過去《下》
そして、十四年前。中学二年生の夏休み前の期末試験。
優華はいつも通りの手の抜き方をした。だが、優華を一方的に敵対視している住田が、どうやら大失敗をしたようだった。最初に返却された答案の不正解の問題を確認していたら、突然何者かに答案を取り上げられた。
『ねぇ、こいつ五十五点も取っているよ』
取り上げたのは住田の取り巻きの女子の一人、井田彩名だった。彼女がそう大声で言うと同時にクラス内が担当教員も含めて一斉に固まった。その場は何とか教員が収めたが、そのあとからが優華にとって本当の悲劇の始まりだった。
すべての試験において、井田かほかの取り巻き女子たちが優華の答案を取り上げ、点数を大声で読み上げた。どうやら、他の科目でも優華の方が住田よりも成績が良かったようで、返却される科目が増えるごとに住田から向けられる憎悪が増して行き、授業時間の関係で担任からの返却となった家庭科の試験では優華の方が住田よりも下の点数だったのにも関わらず、優華は明後日が怖いと勝手に嫌な気分になってしまった。
なぜなら、住田からは一つも点数を聞いていなかったが、取り巻き女子たちの話からおおよその点数を想像できており、その点差から優華が総合点数で学年一位になると分かっていたからだった。
そして優華の懸念は当たった。
答案がすべて返却された翌日、嫌な予感を感じながらも登校すると、下駄箱の上靴は切り裂かれており、そして、優華の机は汚されていた。しょうがないので保健室に行ったが、前日までほとんど利用者がいなかったそこも彼らのたまり場になっており、途方に暮れた。
職員室に行って担任にも相談したが、何を彼らから吹き込まれたのか、優華が悪いように言われたので耐えるしかなかった。その後も嫌がらせは続き、ある時は体操服を隠され、見つかった時にはすでに着られる状態ではなくされたり、彼女が大切にしていた本のカバーを一瞬、トイレに行った隙を狙って、ペンキで汚されていたりしていた。
いじめが始まった時、康太が頼りになるのではと勝手に思ってしまっていた。彼は中学校へ進学してからは少し一人でいる時間が増えたような気がしたが、ほとんど変わらずクラス内では主に松前小学校出身の生徒から頼りがいある生徒だった。中学進学後、およそ一年半の間、そんな彼を優華は羨ましそうに見ることしかできなかった。一年生の夏ごろには『寺子屋』でも会わなくなって、優華は楓の助手に専念していた。
しかし、優華へのいじめが始まったある日、優華の家を康太が突然訪れた。『寺子屋』開校日ではなかったので離れを貸してもらって、そこで優華は今起きていることを話すと、そっか、俺が何とかできるといいな、と彼は絞り出すように言った。彼の父親は市立中学校を管轄する教育委員会の職員なので、そちら側から何とかしてくれるのだろうと思ってしまった。
いじめは夏休みに入るまで続いた。夏休みに入り、一人でいる時に人の噂も七十五日という様に、夏休み越えたらいじめはなくなるだろうと少しは考えてしまった優華は愚かだった。
夏休みが終わった後もいじめが続き、私物がなくなる、切り裂かれるといったことは当たり前で、さらに他の人の私物を誰かに勝手に入れられ、そして、優華が盗ったのだろうという疑いをもたれるようになった。それを教員たちに話そうとしたが、彼らはどう吹き込まれたのか、優華が盗ったのだと決めつけてきて、まともに取り合ってくれなかった。
もう一度康太に相談しようかとも考えたが、今もいじめが続くことを考えると、あの夏休みの前、最初に相談した時に、父親にさえ話さなかったのだろうと考えられた。なので、今回の件だって話してくれないだろう、彼も優華の言うことをまともに聞いてくれることはないだろうと思い、彼にさえ話せなかった。
九月の二週目には百合と楓の二人で中学校の校長以下教員たちにいじめの詳細について文章と証拠をもって報告したが、まともに取り合ってくれなかったという。そのあとには百合と楓の仲が悪くなり、家に帰れば自室に引きこもる優華の元へ絶えず喧嘩ばかりする声が聞こえてきた。
最終的に十月頭に優華は体調を崩し、少しの頭痛でも学校を休むようになった。そして、それが続いた十月十日、学校から帰ってきた優華は誰もいない部屋の中で茫然自失としていた。一番恐れていたことが起こった。というよりも、今まで起こらなかったことが不思議なくらいのことが起こってしまった。その晩、秋の澄んだ空にも拘らず、真っ暗闇の中でとうとう自殺未遂を起こした。幸いいつもの時間より早く帰ってきた母親が優華の部屋に替えの水差しを持ってきたことで自分の異変に気付き、一命をとりとめた。その後すぐに、優華を県外の父方の叔父たちの家に避難させる手続きを取り、その一週間後には新たな場所へ旅立った。
叔父たちが暮らす家の近くにある私立中に編入、そのまま高校までそこで暮らした。その後、大学は国立大学文学部に進学、現在は編入した叔父たちの家から近い銀行の営業職に就職した。昔から変わらず、染めたことのない黒髪を伸ばし、一つでまとめているだけのシンプルな格好だったが、あの時と比べれば、周りも優華のことを気にかけてくれ、優華も最初は戸惑うことも多かったが、比較にならないほど会話ができるようになり、かなり親しい友人もできていた。
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