第184話 精霊魔導師

 聖騎士ハリーの朝も早い。

 いつものように朝起きて身支度を整えて、装備のインナーを装備して部屋を出る。

 ここは朱王邸地下洞窟内の一室だ。

 地下ホールに行くと本来いるはずのエイミーの姿はなく、テラス側からは太陽の光とは違う輝きが目に飛び込んでくる。

 テラスに向かうと、そこに見えたのはトレイを抱えて惚けた表情のエイミーの姿。

 そして椅子に座り、光り輝く千尋の姿。

 普段は見せる事のないエイミーの女性らしいその表情に、ハリーも素直に綺麗だなと心揺さぶるものを感じる。

 昨夜観た映画の影響かもしれないと、頭をボリボリと掻き毟りながらテラスへと出る。


「おはようございます、ハリーさん。今、彼の名前を呼んではいけませんよ?」


「おはようエイミー。ち…… 今彼はいったい何をしているんだ?」


「体外魔力の精製と最大魔力での身体強化だそうです。とても綺麗ですよね…… あ、コーヒーお淹れしますね」


 エイミーは室内へとコーヒーを淹れに戻り、光り輝く千尋を見つめながらリルフォンで千尋の魔力を測定するハリー。

 そこに表示された数値は千尋の魔力幅だが、9,200ガルドを超えるという脅威の数値。

 聖騎士長であるシルヴィアでさえ3,700ガルドをわずかに上回る程度。

 その倍以上の数値にハリーも驚愕する。




 エイミーがコーヒーを淹れていると、蒼真が部屋から出て来て挨拶を交わす。

 甘いミルクコーヒーを頼んでテラスへと出る蒼真。


「ハリーおはよう。コーヒー飲んだら朝練しないか?」


「おう蒼真か、お手柔らかに頼むよ」


 ハリー達はまだ蒼真達の強さを実際に見たわけではない。

 しかし朱王が共に行動する者達だ。

 その実力はどれ程のものかと少し楽しみにしている。


 エイミーは二人にコーヒーを出して蒼真を見つめる。

 昨夜聞いたアイリの想い人。

 好意を寄せるアイリの言葉では非の打ち所がない程に優れた男性との事。

 恋は盲目とも言うが実際に彼はどうなのだろうと気になるところではある。

 蒼真の刀には常に精霊が顕現しているのも気になるが、これ程までに自由な精霊も見た事がない。

 因みに通常時のランは魔力量を調整して刀に座れる大きさとなっている。

 蒼真を見つめるエイミーに気付いたのか、笑顔を向けてくる精霊にエイミーも顔が綻ぶ。


 甘いミルクコーヒーを飲んで、その後ハリーと一緒に強化のみでの戦闘訓練に外へと向かう。




 女性達も朝早くからプールサイドのテラスで、コーヒーを飲みながら魔力制御の訓練だ。

 椅子を増やして幹部の四人も参加し、各々自分に必要な制御訓練を行う。

 リゼ達は制御に集中しているようには見えないが、その高度な制御能力にミューラン達も舌を巻く。


 そしてミリーは千尋の強化には遠く及ばないが、全力強化を維持する訓練をしている為七色に光り輝いている。

 ミリーの魔力幅はパーティー内でも最も高く、その強化に使用される魔力量も相応に高い。

 ミューラン達はその女神とも見えるミリーの姿に目を奪われ、思考が停止してしまう程に魅入ってしまう。

 ミリーを見る目にフィルターが掛かり、その仕草や動きにも美しく補正が掛かる。

 楽しそうに話すミリーはテーブルに置かれた焼き菓子を食べて「うんまっ!」などと言っているのだが、フィルター効果で言葉まで違って聞こえるのは幻聴が聞こえているのかもしれない。

 呆けたミューラン達はリゼ達に頬を摘まれて我に返り、再び魔力制御訓練に意識を向けるのだった。




 その後七時前になるとミリーは朱王を起こしに向かう為、全員で地下洞窟ホールへと向かう。


 朱王はまだ部屋にいるのでミリーが押しかけ、アイリは蒼真の部屋に入るがそこにはおらず、少し不満そうな表情で戻ってくる。

 そして千尋はエイミーと楽しそうに会話中。

 焦ったリゼはテラスへと駆け出し、千尋に寄り添ってエイミーを牽制する。

 珍しくくっ付いてくるリゼに首を傾げる千尋は、エイミーの好意には全く気付いていないようだ。

 そんな千尋の雰囲気を読み取ったリゼは、今後もう少し千尋との関係を発展させようと意識を新たに持ち直す。




 この日のベイロンの作る朝食はいつもと少し違いがある。

 パンケーキとワッフル、フレンチトーストが朝食として作られ、甘いクリームやアイスが添えられていて、甘味の朝食に女性陣も嬉しそう。

 千尋や蒼真も甘い物は大好きだし、朱雀はこの三種の朝食を何度もお代わりする程気に入ったようだ。

 これも朱王が渡した料理の魔石の影響だろう。

 今後は魚介レシピだけでなく、様々な料理が振舞われる事になるはずだ。

 そしてベイロン流のアレンジを加えてまた新たな美味しさを生み出してくれる事も期待しよう。




 この日も幹部達は仕事があるのだが、飛行装備があるので多少遅く出たところで問題はない。


 ミューランとハリーの強化をしてから出社してもまだ大丈夫な時間だ。

 リナとユフィ、シェリルも、魔力練度を高めたら精霊魔導師になれるのだと、今後の制御訓練にやる気を出す為にも見ていってもらおう。


 まずはミューランの武器は片刃の両手剣だ。

 海のあるこの王国で海洋魔獣とも戦う為にと雷属性を選択し、精霊はヴォルト、下級魔法陣サンダーを組み込んだ。

 ミューランのヴォルトは蛇のような長い動物のようだが、頭部から迸る雷が東洋の龍のように見えなくもない。

 何のイメージを与えたのか聞いてみたところ、伝説の海洋魔獣シィサーペントを思い浮かべたとの事。

 ポンメルを外して穴を空け、魔力色の魔石を入れて白緑色の雷を放つ事となる。

 貴族用ドロップに上級魔法陣ボルテクスを組み込んで煌めきの魔石の穴も追加工。


 女性陣のドロップは全て煌めきの魔石を組み込んで、全員がキラキラと煌めく仕様にした。

 もちろんウルハやエイミーのドロップも加工済みだ。




 ハリーは朱王と同じ属性を望むという事で火属性を選択。

 精霊サラマンダーと下級魔法陣ファイアを槍に組み込んで、刀身の装飾となっている宝石をくり抜いて魔力色の魔石を挿入。

 白い魔力色のとし、雲のような炎がまた不思議な見え方をすると嬉しそうだ。

 貴族用ドロップに上級魔法陣インフェルノを組み込んで完成。




 精霊と契約した事によって二人の肩にはヴォルトとサラマンダーが乗り、リナ達もその精霊を羨ましそうに見つめる。

 今後魔力訓練を続けて自分達も精霊魔導師になってみせると意気込みながら仕事へ向かって行った。




 さて、今すぐ魔剣を作るわけにもいかないが、ニコラス達の今の武器も強化して、ある程度精霊魔導に慣れておいてもらおう。


 三人にミスリル武器を持ってきてもらい、その一級品の武器を千尋は嬉しそうに愛でる。

 ニコラスの教えを受けたとあってウルハもエイミーも両手剣だ。


 まずはニコラスの強化から。

 ニコラスが望むのは雷属性で、孫のシルヴィアと雷の性質についていろいろと話し合っているうちに、二人は雷属性に夢を見るようになったそうだ。

 ミューランの時と同じく精霊ヴォルトと下級魔法陣サンダーを組み込んだ。

 飛行装備のバックルに魔力色の魔石穴を追加工して埋め込み、上級魔法陣ボルテクスも組み込む。

 魔力色は天色を選択した。




 次にウルハの強化。

 水属性を望むウルハにリゼは氷魔法も勧めたのだが、一つを極めたいと水属性だけとした。

 精霊ウィンディーネと契約し、下級魔法陣ウォーターを組み込む。

 直剣のポンメルを外して魔力色の魔石を埋め込み、魔力色は自分の色とは真逆の紅色を選択する。

 貴族用ドロップ、それも過去の伝説の逸品を所持しており、上級魔法陣アクアを組み込んだ。

 その過去の伝説の逸品にはミリーやリゼが食い入るように見つめていたが。




 続いてエイミーの強化。

 風属性をという事で精霊シルフと下級魔法陣ウィンド。

 魔力色は鮮やかな緑色とし、ドロップには上級魔法陣エアリアルを組み込んだ。

 エイミーも貴族用ドロップ過去の伝説の逸品を所持しており、理由を聞くとウルハもエイミーも公爵家令嬢という、メイドとは程遠い存在だった。

 王族の血筋を引く二人でありながら朱王の部下となった理由はいずれ語る事としよう。




 三人とも仕事で邸にいる以上精霊魔導を発動する事はなかなか出来ない。

 後日訓練場でとも思ったのだが、蒼真が使う精霊魔法を見て真似する事に。

 蒼真の精霊魔法は上級精霊でありながら緻密な魔法の発動が可能だ。

 それであるならば魔力量を少量渡して、自分の魔法との出力差を見極めながら慣らしていけばいいだろう。

 慣れないうちは精霊は少量の魔力では魔法の発動をしてくれないのだが、そこは魔力の質を高めて精霊に納得してもらうつもりだ。


 蒼真のアドバイスを受けながら精霊魔法を少しずつ慣らしていこうという事で、蒼真講座が開始される。

 蒼真の精霊魔法は千尋達をも上回る。

 蒼真講座には全員が参加するのだった。


 特に朱王はこれまで精霊魔導師になっているにも関わらず、一度として精霊魔法すら使った事がない。

 すごく真剣に蒼真の話を聞く朱王を見て、誰もがいたたまれない気分になっていた。

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