真実

 優華にはとっさにその言葉が理解できなかった。どういうこと?と乾いた声で尋ねてしまった。先ほどの手紙はいったいどいうことだったのだろうか。

「小学校の時から児童会長してたし、人気もあったじゃない。なんでそんな彼がいじめの被害に?」

 優華の詰め寄るような問いかけに百合は苦笑いしながらそうね、と言って話し始めた。


「今から言う話は優華は何も悪くない。それを念頭にして聞いてね。

 全てが後で分かったことなんだけれど、康太君はね、小学校の時に英会話クラブに通っていたんだ。ここに偶々四季小学校の同学年の女の子が通っていたみたいで、康太君に恋しちゃったみたいなのよ。

 で、中学校で一緒になったでしょ?女の子は『運命だ』なんていって康太に付きまとったらしいの。でも、康太君はその女の子を相手にしなかったの。何故かと言うとずっと優華のことが好きだったから。もちろん、周りには勘付かせなかった。お母さんや梓は気づいてみたいだけれど、私も気づかなかったくらいにはあの子、うまく隠していたのよ」


 母親の言葉にただただ驚きを隠せなかった。康太が自分を好きだったなんて、かれがいじめに遭ったこと以上に信じられなかった。優華の驚きは母親には伝わっていなかったようだ。母親は淡々と続けていった。


「でも、フラれた女の子はよっぽど自信があったんだろうね。自分がフられた原因を康太君に押し付けたんだ。同じ四季小出身のあの男たちに声を掛けて、康太君を力で叩きのめしたらしいの。小学校の頃は運動はさっぱりな彼だから、コテンパンにやられちゃったみたいで、それ以来、奴らの奴隷扱いみたいにされちゃったらしいのよね。

 優華の事件について、康太君、本当は奴らにいろいろ物申したかったらしいんだけれど、そんな状況だったから、言えなかったみたいで。優華やお母さんとの約束を守れないって、お母さんに必死に謝っている姿がかわいそうだったのを今でも覚えているわね。

 そんなこんなで優華が転校した後、今度はあの子がターゲットにされたのよ。どうやらお母さんの『寺子屋』のことがばれて。しかも、優華とのツーショット写真を康太君、大切に持っていたみたいで、それに気付いたガキどもが優華にしたことを康太君にしたの。康太君、それを優華のことがあったせいか、いじめを受けていたことを誰にも、ご両親にさえも言っていなかったの。

 冬休み入る直前、彼もあまりに耐え切れなかったのか、彼も学校で自殺未遂を起こしたの。偶々、教育委員会の方が八重中学に来ていた日だったからよかったものの、あと一歩遅ければ、というところだったのよ。ようやく、それで康太君と優華の教員ぐるみのいじめのことが明らかになったの。教育委員会の方と校長さんが何度も謝罪に来たけれど、優華のことはそっとしておいてくれって私が言って、優華にはあえて会わせなかったの」

 あいつら本人やそのクソ親は謝罪にすら来ないわねと、おっとりとした性格ながらも、苛烈な言葉も吐く母親の告白に優華は呆然としたが、それが事実なのだろう。すると、手紙の内容はどうなるのだろう、と思い、写真に撮って送ると、しばらくしてから康太くんもやるわねぇと言う声が返ってきた。

「多分、優華に気を使ったんじゃないかしら。自分の事を忘れてくれるようにって言うね。彼はね、つい最近まで時々、お母さんの所へ来て優華の話をしていたのよ。小さい頃の優華の話や小学校での優華の様子をずっとしていたのよ」

 私も交ざりたかったくらいよ、という百合の言葉に優華は驚いた。じゃあ、なんでそんなことを私には書いてよこしたのだろうと聞くと、

「男ってカッコ悪いところをほれている女には見せたくないのよ」

 と笑いながら言った。

「優華の気持ちを尊重するけれど、康太君に一度会ってあげてもいいかもしれないわね。梓も彼のことは認めているから、気にしないで会ってきなさい」

 百合は優しく言った。優華は母親と叔母の掌の上で遊ばれているようだったが、素直にうん、と頷いた。電話を切り、窓の外を覗くと、先ほどまで見えなかった月が、朧げながらも顔を出していた。


 翌週、初七日の法事のために再び実家を訪れた。

 百合は何も言わなかったが、電話での一件からか、張本人ではないのに何故か少しソワソワしていた。優華は優華でどうやって彼に連絡を取ろうか分からず、今回、彼に会えるのかという保証のなさに困っていた。

 初七日の法事は、葬儀の時ほどではなかったものの、相変わらず参列者は多く、法要が始まる三十分前は優華もてんてこ舞いだった。開始五分前にはほとんどの参列者が揃っていたが、相変わらず康太の姿が見えなかった。来るわけないだろうと踏んでいたので、そこまで落胆しなかったが、今日を逃した場合、どうやって会おうか、という考えばかりが頭の中を駆け巡っていた。


 しかし、ちょうどお坊さんがお経を読み上げ始める寸前、誰かが入ってきた気配がした。優華は直感でそれが康太だと思い、出入り口を見たら、やはりそこには康太がいた。彼は優華が気づいたことに決まりの悪そうな顔をし、逃げるように空いている席に移動した。

 優華もその場は法要に集中して、何とかその場を過ごした。


 法要が終わり、参列者が全て帰った後、親戚一同で食事をとった。しかし、優華は現れた康太のことが頭から離れず、彼らとの食事の味や会話など全てが上の空だった。


 食事から実家に戻ると、家の前に、見覚えのある顔、会いたかった顔がそこには待っていた。

 この寒空の中、何故、そして何時間彼は待っていたのだろう。車から降りた優華は一瞬立ち止まってしまったが、母親に背中を押されて、彼に駆け寄った。

「――――えっと、待たせた、よね?」

 康太の前まで行って、優華は頭を下げた。

「気にしていないよ。むしろ、俺こそ待たせた」

 康太は大丈夫だ、と言ってくれた。優華は顔を上げ、少し笑みを作った。一度、彼にも家に上がってもらい、優華は着替えを早く済ませ、彼を連れてあの場所へ向かった。

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