今までの久保家を見てきているからな。 後は、櫻の件だけだな。



「あと、実は櫻も来るんだけど、大丈夫かな?」


『ーーえっ!? き、喜多川さんも!?』



 だ、大分驚いてるな……。 まぁ、本来は俺も予想していた反応だが。



「ああ、雄也がみんなで行った方が楽しいだろって」


『私も誘う事、喜多川さんは知ってるんでしょ?』


「ああ、勿論」


『……喜多川さんは、何も言わなかったのかな』


「櫻は意外と問題無さそうだったんだよな」


『……自分はスタイルに自信があるから余裕って事ね……』


「えっ? なに?」


『ううん、何でもない』



 凛の声が急に小さくて聴き取れなかったが、電波の調子かな。



「それじゃ明後日」


『うん。 明後日ね』



 こうして何とか俺はセッティングに成功した。 しかし思ったより凛の方が反応が渋かったな。


 まぁ結果は全員参加になったし、雄也ボスに胸を張って報告出来るってもんだ。




 *************



 孝輝が凛と話を終えて直ぐに雄也の携帯が鳴った。



「凛か。 よう、珍しいーー」

『このバカ雄也! 何でよりによって海なのよ!!』



 雄也の挨拶も途中に凛は怒声を浴びせた。



「よく分からんが、海を悪く言うのは良くないぞ。 海は広いし大きいんだ」


『この惚けタレ目男! 私が今どういう状況かわかる!?』


「さぁな」



 怒りに任せて罵声を浴びせてくる凛に、雄也は何時もの様に柳に風と言った様子だ。



『圧倒的不利な地形に誘い込まれて呂布と王騎と前田慶次に囲まれてる気分よ!』


「時代も国もバラバラだな」


『絶体絶命……てこと』



 急に諦めた様に窄む凛の声。



「大分弱気じゃないか」


『当たり前でしょ? 海なんて行って喜多川さんにあの胸を見せつけられるのよ!? それも、こーくんと一緒に選んだ水着らしいし……』


「お前だって見せつけてやればいいだろ?」


『……じゃあ雄也、私と喜多川さんどっちの水着姿見たい?』

「喜多川」

『時間ゼロで答えたよね!? 今からアンタの人生のロウソク消しに行くわ』


「魁男塾か?」

『なにそれ?』



 テンポの良い幼馴染の会話が続いているが、凛の悩みの解消には至らない様だ。



「なぁ凛。 確かに喜多川は目を引くスタイルをしているかも知れない。 でもな、人間毎日ボリュームたっぷりのステーキを食ったらもたれるってもんだ」


『……何が言いたいのよ』


「偶には凛の様なお粥も食べたいだろ?」


『私の身体は病床限定なの!? せめてさっぱり和食ぐらい言えないワケ!?』



 雄也は宥める気があるのか、わざと怒らせて楽しんでいるのかその真意は分からないが、凛はまた激昂してしまっている。



「しかし状況はどうあれ、参加もせずにライバルにチャンスをやるのは良くないんじゃないか?」


『そ、そんな事分かってる』


「じゃあやるしかないだろ。 それに俺は凛が喜多川に全く敵わないとは思わないぞ。 お前だっていい女だ」


『………嘘くさ』


「孝輝だって今はお前の事を何とも思ってない訳じゃないんじゃないか?」


『え……そ、そうかな?』



 雄也の言葉に僅かな希望を見たのか、凛は縋る様に雄也に問い掛ける。



「まぁ孝輝あいつの気持ちは俺には分からんが、凛だってそれなりに今まで行動してきたんだろ?」


『うん。 やっと巡ってきたチャンスだから……』


「だったら勝負から逃げる訳にいかないだろ? 今までぶつけてきた気持ちが伝わっていれば、何もしなかった時とは違う結果になるかも知れない」


『雄也のクセに……偉そうなのよ』



 幼馴染の雄也に諭されるのが少し悔しいのか、凛は雄也の言葉を素直に受け止めたくない様だ。



「もし孝輝がお前を前より気にしているなら、水着勝負もどうなるか分からないぞ?」


『どう言う事?』


「当たり前だろ。 好きな女なら男は良く見えるもんだ」


『……そっか』


「ああ」


『それってこーくんが喜多川さんを私よりまだ好きだったら逆効果じゃない?』


「凛、明後日な。 応援してるぞ」


『ちょ、ちょっとまーー』



 凛の最期の言葉は通話の終了に掻き消された。 雄也は携帯の画面を眺めながら笑みを浮かべて、



「面白いな、恋愛か」



 思えば孝輝、櫻、そして凛。 全ての人間から相談を受けている雄也がこの恋愛劇に興味を持つのは自然な事なのかも知れない。


 この先どうなるのかは誰にも分からないが、すんなりと事が収まる筈もないだろう。


 それは、其々の気持ちが飛び交う恋の戦場で、誰の胸にそれが刺さるかは、まだ決まっていないのだから。


 今回その戦場となるのは夏の海。 果たして若い男女の恋の行方はどうなるのか。


 涼しい室内から出て、夏の日差しは四人を照りつけるだろう。



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