18話 揺れる天秤

 

 休みが明けて、俺は終業式を迎えた。

 これから夏休みになる訳だが、晴々とした気分……とはいかない自分がいる。


 式が終わり教室に戻ると、俺は考えに耽っていた。


 櫻とやり直すと決めた時は、俺の中には本当の櫻と向き合ってお互いを知って、その時また恋人になりたいとお互いが思えたなら……そう思っていた。


 今も勿論その気持ちは変わらないが、少なからず今の俺の中には凛の存在がある。

 そんな一途になれない俺の気持ちが、櫻や凛を傷つけているのだろうし、櫻が他の男と会ったりしたのも、理由はあるのかも知れないが、俺がしっかりとしていないのが原因かも知れない。

 そうは言っても、凛を完全に拒絶する様な事も出来ない自分がいる。


 今俺は誰とも付き合っていないのだからいいのか、そんな問題じゃないと思う。

 二人の事を真剣に考えている、だから答えが出た時、自然と好きになった方と付き合えばいい。……そんなのは綺麗事に感じる。


 そもそもそんな考えの俺なら、もっと他に彼女達には相応しい相手がいるんじゃないか。


 相変わらず考え出したら止まらない癖に、決定的には答えが出ない困った奴だ、俺ってのは……。



「おい孝輝」


「ん? 雄也か」


「これから夏休みだってのに暗い顔してどうした? 陰気な奴だな」


「俺は意外とネガティブなんだよ」



 考え込んでいた俺に雄也が話し掛けてきた。何とか冗談染みて言葉を返してはみたが。



「喜多川が田嶋たじまとどっか行ったな」


「田嶋? それがどうした?」



 田嶋はクラスメイトで、確かバスケ部だったか。櫻に何か用なのか?



「相変わらずお前は惚けた奴だな」


「……お前に言われるとはな」


「これから夏休みになれば好きなあの子とは会えない訳だ。だがその前に付き合えれば、楽しい夏休みになるだろうな」



 ーーそういう事か。

 つまり田嶋は櫻に告白する為に呼び出したって事だ。



「なるほどな」


「喜多川は今フリーだからな。当然こういう事もあるだろう。元々人気の女子だ」



 当然か、そうだよな。

 フリーの櫻を周りが放っておく訳ない。分かっていた事だ。



「喜多川が告白を受けるとは思わんが、そうなるとまた嫌われちまうな、孝輝」


「……何でだよ」


「お前、本気で言ってるのか? 普通に考えて喜多川が断るのはまだお前が好きだから、そうフラれた奴も周りも思うだろ。 今ちょっと俺も嫌いになりそうだったぞ」


「勘弁してくれよ。お前だけは敵に回したくない」



 雄也は惚けてると思わせてキレる男だからな。一番良く話す友人だし。



「でもな、櫻が断る理由は、俺だけじゃないかも知れない」


「そうか、そんな奴が出て来た訳だ。他ならぬお前ならそれを知ってるって訳だ」


「まぁ、な」



 思い浮かべたくはないが、あの時見た櫻の元カレが頭に浮かぶ。別に田嶋が必ずフラれる訳じゃないが、どっちにしろ俺には何を言う資格もない。




 *************



「あの、喜多川さん」


「は、はい」



 屋上に続く階段の途中で、櫻と男子生徒が向かい合っていた。

 二人は緊張した面持ちで、ぎこちなくも会話をしている。



「これから夏休みだし、喜多川さんに会えなくなると思って、だから……」


「…………」



 伝えたい想いが中々切り出せずに、もどかしそうに彼は話していた。櫻は俯き、彼の次の言葉を待つしかない様子だ。



「俺と、付き合って欲しい」



 彼は意を決して告白した。俯く櫻を見つめて、その返事を鼓動を高鳴らせて待っている。



「わ、私、今は誰とも付き合えない……です」



 俯いたまま、櫻は身体を縮こまらせて返事をする。

 彼はその返事を受け止めきれずに、



「やっぱり徳永の事がまだ……」



 その先を彼は言わなかった。言いたくなかったのかも知れないし、言えば決定的な答えを返される、それを咄嗟に恐れたのか。



「そうかも知れないけど、わからないの……。でも、孝輝を悪く思わないで、欲しい……ごめんなさい」



 櫻は彼の目を見れずにそう言った。それは本心なのかも知れないが、孝輝を悪く思われたくない気持ちから付き合えない理由をぼかしたのかも知れない。


 それは櫻本人にしか、あるいは櫻も本当に解らないのかも知れない。その櫻の言葉を聞いて、彼は顔を顰めて、



「……わかった。喜多川さんが長く休んでた時、心配したよ。また学校に来てくれて嬉しかった。……何かあったらいつでも言ってな、俺が出来る事は協力するから。……じゃあ」



 そう言って彼は階段を降り、櫻は一人その場に立っていた。彼の階段を降りる音が聴こえなくなり、やっと顔を上げて、櫻は階段を降り始める。


 その時、まだ階段を降り始めたばかりの櫻の足が止まり、姿を現したのは、明るい髪をポニーテールにした小柄な女生徒だった。



「……夏目さん?」



「ちょっと、話がしたくて」



 半ば惚けている櫻を下から見つめる凛。


 櫻は緊張の場面が終わったばかりで事態を把握できていない様子だが、凛は決意の面持ちで櫻を見据えていた。



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