第八十話【支払った大きな犠牲】

 地下神殿の大門から無事に脱出した僕らは、残りの力を振り絞って水上を目指して急いで浮上していく。そして僕とラグスが揃って水面に顔を出した、直後のこと。

 いよいよ地下深くから押し寄せた凄まじい衝撃が噴き上がり、水面が大きく波打って、白い飛沫となって僕らに襲い掛かったのだった。


「くっ……間一髪か。どうにか巻き添えを食わないように脱出出来たらしいが、今一歩遅かったら、どうなっていたことか。おい、大丈夫か、タミヤ?」


「ああ……僕なら何ともない。けど、女神様の命はここまで持たなかった。ここへ来る途中、息を引き取ったよ……」


 ラグスは残念そうに「そうか……」とだけ声をかけてくると、帝都に向かって泳ぎ始め、僕もその後に続いた。

 そしてしばらく泳いだ後に、ようやく湖から帝都の街並みがある陸地に這いあがった僕らは周囲を見回すが、地上の状況はさっきまでと依然として変わらず。

 今もあちこちで火の手が上がり、人々の喧騒は絶えることなく続いていたのだ。


「グレセェンの奴が、派手に暴れてくれてるみたいだな。けど、これはすべてクシエルの思惑通りの出来事で、僕らは踊らされていたんだ」


「一体、何者だったんだ、さっきのあいつは? 無事に逃げ切ったら、あの男の正体について詳しく聞かせてもらうぜ、タミヤ」


 僕はこくりと頷くと村正を鞘から抜き放ち、ラグスに僕に掴まるように言った。

 彼は怪訝な顔をしたものの何も言わず僕の胴体に手を回してくれると、僕らは村正と共に、瞬く間に帝都を見下ろせる程の上空まで飛翔していった。

 それを目の当たりにした背後のラグスから驚きの声が漏れるが、すぐに焦りを帯びた様子で僕に向かって叫ぶ。


「おい、見ろっ! ネルガルの奴が、こっちに向かってきてやがるぜっ!」


「ああ……迂闊に飛んで逃げようとすれば、同じく空の道を移動出来るネルガルにはたちまち追いつかれてしまう。だから僕は今まで、この方法は避けてたんだ」


 しかし時間を追うごとに悪化していく状況に、僕も止む無くこの最終手段を取らざるを得なかったのだ。しかしその選択は果たして正解だったのか、否か。

 さっきと同様、炎を纏った巨大な獣竜種の骨格の闘姿に身を包みながら追跡してくるネルガルは、あっという間に僕らへとその距離を縮めてきていたのだ。

 徐々に追いつかれ……ついに巨大な闘姿の掌が、僕らを握り締めようと迫る。


「逃がさねぇぜ、タミヤっ。初代皇帝と同じ流転者であるお前をもっとじっくり調べたいと、バージバルから頼まれてるんでなっ」


「くそっ、僕らよりも先に対処すべきなのは、現在進行形で帝都を攻撃してるグレセェンの方じゃないのかよ、ネルガル!?」


 ネルガルは僕の問いかけを無視し豪放に笑い、ついに僕をその手で鷲掴みにする。

 幻の炎とは思えない程に、途轍もない熱気が僕を襲い苦しめさせるが、その直前にネルガル本体の方に跳躍したラグスが、その体に掴みかかっていた。


「タミヤっ、先に行け! この男は俺が足止めしておく。その間に出来るだけ遠くまで離れるんだっ! あまり長くは持たないぞっ!」


「ラ、ラグスっ! 分かった……けど、死ぬなよ、絶対に!」


 最後にラグスがこちらを向いて笑いながら、手にした曲刀で密着状態からネルガルに斬りかかっているのが見えた。

 死ぬなとは言ったものの、彼が助かる見込みは低いのは分かっていた。

 しかし僕は彼の命がけの覚悟に報いるためにも、彼の反撃により握り締める力が弱まったネルガルの闘姿の掌から逃れて、一直線に東の地を目指し空を駆けていく。


「……何でだよ……いつもだ。いつも僕の至らなさのために、犠牲が出る。僕が世界を救う、流転者だって? そんな大層な力が本当に僕にあるのなら……っ。早く目を覚ましてくれよ、なあっ!?」


 僕の目には再び涙が浮かび、ユーリティアに続き自分を犠牲にしたラグスのことを思い出し、咽び泣くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る