第19話 誕生祝いにホテルでディナーを食べた! 布団に入って背中を撫でてほしいと言った!

(11月第4金曜日)

11月24日(金)は私の29歳の誕生日だ。亮さんは誕生日のお祝いにホテルのディナーをご馳走したいと誘ってくれた。嬉しかったから私は素直にそれを受け入れた。


亮さんは銀座の高級ホテルのメインダイニングに予約を入れてくれた。予約時間は6時半。そこならそれぞれの勤務先から遠くない。


ホテルのロビーで待ち合わせることにした。不都合があればお互いにメールを入れることになっている。6時になっても亮さんから行けなくなったとのメールは入らなかった。よかった。


6時半少し前に私はホテルのロビーに到着した。やはり亮さんが待っていてくれた。きっと6時には到着していたと思う。そんな人だ。遅れてぎりぎりに到着したことを謝った。


二人ですぐにメインダイニングへ向かう。亮さんは予約を告げて、料理を確認している。それから窓際の席へ案内された。11月の今の時間、外はもう真っ暗で夜景がきれいだ。


飲み物は亮さんがグラスで赤ワインを、私は帰りが心配なのでお酒は飲まないでジンジャエールを注文した。すぐに運ばれてくる。


「誕生日おめでとう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさえていただきました。お祝いしてもらって嬉しいです。それにプレゼントもいただきましたから」


乾杯する。私の左腕にはブレスレットが、左手の薬指には婚約指輪がしてある。出勤する時は婚約指輪をすることにしている。ただ、同居前の話し合いで結婚指輪は二人ともしていない。


アペタイザーが運ばれて来た。食べながら話し始める。


「初めてだね、外でゆっくり食事をするのは? 式の前にも東京で会いたかったのに、そんなにウイークデイも忙しかった?」


「忙しかったのは本当です。それにせっかくまとまった縁談ですので、式を挙げる前に破談にはしたくなかったからです」


「東京で会っても破談にはならないと思うけど、なぜ?」


「例えば、こうしてホテルで食事をして帰るときに誘われたら返答に困ります」


「だって、もう婚約する時にしないと約束しているじゃないか。誘っても、だめと言えばいいだけだから。それに僕は無理やり誘ったりはしない。でも誘わないと返って失礼になるのではと思ったりはするけどね」


「それでも拒まれたら、いい気持ちはしないでしょう」


「否定はしないけど」


「1年ほど前にお見合いしたんです。あなたと同じ地元の方です。先方がとても気に入ってくれて、私も断るほどの理由がなかったので、お付き合いすることになりました。二人とも東京に住んでいましたので、東京で会うことにしました。3回目にお会いした時に求められました」


「随分、早いですね」


「相手の方はそういうことに慣れていたのかもしれません。私はまだそういう気持ちになれないと言って、お断りしました」


「それはそうだ、少しせっかちすぎると思う。僕は気が長い方だけど」


「そうしたら、破談にされました。でもそれで良かったと思いました。私の気持ちを考えてくれないような人でしたから」


「彼のプライドが許さなかったのかもしれないね。拒絶されて」


「分かりません。私もその時、お断りしようと思いました」


「だから、あんな約束を僕としたのか?」


「それもあります」


「僕はそんなことで破談にはしないし、そんなことで理奈さんを失いたくない。そんなことを心配していたということは、僕を相当気に入ってくれていた?」


「今思うとそうかもしれません」


「それなら、それでいい。そういう気持ちだったのなら嬉しい」


「そうなら、お話ししてよかったです」


「今日はそんなこと気にしなくていいから、手を繋いで帰るだけだから」


「複雑な気持ちです」


「誘わないと失礼かな?」


「いつも目がそういっています」


「そう思っているから、僕に見られていると緊張するんだ」


「そうかもしれません」


「そんな風には理奈さんを見てはいない。ただ、愛おしくて見ているだけだから」


そう言って何を思ったのか、亮さんが窓の外に目をやった。私もつられて外の景色を眺める。夜景が驚くほどきれいだった。


「夜景がきれいですね」


「さすがに大都会東京だ。この景色を見ていると、人が集まる魅力が分かるし、エネルギーを感じる」


「あの明かりの下で、今も働いている人がいるんですね。でも私は山や海の景色の方がずっといいです。夜、月明かりで見る山や海の景色が好きです。静かで落ち着ていて好きなんです」


「今度、山か海の温泉にでも行ってみようか? 新婚旅行にも行かなかったから」


「そうですね、それもいいですね」


亮さんは食べるのが早い。話しながらでも、さっさと食べている。ちゃんと味わっているのかしら?


「さすがにここの料理はおいしいね」


「こんな深い味はとても出せません」


「理奈さんは料理をいつ覚えたの?」


「中学生の時から母の手伝いをしていて覚えました」


「料理が好きだったの?」


「生のお肉やお魚やお野菜がおいしい料理になるところに関心がありました」


「理科の実験みたいな感じ?」


「そんな感じの興味です」


「理論的なんだ」


「『さ・し・す・せ・そ』って知っていますか?」


「もちろん、調味料を入れる順序だ。食品会社の新製品のプロジェクトのメンバーなんだぞ。さ、砂糖はなかなか浸透しにくいので入れるのは早い方がよい。し、塩は浸透圧が高く食材から水分を呼び出すため、砂糖の前に入れると砂糖の味が食材に入らなくなるため、砂糖より後に入れる。す、酢は早く入れ過ぎると酸味がとんでしまうし、塩以上に食材に味が染みるのを妨げるので、塩より後に入れる。そ、醤油や味噌は早く入れると風味を損なうので仕上がりに入れる」


「さすがですね。ではほかにも『さ・し・す・せ・そ』があるのをしっていますか? 私はほとんど使いませんが」


「理奈さんはほとんど使わない? 分からないなあ」


「教えてあげましょうか? 男性に使うと効果があるそうです。さ、さすがですね! し、知らなかった! す、すごい! せ、センスいい! そ、そうなんですか! だそうです」


「そういえば理奈さんは使わないな、まあ、言われて悪い気はしないが、あまり言われてもね。言うタイミングによるかな? ただ、あまりこれをつかうと軽薄な感じがするから注意した方が良いと思う」


「だから私はあまり使いません。よっぽどの時でないと」


「理奈さんが使う時は本当に感心した時だけなんだ。覚えておくよ」


亮さんと話が弾んだ。家だとこうはいかない。ここの独特の雰囲気のせいかもしれない。こんなに打ち解けて話をしたのは初めてのような気がする。来てよかった。


食事を終えて外に出ると雨が降り始めた。私は傘を持ってくるのを忘れていた。天気予報では今日は晴れると言っていたからだ。亮さんはしっかりと傘を持っていた。


それを褒めると「弁当忘れても傘忘れるな! と言われているところで育ったからね」と言われた。


私は東京の気候に慣れて傘は持ち歩かなくなっていた。ハンドバックに入らないし、なくても何とかなる。


最寄りの駅まではタクシーに乗るほどの距離ではないので、相合傘で歩くことにした。亮さんは私が濡れないように肩を抱いて身体を寄せてくれる。私は亮さんの腰に手を廻した。


晴れていたら、こうはならなかった。まるで恋人同士? のように、いい感じで駅まで歩いた。私は肩を抱かれて相合傘で歩くのは初めてだったけど、悪くはないなあと思った。亮さんは私を大切に抱いて歩いてくれている。嬉しかった。


9時半過ぎにはマンションに着いた。一休みしてから、亮さんが先に私があとからお風呂に入った。


いつものように亮さんは私が上がるのを待っていてくれて、ハグしてからそれぞれの部屋に入った。


でもしばらくして私は亮さんの部屋のドアをノックした。


「理奈さんか? どうかしたの?」


「お布団に入れてもらっていいですか?」


「もちろん、僕が断る理由なんかない。どうぞ」


亮さんが掛け布団を開けて私を招き入れる。私はこの前と同じようにしてもらいたいと背中を向けて横たわった。


「この前と同じに抱いて寝てください」


「いいよ、嬉しいな。本当に良い誕生日になった」


緩く抱いた亮さんの両手を私はしっかり掴んでいる。亮さんはそのまま動かない。何もしようとしない。


「背中を撫でてもらえませんか? 小さい時、父がよく寝かせる時に撫でてくれました」


「いいけど、後向きでは撫でにくいので、こちらを向いてくれるかな?」


私は向きを変えたけど、そのままでは顔が正面なるので、下を向いて亮さんの胸に顔を隠した。


亮さんがゆっくり背中を撫で始める。まず背中の真ん中をゆっくり撫でてくれた。脇腹の方へ手を進めてくるけど嫌ではなかった。


お尻の方へ手が伸びて来る。気持ちがいい。脇の下へ手が伸びてきたので思わず脇を締めた。くすぐったい。


背中をゆっくり撫でてくれる。気持ちよくて眠ってしまいそう。あとは憶えていない。

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