中の上に安住する田中 連作ショートショート
藤原月
平均が求められる安堵
僕は某大手家電メーカーに務める田中という二十三の男だ。統計学的にいえば標準偏差のちょうど真ん中よりちょっと上に位置するように努力してきたし、実際そうだと思う。もちろん収入だけではなく、全てにおいて。
皆さんは「平均」という文字を見て、
「つまらん奴だな」
とお思いになったかもしれない。つまるかつまらないかは個人の判断に任せることにするが、自分では、前述の「ちょっと上」のその「ちょっと」の部分がかなり大切だと思う。平均でもなければそれ以下でも無い。確率論的にランダムに誰かと比べたら、半分以上は自分が勝っている。しかもどの分野においても……。
僕はそんな独りよがりの優越感を胸に、押小路通を彼女の家のある川端通りに向かって一人歩いていた。
突然、風が音を立てると、外界の冷たさが上着の隙間から伝わってきた。ちょっと肌寒くなってきたなと思う頃には、「行こう行こう」と言っていた紅葉も終わり、実現不可能になったデートの約束をどう埋め合わせるかを考えるだけで、一日一日が過ぎていった。
今週の始め、河原町の最近立て替えられた雑貨ビルにあるカフェで会った時には、紅葉の話題には一切触れなかったから、もしかしたら忘れてくれているのかもしれない。そうだとしたらどんなに楽だろう。が、幼稚園の先生の名前から、小中高の運動会の優勝チームまで全てを暗記しているような人が、つい三、四週間前した約束を忘れている訳無い。
より現実的な考えにたどり着いた時、目の前に——正確にはカニ歩きしてないから目の前では無いが——見たことの無いケーキ屋さんがあることに気が付いた。運も人よりちょっと良い。そういえば今朝のニュースでは、大吉が出ていたかと思い出す。記憶力も人よりちょっと良いから、今買うべきケーキがブッシュ・ド・ノエルなのも知っている。なければキルシュトルテかモンブラン。彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。値札をみたらちょっと高かったが、ちょっと金持ちな僕には無理なく買える。開店間も無いからか、全体的に店員たちは慣れない様子だった。
厚紙をうまく折って作られた立体的な紙袋を片手に、広い御池通に出てみるとなんだか心が弾むようだった。彼女の喜ぶ顔を少しでも早く見たくて走り出しそうになったが、ケーキを持っているし、周囲の目線も人よりちょっと気になる方だから、自制心を効かせながらも市役所前を闊歩した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます