第145話 のんびり過ごす

 エレクトラが朱王邸に来て二日目の朝。

 ワイアットもヴィンセントのところで修行をするので、昨日作った妖刀を渡す。


「これはワイアットの妖刀【獅子王】だ。精霊移して使ってね」


 なんとも気軽に国宝級とも言えるような武器を手渡す朱王。

 魔力量はヴィンセントやエレクトラと同じく3,000ガルドの刀だ。

 鞘も魔力の溜まる素材で作って2,000ガルドとなる。

 獅子王にはエンチャントで【迅雷】を付与し、精霊ヴォルトを移せば魔力量も丁度いい。

 鞘には【抜刀】を付与して下級魔法陣サンダーを組み込んである。


「妖刀獅子王、有難く頂戴致します!」


 受け取ったワイアットも嬉しそうでなによりだ。

 雷属性のワイアットが相手であれば威力の高いヴィンセントの爆炎にも耐え得るだろう。

 ヴィンセントの技を学び、今後成長したワイアットがどこまで伸びるか楽しみだ。


 装いもサムライのワイアットに深緑の刀がとても似合う。

 体も大きいワイアットは朱王の部下とは思えない程に迫力もある。

 ヴィンセントの元へと送り出し、その後ろ姿に朱王や蒼真も満足そう。

 何故かサムライの装いに拘った二人だった。




「ワイアットさんの刀も素晴らしい出来でしたね」


「エレクトラさんの夜桜はどうだい? もし扱い難いようなら改良するから言ってね」


「いえ、以前の刀よりもずっと使いやすくて驚いています。見た目も綺麗で可愛くてとても気に入ってますわ!」


「それなら良かった。ミリーも頑張った甲斐があるね」


「むふふー。初めて作るところを手伝わせてもらいましたよ! 上手くできて良かったです!」


 エレクトラの夜桜を作るにあたってはミリーにも少しだけ装飾を手伝わせてみた。

 珍しくミリーからやってみたいと言ってきたので、朱王も着色や組み込みなどをミリーにやらせてみたわけだ。






 旅の途中でとはいえ、仕事に費やす時間が多かった事もあるので今日明日はのんびりと過ごす事に決めた。


 蒼真は生徒三名を相手に授業を行い、朱王とミリーは施設の見学に向かった。

 暇になった千尋はお菓子を貪る朱雀と共にノーリス王国の観光に向かう。

 観光するなら全員でとも考えたが下見のつもりで市民街へと向かって行った。




 ノーリス王国の市民街は土壁で作られた家がほとんどで、雨の降らないこの地域では土の家でも崩れることはない。

 市民街の大通りでも全て土の建物が並んでおり、茶色や緑のテントが張られた店先で様々な物が売られている。

 そんな街並みを朱雀の案内の元、買い食いしながら練り歩く。


「我は毎日来ておるからのー。美味い食べ物屋は案内するぞー」


 ここ最近あまり朱雀を見ないなと思ってたら毎日市民街に来ていたらしい。

 目的は食べ物だとは思うが、誰よりもこの旅を楽しんでいるのは朱雀かもしれない。


 まず購入したのはしっかりと味の染み込んだ玉こんにゃく。

 やはり醤油ベースの味付けではないものの、塩加減が絶妙でそこそこに美味しい。

 カラシがあるともっと良いなと思いつつも二本をあっという間に完食。




 次の店では小さなじゃがいもを蒸したものが量り売りされている。

 じゃがいもだと思ったらポテッツという名前があったが見た目はまんまじゃがいもの小さいの。

 朱雀はシンプルな塩味のポテッツがお気に入りらしく、毎日食べているそうだ。

 その隣の店で売られているのは乳製品。

 バターがあればが食べられる!

 すぐにポテッツを二皿購入し、隣の乳製品のお店へと駆け込んでバターがないかと見回す。

 あった!

 バターを小分けで購入してじゃがいもの上に乗せ、トロリと溶け出すバターを絡ませてじゃがいもを一口。


「うまーい!!」


「なんという美味さじゃー!! それだけでも美味いポテッツをさらに美味くするとは…… 千尋は天才じゃー!!」


 と大袈裟に褒め称える朱雀。

 ホクホクで滑らかな舌触りの小ぶりのじゃがいもに、濃厚なバターがとても合う。

 店の前で美味しそうにじゃがバターを食べる千尋達を見た店主も、お互いの店の商品を出し合ってじゃがバターを口に含む。

 その味は予想以上だったようで、新商品として売り出す事を決めたようだ。




 やはり買い食いはやめられない。

 美味しいのだから仕方がないだろう。

 次の店では焼きとうもろこしを購入して食べた。

 蒼真が作るポップコーンを見て知っていたのだが、アースガルドのとうもろこしは全て赤。

 地球にもカラフルなとうもろこしもあるが、普段食べ慣れた黄色のとうもろこしが恋しく思える。

 ポップコーンにするとサクサクに、焼きとうもろこしにするとジューシーで甘さ引き立つ為この赤いとうもろこしも美味しいのだが。




 続いて魚の塩焼きを購入。

 ぱっと見は鮎の塩焼きだが味はどうだろう。

 やはり川魚らしく淡白で柔らかく、香り豊かな身が噛み締めるごとに口いっぱいに広がる。

 鮎のようだが鮎ではない。

 アースガルド版の鮎だと思うが、地球でも鮎の塩焼きは滅多に食べる事はできない。

 しっかりと味を堪能する千尋だった。




 その後も買い食いをしながら市民街を彷徨い、夕方になるとお土産に生ポテッツを大量購入して朱王邸に戻る事にした。


「ポテッツをそんなに何する気じゃ?」


「美味しいもの作って食べようかなってね。ジャンクな食べ物だからメルヴィンさんは作ってくれないだろうしね」


「ふむ、楽しみじゃ!」






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 蒼真先生の科学の授業。

 リゼとアイリ、エレクトラを生徒とし、本日は雷の授業だ。

 一通りの説明をしてから手から放電して見せ、エレクトラのイメージを固めてもらう。

 電気の性質や放電の仕組みを学んだエレクトラは、それ程苦労なく手から放電する事ができた。


 午後からも授業を行うが、昼食を摂った後では眠くなるだろうと崖からのスカイダイビングをする事に。

 固まるエレクトラだったが実際飛んでみると病み付きになり、何度もダイビングをして少しずつ飛行装備にも慣れていく。


 学ぶ事や慣れる事も多いエレクトラ。

 しかしそのどれもが自分にとっては真新しく、何をしていても楽しく感じてしまう。

 ただ仲間と歩くだけでも楽しいというのに、空を飛び、新しい事を学び、出来る事が増える。

 一つ一つの出来事を大切な時間だと思いながら過ごすエレクトラだった。




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 朱王とミリーは施設の見学だ。


 元々孤児や奴隷の少ないノーリス王国だが、親を亡くす子供達が少ないわけではない。

 奴隷になってもこの寒い国では体が強くなくては生きていけないのが一番の理由だ。

 子供のうちに寒さに耐え得るだけの強化が出来るようにならなければ、冬の間に死んでしまう。


 朱王が施設を作った事で現在施設に入っている子供はおよそ二百人。

 ノーリス王国に一つだけの施設だが、貴族の領地で孤児となった者も王国領の施設で引き受けている。

 親を亡くしても強く逞しく生きる子供達は、教師の教えもあってか礼儀正しく素直で真面目。

 皆んな良い子に育っているようだ。


 施設にはモニターを設置していなかったが、今後クリムゾンの隊員達に機材を運び込ませる事にした。

 ノーリスの子供達にも将来テレビ局で働きたい者を育てる事も教師陣と話し合いながら、今後の学校の方針や部活動、スポーツのプロ育成など新たな提案を朱王から複数挙げていった。

 子供達の少ないノーリスの施設ではその全てに対応する事は難しく、他の国に劣ってしまうだろう。

 だがクリムゾンの施設だけで行う必要はない。

 ノーリス王国の子供達を募って学校教育や今後の新しい事への挑戦していくという方針を固めた。


 しかしノーリス王国の複数の領地から子供達を受け入れるとなればまたお金がかかる。

 今後国絡みで事業を展開、貴族や王族も巻き込んで全ての事柄に挑戦していってもらおう。

 ゼスでも貴族の多くが協力を申し出たのだ。

 ノーリスでも映画の日開催以降は確実に協力してもらえるだろう。

 こうなってくると映画の日が待ち遠しい。

 開催予定日まであと五日だし、それまでに教師陣や隊員達にも協力者の対応準備を進めてもらおう。

 提案するだけ提案してターニャに丸投げする朱王だった。

 今後の金銭的な部分に関しては朱王が何とかするので問題はないはずだ。




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 その日の夜、千尋がお土産に買ったポテッツはフライドポテッツとして皆んなに振る舞われ、そのシンプルながらジャンクな料理は大好評。

 映画鑑賞会にも全員に配られる事となった。




 そして翌日は薄くスライスしたポテッツをパリパリに揚げたポテッチが蒼真達の勉強会テーブルに置かれた。

 味はうすしおとコンソメの二種類。

 蒼真のポップコーン用コンソメを勝手に拝借したが美味いから問題はないだろう。


 紙袋に大量のポテッチを詰め込んだ朱雀もパリパリと美味しそうに頬張っている。


「やはり千尋は天才じゃー!」


 と大好評。

 別に地球にあったから真似しただけなんだけど悪い気はしない千尋だった。


 今後はどちらもメルヴィンにお願いすれば作ってもらえる事になった。

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