第18話 よし、アイツを殺そう

「ははっ、個性的、か……言いたいことはわかるよ。あんなのを着て表を歩く女なんてはしたないものね」

「何でそんな風に思うんです?」


 騎士爵位とは実際には貴族ではない。ただ体を張って国を守る騎士を、ただ平民と同列に並べることはできないと、貴族と平民の間に作られた中途半端な身分なのであるが、それでもアカツキにとっては身分的には上なので、丁寧な言葉遣いを心がける。どんな相手でもとりあえず敬語を使えば、失礼に値しないというのは親父ことセキエイの教えである。


 そんなアカツキの気遣いに気付いた様子もなく、虚ろな目で皮肉そうに顔を歪めるリディアは、ぽつりとこうつぶやいた。


「家宝なんだ、アレ」

「おぉ……」


 コメントしづらいアカツキ。お家事情によってあれを着る羽目になったロクサーヌに、少しばかりの同情を寄せた。

 そこまで話して、さすがに『何で? 家宝?』とか聞かれたくなかったであろうリディアは、話の方向性をずらすべく、気になったことをアカツキに尋ねた。


「ところで、ルシード様とはどこで会ったんだ?」

「どこって……ウチの村ですけど」

「……それはひょっとして『リリュー』という村のことか?」

「そうですよ」

「……では、胸の大きな三人目というのは、アカツキの知り合いか?」

「……まぁ、婚約者ですけど」

「なんと、まぁ……」


 三人目を表現するのに、”胸の大きな”という言葉を使うリディアに対し、そこはかとない不安を感じるアカツキ。


「あのぅ……なんで胸が大きいって……?」

「む? あぁ、私は今でも実家暮らしなんだが、この間姉が帰って来てな。なんだかプリプリしていたので話を聞いてみると、どうも、その……」

「? なんです?」


 饒舌だったリディアの声が徐々に尻すぼみになっていくことに、更に不安が大きくなるアカツキ。具体的に言えば体に触れるというものだが……


 予感は的中する。


「……気を悪くしないでほしいのだが、ルシード様は少々女癖が悪くてな。王都では浮名が流れているのだ。そんなルシード様は大きいものが好きなのだ」

「大きいもの?」


 なんとなくは気付いているアカツキ。しかし、あえて、リディアに尋ねる。性的なもので言いにくそうにしているのを追求するのは、王都では”セクハラ”と呼ばれ毛嫌いされるのだが、田舎暮らししかしていないアカツキにそんな概念はそもそもない。なので、都会の男が気にするところをあっさりと踏み越え、リディアに答えを要求した。

 話の持っていき方を間違えたリディアは、顔を真っ赤にしながらもその質問に答えてくれた。案外いい娘さんなのかもしれない。


「その、な……胸の大きな娘が好きなのだよ」


 俯き、アカツキと面と向かえないリディアの顔は、これ以上は赤くならないだろう、というぐらいに顔が真っ赤である。

 一方で、アカツキから「ずもももも……」不穏な雰囲気が流れ出始めたような気がするリディア。発言も過激であった。


「……よし、アイツを殺そう」

「え?」

「え? じゃない。やはりアイツにフィオナを任せるわけにはいかん。アイツが死ねば、フィオナもお役御免だろう」

「待て待て! そんなことしたら、ウチの当主が立てた計画がおじゃんになるじゃないか!」

「バカ言え。こちとら婚約者が乳を狙われているんだぞ。女神の神託だか何だか知らんが、そんな長い間スケベ野郎の従者なんてやらせられるか」


 片や婚約者の乳を狙われることに忌避感を示すアカツキと、片やお家事情を改善すべく家宝を身にまとい、健気に勇者の子種を狙う姉を持つリディアに、妥協という言葉は存在しなかった。


 だが、ここで勝利するのは―――


「勇者を始末すれば、誰が世界を救ってくれるんだ!?」

「ぬぐぅ……」


 ―――ド正論で論破したリディアであった。


 ルシードがどれだけヤリチンであろうが、女神の神託を受けたことは事実であり、そんな男を必殺するのは、世界に反旗を翻すのと同義である。

 そんなこと分かり切ってはいるのだが、離れ離れになって連絡を取る手段さえないのだ。フィオナを信じるしかないし、そんな大事に立ち向かえるような男に、力づくで来られれば、ただの見習いシスターだったフィオナに、どうにかできるとも思えないアカツキ。


 もどかしい思いを抱えるアカツキに同情したのか、リディアは肩にポンと手を置き、いい顔でアカツキを励ます。


「大丈夫だ」

「え?」


 アカツキから見れば、根拠も何もなくただ励まされているように見え、若干イラッとするが、それに気づいた風もなく、リディアは言葉を紡ぎ続ける。


「手を出すということは、孕む可能性があるのはわかるな」


 いきなり性教育が始まり、戸惑うアカツキ。気にすることなく続きを話すリディア。


「従者が孕んで困るのは誰だと思う?」

「誰って……あぁ、そういう……」

「そういうことだ。王を飛び越え、女神からの仕事の依頼だぞ。孕ませて、旅ができなくなりましたなどシャレにもならん。そんな状況になって困るのは、勇者本人とアリソン家だからな」


 なるほど、とアカツキは思う。どういう事情かは分からないが、女神自身が何とかできる話ではないのだろう。なので代理を立てたわけだが、女神の加護なんてわけのわからないものを、あちこちにバラまくこともできないというのも分からないでもない。与えた力をゲスな下半身事情で、台無しにすれば何が起こるのかもわからない。

 アリソン家とて、ただの伯爵位である。市井の女を孕ませたくらいなら何とかできるかもしれないが、従者を孕ませて世界を危険にさらし、万が一失敗などしようものなら、世界が滅ぶまでもなくえらい目に合うことは間違いない。


「……なら、安心していいのか?」

「まぁ、とりあえずな」


 すっかりため口になれたアカツキに、それに全く違和感を覚えないリディア。


 だが、アカツキは疑問を覚えた。先ほどの話と矛盾するからである。


姉君あねぎみは勇者の子種を狙っているのではないのか?」

「そこは心配いらない。100%ではないが、避妊薬というのも売られている」

「100%じゃない避妊薬……」

「まぁ、月のものを徹底管理し、それを服用すれば大丈夫だろう」


 そうのたまうリディアに、アカツキは白けた目で尋ねる。


「それって、まんまフィオナにも代用できるじゃないか」

「え? ……あっ」


 抜け穴があることで、先ほどの理論がほぼ無効になってしまったことに気付いたリディア。だが、リディアは頑張った。


「だが、勇者を殺すことは世界を敵に回すことになるのは変わらない。そんな世界で幸せに暮らせるのか? キミたちは」

「……ぬぅ」


 結局のところ、”信じて送り出すしかない”という結論を出さざるを得ないアカツキだった。






 そんなこんなで、約5日。あれからもいろいろあったが、ようやくたどり着いたのは、リーネット王国の王都『リネルルカ』。


 アカツキのホームとなる場所である。

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