第205話 メルビレイ

 海の中に突然現れた巨大な目。

 その大きさはダンクスオスに比べれば随分と小さいが、ダンクスオス一体の大きさは20メートル前後。

 ともなれば目の大きさは3メートル以上はありそうだ。

 目が3メートルともなる魔獣であればどれ程の大きさの魔獣か想像がつかないが、海面からおよそ30メートル程のこの位置は危険だ。


 ミリーに向かい来るダンクスオスを無視して上空へと羽ばたくと同時に、左方向およそ50メートルの位置の海面が持ち上がり、海がひっくり返るのではないかと思える程の巨大な壁が向かって来る。

 上空150メートル程まで逃れた千尋達。

 小さな島ではないかと思えるような超巨大魔獣がこちらに鼻先を向けて海上に立ち上がっている。

 リルフォンの目算機能で調べた大きさは、縦横およそ70メートルの魔獣だ。

 鯨の形を想像すれば全長200メートル以上あるだろう。


「これがメルビレイ!? めっちゃでかい!!」


「こわっ!! 大き過ぎるわよ!!」


「これは倒し甲斐がありそうだ」


「ダンクスオスが小さく見えますね……」


 千尋と蒼真は嬉しそうだが、リゼとアイリは不安そうな表情を見せる。

 遭遇したメルビレイが予想より大きかった為、エレクトラはこの戦闘を断念して朱王達と上空で待機。

 エレクトラが待機するならとミリーも見学する事にした。


 海中へと沈みながらダンクスオスを飲み込むメルビレイ。

 あまりの巨大さから超級魔獣ではないかと疑ってしまう程だ。




 この海は相当な深さがあるのかメルビレイの姿は見えないが、海の深い位置を泳いでいるだろう。

 いつ襲ってきてもいいようにと身構える四人。


 ズンッ!! と地響きが聞こえ、海面に巨大な波が起こる。

 メルビレイが単体で海底地震を起こしたのか。

 そう思った直後に海が盛り上がり、真っ黒になった海面から飛び上がるメルビレイが襲い掛かる。

 およそ300メートルは飛び上がったのだろう。

 横方向に回避しつつメルビレイの倒れていく方向を見つめる。

 爆発の如き水飛沫があがり、巨大波が巻き起こる。

 もしかするとウェストラルにも波が届くなと思いつつも、今このメルビレイをどう倒すか考える。


 次に飛び上がったところに斬りつけようと風刃を込めた抜刀の構えをとる蒼真。

 リゼもバジリスクの毒を錬成して抜刀の構え。

 アイリも両手に魔剣を構えて雷狼を顕現させ、飛び上がって来たところに雷撃を放つつもりだ。

 千尋はガクとエンに魔剣を持たせ、イメージを込めた地属性強化で金色の魔力を放出、循環させながらわずかに放電させている。

 そして上空へと舞い上がってタイミングを見計らう。





 再び地響きと波が起こり、飛び上がって来るところを待ち受ける。

 メルビレイの圧倒的質量が飛び上がると同時にリゼの神速の剣尖、そしてバジリスクの毒がメルビレイの口内へと放たれる。

 同時にアイリも左右の雷狼を放つ。

 メルビレイの体内に向けられた剣尖は内臓を傷つけながら内部に突き刺さり、バジリスクの毒はメルビレイが上位個体である為、そしてリゼの魔力量をも上回る為効果が見られない。

 アイリの雷撃はメルビレイの鼻先、頭に直撃したものの、あまりの巨大さから鼻先の表面に雷撃が流れただけに留まりそれ程のダメージにはならない。


 千尋は地響きが聞こえた瞬間に急降下、リゼとアイリの攻撃が入った直後にメルビレイの体表に接触し、四刀流に重力操作グラビティによる斬撃で鼻先から一気に斬りつける。

 メルビレイの飛び上がった勢いも乗る事で体表を深く斬り、千尋の降下と加速度のまま尾鰭おびれに達するまでの斬撃となった。


 続いてメルビレイが最も高い位置に達する、動きが止まったところで、蒼真の風刃を顎下から胸鰭むなびれに掛けて斬りつける。

 さすがは成長した上位精霊ランの斬撃。

 およそ30メートル程に渡ってメルビレイの体表を深く斬り込んだ。


 しかし千尋と蒼真の斬撃も、メルビレイの超巨体には数メートルの深さの傷だとしても表面傷に過ぎないのだが。




 再び海面へと飛び込むメルビレイ。


「斬撃は通るけどダメージとしては低いね!!」


「体表を傷つけただけだな。血がほとんど出てない」


「雷撃も表面にはあまり通用しないようです!」


 千尋と蒼真、アイリは今の攻撃に対する言葉を発する。

 しかし一人の声が聞こえない。


「リゼは!?」


「なっ!? まさか!!」


「リゼさんの攻撃はメルビレイの体内に打ち込まれています!!」


 すぐさま千尋はメール機能を使用。


千尋[リゼ!! 大丈夫!?]


リゼ[なんとか大丈夫よ。海中に沈んじゃってるけどシズクの精霊魔法で水圧にも耐えられるわ]


千尋[そっか、何とかするから待ってね!]


 千尋はリゼが海中に沈んだ事を報告しつつ次の攻撃に備える。

 このままではリゼは何度も海面に叩きつけられてしまうだろう、なんとか救出する方法を考える。

 しかし体内に打ち込まれたルシファーの刃を回収しなければリゼを救う事は不可能だ。

 ルシファーを手放す手もあるが、そのままシズクとリッカを取り込まれでもしたらそれこそ手の打ちようが無くなってしまう。

 これ程に巨大なメルビレイがデーモンとなってしまったとすれば、どれ程の脅威となるか想像もつかない。


 蒼真は再び風刃を込めた抜刀の構え。

 そしてアイリは雷狼を魔剣に込めた雷刃を放つつもりだ。

 千尋は今回攻撃を捨ててリゼを捕まえる。

 強化の高い千尋であれば海面に叩きつけられたとしてもダメージを軽減できる為だ。

 リゼの水魔法と千尋の強化で海中からメルビレイを狙う。

 もしかすればメルビレイの体内に入って攻撃をする事も念頭に入れておく。

 リゼにメールを送りつつメルビレイの次の攻撃に備えて待つ。




 三度目の地響き、高波の後にメルビレイが飛び上がり、蒼真とアイリは同時にメルビレイへと向かって降下する。


 アイリは左に持つソラスを逆手に持ち替え、胸鰭から腹側に掛けて左右の雷刃。

 刀身の深さしか傷つける事は出来ないが、それでも体内に突き刺さった魔剣からの雷撃は、通常の雷撃を遥かに上回る威力がある。

 メルビレイの内臓に爆発するかのような衝撃が走り、大気を震わす音にならない咆哮が空へと響く。


 蒼真の斬撃は右の背鰭よりも手前に斬り付け、今度は風刃を放つ事で深く斬り込んだ。

 身に深く斬り込まれた斬撃は数十メートルにも渡ったはずだが、背面側では致命傷とはならないかもしれない。


 そして千尋は水球に覆われたリゼを発見して降下しながら捕まえる。

 リゼは千尋が抱き着いてきた事で嬉しそうな表情をするが実際はそれどころではない。

 この数秒後には海面に叩きつけられるのだから。


 しかしメルビレイのこの三度目のジャンプはこれまでのものとは少し違う。

 水魔法を発動しており、メルビレイに続いて大量の水が弧を描きながら襲って来た。

 降下していたアイリと蒼真は咄嗟にメルビレイから距離を取るが、腹側にいたアイリは海水に巻き込まれて飲み込まれてしまう。

 同じように千尋とリゼもその海水に飲み込まれ、海中へと沈む。




 千尋とリゼはそのままメルビレイに引かれ、水球に覆われながら高速で海中を引き回される。


「リゼ。このままじゃルシファーが抜けないからメルビレイの体内に行くよ!」


 ルシファーを掴んだ千尋が感覚から抜けないだろうと予想して提案する。

 魔獣の体内に入るなど正気の沙汰ではないが、この際仕方がないだろう。


「千尋が行くならあの化け物の体内にだって一緒に行くわ!」


 この危機的状況、そして体内に入ろうという恐ろしい提案をしたというのに嬉しそうな表情のリゼは、単に千尋に抱き着いている事が嬉しいだけだろう。

 ルシファーの魔力を引き寄せて、メルビレイの口へと距離を詰める。

 この場所は光の届かない深海なのだが、千尋の強化は光を放つ為かなり明るい。

 メルビレイの目がこちらを向いたところでルシファーを引き寄せるのをやめて見つめてみる。

 とても大きな目だが、表面に透明な厚い幕があるのか眼球自体は結構奥まったところにあるようだ。

 これだと正面側は見えないだろうなと思いつつ最初の登場を思い返す。

 真横からこちら側を見ていた事から、やはり横方向のものしか見えないのだろうと予想。

 やはりデカければいいというわけではないなと思う千尋とリゼ。

 またルシファーを引き寄せながら口内を目指す。

 すぐに口が開かれて、真横にいた千尋とリゼは口内へと飲み込まれてしまったが。




 海水に巻き込まれたアイリはそのまま海中の深い位置まで沈んでしまう。

 一瞬の出来事だった為抗う事が出来ない。

 息を漏らし、水圧により一瞬で意識を失った。


 蒼真は海水に飲み込まれたアイリを追って、竜巻のような風を纏って海へと飛び込む。

 これにより海水を押し退け、海中にトンネルを作るようにしてアイリの位置へと一直線に向かう。

 意識を失ったアイリを抱えて海上へと飛び上がる蒼真。

 千尋達の事も心配だがまずはアイリの意識を取り戻さなければ。

 ミリーのいる上空へと向かって翼を羽ばたかせる。




「ミリー! アイリの意識がないんだ! 呼吸もしていない! 回復魔法を頼む!」


「…… 呼吸していないのであれば人工呼吸が必要ですよ?」


「ミリーかエレクトラ頼む!」


「いえ、ここは蒼真さんお願いします!」


「そうです。わたくし達は上手く出来ないかもしれません」


「そうか…… だが陸地がない。どこか安定する場所があれば」


「じゃあミリーとエレクトラさんは私を支えてくれるかな? 私の飛行装備で上手く平らにしてみるよ」


 ミリーとエレクトラが朱王の両手を抱えて空中浮揚しつつ、朱王は飛行装備の翼を変形させて平らにして強度を高める。

 そこにアイリを乗せ、蒼真は気道を確保して人工呼吸を始める。

 蒼真の人工呼吸はしっかりとした手順の元に行われ、救急隊員顔負けともなりそうな完璧な応急処置だと思われる。

 それを邪な考えで嬉しそうに見つめるミリーとエレクトラ。

 あとでアイリに見せてあげようとしっかりとリルフォンに録画する。

 数回の人工呼吸の後に海水を吐き出して自発呼吸を始めるアイリ。

 ミリーの回復魔法を受けて意識を取り戻し、気を失った事を詫びつつも蒼真とともにまたメルビレイ討伐に向かう。

 ミリーとエレクトラの表情には気付かない程、気を失って迷惑を掛けた事を悔やんでいるようだ。

 魔剣クラウ・ソラスはイザナギとイザナミが噛んで持っているのを受け取り、再びメルビレイが浮上するその時を待つ。

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