第4話 「あっ…あっあっ…」

 〇コノ


「あっ…あっあっ…」


 もう…

 やっぱり、あたしの選択は間違いなかった。

 都合のいい関係か…って落ち込んだのは、ほんの一瞬。

 ラブホに来て、やっちゃうと…

 何回も天国に連れてってくれるガッくんに、あたしは大満足!!

 彼女になって、別れが来て、二度と出来なくなるより…

 ガッくんが結婚するまで、都合のいい関係でいて、お互いフリーの時にはこうすればいいんだよね?


 うん。

 間違いなかった。

 こんな気持ちいい事、そうそう捨てられない。



「はー…」


 ガッくんが、あたしの上で果てた。

 そして…


「おまえ…いい体してんな…」


 小声でつぶやいた。


「えっ?」


「今まで色んな女と寝たけど…おまえ、ダントツ一位。体だけじゃない。髪の毛もきれいだし、甘え方も上手いし…声もいい。」


「……」


 う…

 嬉しい…


 嬉しいーーーーー!!

 あたし、ガッくんに…

 すごく褒められたーーーー!!


 天にも昇る気持ちだったけど、グッと飲み込んだ。

 飲み込んだはずだけど…


「うふふっ…」


 つい…嬉しさが漏れた。


「何。」


「あ…ううん…褒められる事って、そんなにないから…すごく嬉しいなって。」


「……」


「あ、引いた?」


「いや…おまえさ。」


 ガッくんはあたしの上から体をずらして、横になると。


「なんで音とくっついてんの?」


 あたしに腕枕をしてくれながら言った。


「え?」


 あたしは質問の意味が分かんなくて。


「どういう意味?」


 問いかける。


「いや、別に深い意味はなくて…音の事、好きなのか?」


「好きだよ?」


「どういう所が?」


「音はねー、裏表ないし…オシャレだし、カッコいいし…ハッキリ物言う所も好きだし、意外と勉強も出来…あ、勉強は出来たり出来なかったりかな?でも…」


「でも?」


「…んー…あたしが欲しいなって思ってる物、全部持ってるからなのかなあ…って…」


「……」


「…今、ちょっと思っちゃった。」


 あたしが首をすくめると。

 ガッくんは腕枕を外して、またあたしの上に乗って。


「…おまえさ。」


 頬に手を当てて…じっ…とあたしを見つめた。


「…え?」


 ちょっと…ドキドキしちゃう。


「もっと自分に自信持てよ。」


「………え…?」


 すごく…ビックリした。

 そして…泣きそうになった。


 どうして…分かったの?

 あたしが…自分に自信がないって…


 ガッくんは、相変わらずあたしを見つめたまま。

 あたしは…泣きそうなのを我慢するために…ちょっと、唇が尖っちゃう…



「…ドナルドダックか。」


 ガッくんがそう言いながら、その尖った唇にキスをした。


「…うるさい。」


「おまえは音にない物いっぱい持ってると思うぜ?」


「…え?」


「それに気付いてないだけじゃねーの?」


「……それって…何?」


「それは自分で気付けよ。」


「…ケチ。」


 ケチ…って言いながら。

 あたしは…ガッくんにすごく感謝した。

 音にない物…あたし、たくさん持ってるかなあ?

 あたし、自分では…何も持ってないって思ってるのに。



「…めちゃくちゃ気持ちいい…」


 あたしを抱きながら、ガッくんが…

 初めて、そんな事を言ってくれた。


 あたしは…


 ああ、ダメダメ。


 好き…


 なんて、思っちゃダメ!!



 * * *


 〇ガク


「今年の一年、クオリティ高いっ!!」


 クラスの男の大半が、そう言って色めきだった。

 まあ、俺もこっそりと…その中の一人だ。

 めぼしい女には目をつけている。

 もっとも…

 コノは別だが。


 気付いたら、コノ一人との関係が長く続いてしまっている。

 他にもいたセフレ達は、元気なんだろうか。

 全く連絡を取らなくなってしまった。


 コノ一人でもいいけど…そろそろ彼女が欲しい。

 たまには俺の部屋でイチャイチャしたいし、デートらしき事もしたくなった。

 買い物に行ったり…映画に行ったり…

 まあ、その後でセックスって流れは当然なんだけど。



「朝霧好美っていいよなあ。」


 ……


「あ、分かる。前はパッとしなかったけど、ここんとこ俺の中でも急上昇。」


 ……


「笑顔が増えたよなー。身長高いから、ないって思ってたけど…あの笑顔はやられる。可愛い。」


 ………コノの人気が、うなぎのぼり。


 これはー…

 俺は、喜ぶべきか?

 俺と、都合のいい関係で結ばれているコノが、今更だが…野郎共の注目の的になっている。



「な、沙都。」


 いきなり話を振られたコノの兄である沙都は。


「…妹の事を、あるかないかと聞かれてもな…」


 首をすくめた。

 真面目だなあ…沙都は。

 俺なんて、姉の紅美の事が大好きでたまらねーけど。

 紅美に男が出来たら…絶対品定めに行く。

 で、気に入らなかったら反対する。


 …今の所、沙都がその座に…ついてるのかどうか。

 紅美と沙都は、しょっちゅう…うちで寝てる。

 でも恋人同士じゃない。

 …俺とコノみたいなものか?


 まあ、沙都と紅美は周知の仲だけど、俺とコノの事は今も誰にも知られてない。

 知られちゃ困る。

 あんなに俺好みの全部そろったセフレ、なかなかいない。

 キープしておきたい。



「二階堂くん。」


 帰り道で声をかけられて、振り向くと…三年の女子。

 うちの学校は、襟元の校章の色が学年で違う。


「はい?」


「あの…あたし、二階堂くんの事が好きなんだけど…」


「……」


 彼女が欲しいと思ってた俺には、ちょうどいいタイミング。

 顔は…まあまあ。

 スタイルは…脱がしてみなきゃ分からないけど、まあ…制服の上からでもそこそこに胸がある事は分かる。

 それより…

 俺の大好きな足。

 ふくらはぎが美しい…!!


「良かったら…付き合ってくれないかな…」


 三年女子は、長い髪の毛を耳にかけて。

 恥ずかしそうにそう言った。

 実は俺は…

 自分から告白をした事がない。

 そう。

 一度たりとも、自分から女を好きになった事がないんだ。


 そもそも、俺の好みはハードルが高い。

 常に理想は姉の紅美。

 紅美はカッコいい女だし、頭もいいし、スポーツ万能…ギターが弾けて歌も歌えて…

 沙都と同じバンドでギターとボーカルを担当してて、男女問わず…人気がある。

 カッコいいだけじゃない。

 ソファーであぐらかいて座ってたりと、行儀の悪い所もあるが…それを母親に叱られると変な返事をしつつも…女らしく座り直す。

 その女らしい座り方がまた…違和感とかじゃなく、セクシーなんだよなあ…


 姉にこんな感情を抱くなんて、絶対おかしい。

 でも、紅美に対するそれは姉に対する愛であって、異性に対するものではない。

 が、それを超える女に出会いたいと思ってしまっている俺がいて…

 なかなか自分から好きになれる相手に出会えない。


 一瞬、音は紅美に近いレベルか?と思ったが…

 音を落としたいって意欲が湧かない所を見ると…

 全然だな。



「いいよ。付き合おう。」


 気が付いたら返事をしてしまってた。



 こうして、彼女が出来てしまった俺の最初にする事は…


 ラブホの約束をしていた日。

 うちで着替えようとしていたコノに。


「彼女が出来たから、もう会わない。」


 目の前のコノは、あからさまに嫌な顔をした。



 * * *

 〇コノ


 それからのあたしは…


「朝霧さん…僕と付き合ってもらえない?」


「こ…好美ちゃん、友達からでいいんで…」


 モテた。


 何がどうなってこうなったの!?

 あたしにも、よく分からなかった。


 季節は春。

 あたしは、そのまま桜花の高等部に進学した。

 一学年上には、兄の沙都ちゃんと…ガッくんがいる。


 あと、身近って言うか…まあ、身近?な人としては、早乙女家のチョコちゃんも一学年上にいる。

 あまり会話した記憶はないけど、昔家族会の時によく具合が悪くなってたから、その印象ばかりが強い。

 …親のバンド仲間の身内が身近って言うのも、おかしいかもしれないけど。

 本当に…うちの親のバンドって…仲がいいんだよね。



「コノ、おまえ彼氏できた?」


 ある日、家に帰ると沙都ちゃんに聞かれた。


「え?ううん。いないけど…なんで?」


「いや、別に。どうなのかなと思って。」



 彼氏作ると…

 ガッくんとセックスできない。

 幸い、ガッくんもあれから彼女いなくて。

 あたし達は、今も変わらず…

 あのラブホで色々やっちゃってる。



 外でデートしなくても。

 誰にも言えない関係でも。

 毎回、あんなに気持ちいい事してもらえるなら…

 そんなの、全然苦じゃない。



 ガッくんは、毎回体であたしを気持ち良くしてくれるだけじゃなくて…

 言葉でも、すごく…満たしてくれてた。

 だけどそんな時…



「彼女が出来た。」


「えっ…」


「だから、ラブホはもうなし。」


「……」


 今日はラブホの日。

 あたしは着替えに、新しく買ったばかりの春物のスカートを持って来ていた。


「そんな顔すんなよ。おまえも彼氏作れば?」


 あたしは思い切り拗ねた顔をして。


「…アレ…試してみようと思ってたのに…」


 つぶやいた。


「…え?」


 ガッくんは少し興味深そうに、あたしの顔を覗き込んだ。


「…何を試すって?」


「別にいい。彼氏作って、その人と試すから。」


「お…おいおい、待てよ。何を?それだけ教えてくれよ。」


「教えない。ま、彼女と上手くやったら?あたしも、彼氏と頑張るから。」


「…コノ。」


「え?」


 腰を抱き寄せられて、強引にキスされた。


 ず…

 ずるい…

 彼女出来たら、もうしないって…



「…アレって…?」


 唇が離れて、ガッくんがあたしの耳元でささやく。

 ああ…

 この男って…

 もう…


 あたしは、ガッくんの頭をぐしゃぐしゃにしながら。


「……教えない♡」


 笑顔でそう言って、体を引き離した。


「じゃあね。」



 そう言って、あたしは着替えの荷物を手に、二階堂家を出た。


 ふん。

 何よ。

 ずっと、あたしが言いなりだと思ったら大間違い!!

 あたしにだって、意地はあるのよ!!

 彼氏作ってやる!!

 絶対作ってやる!!



 そう思ってたあたしに…



「しつこいって思ったらごめん。俺…まだ君の事が忘れられなくて…」


 目の前に、一人の男が現れた。

 それは…

 田中さん。

 一つ年上の、二年生。


「好きです。付き合って下さい。」


 あの時は、まあまあだと思った笑顔。

 今日は…カッコ良く思える。

 あたしは…



「こんなあたしで、いいんですか?」


 少しだけ、首を傾げて言ってみる。


「いっ…いい!!そんな君が、好きなんだ!!」


「あたし…見た目と中身が違うって言われたりするんですよ?」


 唇を触りながら、上目使いで田中さんを見る。


「…君の…全部を知りたい…」


 田中さんは、顔を赤くして言った。

 …ガッくんより、気持ち良くしてるかな?

 あたしは、そんな期待もこめて…田中さんと付き合う事にした。


 こうして…あたしのキャラがたった。


 音はカッコいい系。

 佳苗は清楚系。

 あたしは…


 小悪魔系で行く。


 * * *

 〇ガク


「……」


 俺は、相変わらずキープしてる窓際の席で外を見ながら考える。


『…アレ、試してみようと思ってたのに…』


 アレって何だ…?


『彼氏と試すからいい』


 ……誰かと付き合うのかな。


 て言うか、別にそんなのコノの勝手だよな。

 うん。

 俺だって今まで、彼女が出来たら彼女と好き放題……

 して、フラれて…の繰り返し。


 …最初はいいんだ。

 だけど、会うたびにセックスしてると…

 みんな、体目当て?って文句を言い始める。

 それのどこが悪い?

 体含めての自分じゃないか。



「知ってるか?」


「何。」


「田中が朝霧好美に、また告ったらしい。」


「えっ?あいつ、まだ好きだったのかよ。」


「そ。ずっと好きだったって告白したんだと。」


「で?またフラれたのか?」


「いや、それが…付き合う事になったらしい。」



 ガタン。



 コソコソと聞こえて来たその言葉に。

 俺は、授業中だと言うのに…立ち上がってしまった。

 …コノが田中と?


「…何だ?二階堂。」


 先生が黒板から振り返って言った。


「あ…いや…その上の段の計算、違いますよ。」


「え?……ああ、本当だ!!すまんすまん。」


 先生は黒板消しで上の段を消して、新しく計算式を書いた。

 父親譲りのIQの高さ。

 俺は常に学年ではトップだ。



「それで、田中はいつから付き合ってんだ?」


 後ろの奴の話は続く。


「三日前だったかな。」


「羨ましいな~…朝霧好美、最近本当いい女になったもんな~。」


「田中の奴、中学の時から手が早くて有名だったもんな…一週間もすれば、家に連れ帰って…やっちまうだろうな…」


「えー…田中ってそうだったんだ?」


「中三の時に女子大生を妊娠させたって噂が飛び交ったなあ…」


「マジ?」


「本当かどうかは知らないぜ?だけど相当エロい男だってのは間違いない。」


「俺なんて、映画館行くだけで緊張しそうなのに…」


「俺もだよ。」


 ……


 つまり…

 田中は…

 コノの体目当てで…?


 …まあ、それは…男だったら少なからずとも…ある事だ。

 うん。


 自分の事は棚上げで、色々気になった。

 田中とコノが…どんな付き合い方をしてるのか。



 放課後、田中の動きを教室の窓際で、頬杖をついて眺めた。

 確か…陸上部だったよな。


 が、田中はグランドにはいない。

 正門の周りやグランドを眺めてると…

 …いた。

 ちょっとした庭園になっている場所にあるベンチで、座ってる。

 一人で。


 しばらくすると、そこにコノが現れた。



「……」


 つい、頬杖をやめた。

 そして、目が丸くなった。

 田中に駆け寄ったコノは…


 俺が見た事もないほど…可愛かったんだ。

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