大雨時々強い風が吹くでしょう
学会最終日。
康太自身の発表日の今日、朝早く会場入りした康太は、控室で最後のプレゼンの練習をしていた。やがて、時間になり、指定された会場に入った康太は自分の番まで集中力を切らさないようにしていた。
「では、佐々木康太さん、お願いします」
やがて、自分の番になり、会場のスタッフからマイクを渡され、事前に練習した通りの言葉で始めた。
プレゼンはうまくいった。いつもはダメだしばかりする教授も満足そうに頷いていることから、そこそこ良かったのだろう。質疑応答の後、自分の席に戻ると、先輩お疲れ様です、という声とともにペットボトルが差し出された。驚いて、隣を見ると、大東がそこにいた。もちろん、学会という中だったので、大声は上げられなかったが、前の人の椅子を蹴ってしまうくらいには驚いた。
何人かの研究者の発表が終わった後、休憩時間になった。
「先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様っス」
大東と岩淵が改めて康太の健闘を労ってくれた。しかし、大東の視線がなんだか怖かった。
「二人とも来れたんだ」
教授の言葉に、はい、大東さんに誘われたッス、と岩淵が答える。エヘヘと笑う岩淵に対して大東は、ちょっと、先輩の前でそれ言わないでよ、と言う。どうやら康太目当てに来たらしい。教授を見ると、あまり興味がなさそうだった。康太は彼女の行動にげんなりしながらも、公の場で何も言えない自分にも頭を抱えたくなった。
昼食を大東と岩淵を含めて四人で取り、午後はほかの会場の発表を見て回った。その間も大東は康太にまとわりつき、二人からは何も指摘されなかった。
夕方、全ての発表が終わり、康太は優華と会えることを期待して、空港に向かった。
ちなみに、岩淵はついでに観光旅行もしていくとかで、先に学会会場を出ており、残りの教授も実家の墓参りに行ってくるとか言って、康太たちとは別ルートで帰るようだった。しかし、大東だけは康太と一緒に飛行機で帰ることになった。さすがに席は離れていたものの、搭乗までずっと大東は論文を読んでいる康太に話しかけていた。その内容のほとんどが研究内容に関係なかったので、ほぼ上の空で聞いており、適当に相槌を打っていた。
搭乗時間になり、ようやく大東から解放された康太はスマホを確認すると、優華から連絡が来ていた。
『今から空港に向かいます。会えるのが楽しみです』
短い文章だったが、彼女からのメールというだけでも嬉しかった。小一時間程度のフライトだったが、とても長く感じられた。
時間通りに、外が完全に暗くなったころに着陸し、大東に見つからないように素早く支度をして、降り口へ向かった。
早く荷物を引き取って到着ゲートに向かいたかったが、自分の都合で早く荷物が来ることはない。やはりこういう時に限って荷物が流れてきたのは終盤だった。康太を探している大東に気付かれないように移動して荷物を引き取り、出口に向かったが、その時右肩に重たい“荷物”がくっついてきた。
「やだぁ、先輩。おいていかないでください」
一瞬誰かにぶつかったのかと思ったが、そうではなかった。
とても甘ったるい声で大東が抱き着いてきたのだ。じきに優華に会えると信じて浮かれていた康太の気分は一気に下がった。そして、人目も憚らない行動、もしくは衆人環視の下だからこそ行動したのか、どちらにせよ、嫌悪を示した康太は彼女を振り払った。
「俺はお前の恋人でもなんでもない」
いい加減にしろと、大東にそう強く言った。だが、彼女は何を考えているのか、康太に縋り付いてきた。
「ふふ。先輩、照れてますねぇ」
彼女は康太の言葉が照れ隠しだと思い込んでいるようだった。二人のやり取りを聞いていた周りの搭乗客が次々と、康太ではなく大東の肩を持ち始めた。
「お兄ちゃん、照れてなくていいんだよ」
「そうそう。可愛い彼女さんなんだからさ。一緒に腕組んでやったらどうなんだい?」
康太は自分だけが世界に取り残されたように思えた。
なぜか勘違いされて祝福された康太は、その場から逃げようと早歩きになったが、それにつられて大東もついてきた。
「先輩、置いていかないでくださいよぉ」
到着ロビーに出る間際だった。大東が大声でそう叫ぶものだから、気が気でなかった。
「やっと捕まえましたぁ」
人混みでぱっと見当たらなかった優華を探そうと歩くスピードを落とした瞬間、大東が再び抱き着いてきた。
「先輩ったら、恥ずかしがり屋さんなんですからぁ」
そう大声で言う彼女とは目を合わせず、手だけは振りほどこうとしながら、優華を探していたが、大東はそれに気づこうとしていない。
「もう、私だけを見てくださいって。私がいるんですから、もう一緒に帰りましょう」
大東の言葉にさすがの康太も、これ以上は耐えきれないと思い、彼女の方を見た。すると、視界に入ってきた人物は無表情だったが、肩を震わせていた。
「――――――」
優華は康太が声をかかるまでもなく、人混みをかき分けながら去っていった。
「先輩、どうしたんですかぁ?」
優華に手を伸ばそうとしたその手をひっこめることもできなく、ただ茫然としている康太に大東は無邪気に問いかける。
「――――何でもない」
康太は淡々と答えた。大東は康太の様子に首をかしげながらも、先輩の用事が終わったんでしたら、帰りましょう、と笑顔で声を掛けてきた。
「断る」
康太はその誘いを即座に断った。大東は何でですかぁ、と康太に翻意を促したが、それに康太は今度こそ怯まなかった。
「これ以上、付きまとわないでくれ。鬱陶しい」
康太が放った言葉に大東は呆気にとられた。ここまで言われると思わなかったみたいで、口をパクパクさせていた。
「悪いが、お前ひとりで帰れ。俺はまだやり残したことがある」
そう言って、大東一人を残し、彼もまた、優華が去っていったのと同じ方向に向かった。
空港内を隈なく探し回りながら、優華に謝りたくて電話を何回もかける。
「出ないか」
何度も電話したが、繋がらない。メールをしても返ってこなかった。既読通知もこなかった。
(あの場面を見られているとはな)
今まで大東を放置していた自分も悪かった。だが、よりによってあの場面を見られているとは――――
(いや、考えられるか)
到着ロビーで待っているとは連絡を受けていなかったが、普通に考えれば彼女の行動は正しい。
(今度こそ俺の前からいなくなってしまう、か。やっぱり)
手から零れ落ちた砂。
その中には、ダイヤモンドの粒も混ざっているのに。
康太は手を握りしめた。
(何度学習すればわかるんだろうか)
あの時に後悔したはずだ。なのに。
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