第12話 蹂躙
「てめぇ……何者だ」
「……」
仕事の邪魔をされた側からすれば当然の質問だが、ゼファーは完全に無視。エルフらしき娘に声を掛ける。
「そこの娘。ケガはないか?」
「えっ? えぇ……」
エルフの娘は、樹上の人物を見て訝しむ。領域の中央に住む娘にとって、ゼファーは窮地を救う王子にはなりえなかった。もちろんそれは、ゼファーがハーフエルフだからである。中央の価値観に染まっている娘は、ハーフというものがどういうものかということをこれでもかと擦り込まれている。故にこの状況をどうにかできるとは微塵も思えなかった。
しかし、それでも軽々しく命を失うことなどあってはならないという、倫理観だけは持ち合わせていたようだ。
「余計なことをしないでお逃げなさい! あなたにどうにかできるはずはないわ!」
そのように叫ぶ娘を見て、目を見開くのは檻に閉じ込められていたハーフエルフたち。『ハーフ』と言っても、『エルフ』と『ドワーフ』『ハーフリング』では、領域外の扱いがまるで違うのだ。
『ドワーフ』と『ハーフリング』は、それぞれ『武具職人』と『細工師』という一面を持つ。いわゆる職人という括りに入る。
それはそれは上等なものを生み出す為、人の世界でも重宝された。美醜という意味で人の感性からは外れるため、むしろその技術が重宝がられ、外でも悪い扱いは受けなかったのだ。
ところが、エルフはそうはいかなかった。特別な技術がないわけではなかったが、人の中でも『美』というものに突きぬけているため、技術というよりは『娼婦』としての役割を求められた。男も『男娼』として重宝がられ、意に染まぬ関係を強要されたのだ。誰だって関係を持つなら美男美女が良いに決まっている。まして、それを為すことが出来る立場のものならなおさらだ。
そういったことが行われた結果、命が宿ることも必定であり、さりとて生まれてくる命は初めから蔑まれることが確定している。人側としてはただただ醜聞であるため、例外はあるが、一般的には母親もろとも領域に差し戻すという蛮行に及んだ。
ただ、男のほうは血族の魔力を維持するためだけに生かされることとなる。人に魔力というものがいまだに宿るのはその辺が影響しているというのもある。なので、需要はむしろエルフの男にあった。
そういったややこしい舞台裏はさておき、捕まったハーフエルフたちは、明らかに純血に近いエルフが、こちらを慮るような発言をしたことにいたく驚いた。助けに来た男は、中途半端な長さの耳を見るに明らかにハーフであり、蔑まれる対象だ。そんな男を気遣うような発言に驚いたのだ。
それに対してゼファーは、非常にクールに対応する。
「問題ない。今助ける。異論は認めない」
そう言うと「風よ」と呟いた。本当に全く、周りのことは考慮していない。
やいのやいのと騒ぐ人さらいたちは、ふと自分たちの周りに風がまとわりついているのを感じる。「なんだ?」「これは?」などと周りと言いあっている間に、ふわっと一瞬、風が顔を撫でた。
違和感を感じた直後、人さらいたちはいっせいに空へと打ち出された。
体がきしむほどの風を浴びた人さらいたちは、森の木をはるかに上回る高さまで打ち上げられた。全く意味が分からない。
「おぉおおおおおおおっ!」
「なんで!? なんでだよ!?」
「たかぁい! こわぁい!」
などと叫ぶが、そんなことをしたところでどうにかなるわけもない。当然、上に向かう力はやがて失われ、一瞬、そう、ほんの一瞬、空中でピタリと止まる。
「あはははは……これは夢なんだ……明日になったら半種を狩りに行くんだ……」
「助けてぇ! ママぁ!」
うわ言のようにつぶやく人さらいをよそに、子種の元が体の中に入ろうとするような、気持ちが悪い感触を受けたと思った瞬間、今度は地面に引っ張られるような猛烈な勢いで落下する。いくら叫ぼうが、上から何かよくわからない力で引っ張られることもない。風の錬成陣でも体に刻んでいればどうにかなったかもしれないが、人さらいなんてことをしでかすような人間が、痛みに耐えて錬成陣を刻むようなことをするわけもない。
為すすべもなく、人さらいたちは地面に叩きつけられた。
骨は砕け、肉から飛び出している者も。内臓はひしゃげ、呼吸すらままならぬ者も。誰も彼もに共通するのは、大した抵抗もないゆえにすでに虫の息であること。例外は、リーダーだけである。
キセルを咥え、悠々としていたリーダーは、目の前の惨状に身動きできなかった。口からポロリとキセルを落とすと、フルフルと樹上のゼファーを見た。
参上した時から一切身動きをしないまま、この惨劇を演出したハーフエルフ。リーダーを生かしたのはどういった思惑ゆえか。
「キサマには洗いざらい吐いてもらわないとな。無事に国に帰れると思うなよ」
リーダーもキセルを落とした以外、全く動いていない。視線もゼファーに固定されたままである。気付かないままにシモは漏らしており、成人男性としてはとても恥ずかしい姿になっていることに気付きもしない。
ゼファーの温度を感じない視線にようやく体が反応し、尻もちをつくリーダー。そこへアカツキがやって来た。あまりにも遅すぎである。
「あれ? もう終わった?」
「いいや、まだだ。手下どもの首を砕かなくてはな」
「え?」
アカツキの追加の問いに答える間もなく、木から飛び降りるゼファー。倒れた手下の首を踏みつけ、確実に仕留めていく。
ごきゃっ
めりっ
と生々しい音が森に響き渡る。捕らえられた者も、エルフの娘も一切声を上げない。それほどの時間をかける間もなく、全ての処理を終えたゼファーは、リーダーの元へと向かう。
「……」
虚ろな瞳で殺戮を眺めていたリーダーは、ゼファーが近づいてもほとんど反応がない。腰が抜けたのか、諦めたのか。目の前にゼファーのブーツの底が見えたのが、リーダーが意識を失う前に見た、最後の光景だった。
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