第103話 千尋無双
怒りと殺意に全魔力を放出する千尋。
体内の魔力、体外の魔力を全てエクスカリバーとカラドボルグに流し込む。
二振りの魔剣は宙に浮かび上がって強い光を放つとともに、千尋の意識は真っ暗な空間へと引き摺り込まれた。
真っ暗な世界。
何も見えず、何も感じない。
『その怒り。我と契約するに値する……』
《その殺意。我は気に入った!》
声だけが聞こえた。
その声に千尋も答える。
「リク!? シンか!? あいつ等ぶっ殺してやる! 力を貸せ!!」
《グハハハハ! 人間風情が吠えよるわ。まぁいい。我が力をもって奴らを滅せ》
『グヌゥ…… 貴様までもが封印から解かれおったか……』
真っ暗な空間にリクとシンの姿はなく、千尋の目の前に現れたの真っ赤な角を生やした巨獣と巨大な竜。
赤く巨大な角と背には赤黒い体毛を生やす巨獣。
その全身は筋肉が膨れ上がり、獣の顔をもつ化け物といった様相だ。
もう一体は長い尾を持ち、翼を生やした青黒い竜。
どちらも20メートルをも超えそうな程の巨大な姿だ。
「上級精霊…… か?」
『我は大地の怒り【ベヒモス】。お前の怒りに共鳴したノームによって召喚されたのだ』
《我は【バハムート】。ベヒモスと共に封印されていた最古の魔龍よ。小僧がベヒモスを呼び寄せてくれたおかげでな、我も解き放たれたというわけだ》
「最古の魔竜? 朱王さんのヴリトラが最古の魔竜じゃないの?」
《あの者の纏う魔竜の事か。あれは我とは違う。我は魔龍。精霊とは似て非なるもの》
竜と龍。
半精霊である竜に対し、龍とは何なのか……
いや、今はそんな事はどうでもいい。
「ねぇ! オレはあいつ等を倒したい! 力を貸してくれる!?」
千尋の怒りはベヒモスによって食われ、普段の千尋へと戻ったようだ。
『器と名を寄越せ。さすればお前に力を貸してやろう』
器は上級精霊であれば魔力量は5,000ガルドだが、バハムートの場合はどうなのか。
「器にはどれくらいの魔力量が必要なの!?」
『他の上級精霊と同じだ。長く封印されていたのでな、お前達の言う量がわからぬ』
《我もベヒモスと同じでいいだろう》
「じゃあ名前は…… そのままじゃダメなの?」
『ダメだ。それではお前との契約にはならん』
この空間に感じられるエクスカリバーとカラドボルグの存在。
どうやらベヒモスとバハムートの体内付近にあるようだ。
千尋は魔石を取り出してイメージする。
魔力を溜める仕様に上書きエンチャント。
魔力量6,500ガルドとなった魔剣なら器としては充分だろう。
「ベヒモス。君の事はガクと呼ばせてもらうよ! バハムートはエンだ!」
『魔力量は足りておる。これで契約は成立だ』
《エンか…… まぁいいだろう》
ガクとエンが光を放ち、その眩しさから目を瞑る千尋。
再び目を開くとそこには先程まで戦っていた光景。
蒼真が倒れ、アイリも一撃を受けて倒れたのか。
今度は魔族がデヴィルに襲われている。
三体を相手にしていたリゼも倒れ伏し、ミリーはメイスを杖にしてなんとか立っている状態だ。
全員まだ息はあるようだが危機的状況は変わらない。
千尋が暗闇に落ちている間に少し時間が流れているようだ。
千尋と相対していた魔族二人は訝しげな表情を浮かべている。
千尋の手にはエンヴィとインヴィ。
そして両隣にはガクとエンの二精霊が立つ。
《ム!? 何故か体が小さいぞ!?》
『仕方がないだろう…… 我らは何万年もの間封印されておったのだから……』
途方もなく長い年月を封印されていたようだが、言葉が通じるのを不思議に思う。
エンが言うように暗闇で見た大きさはない。
せいぜい3メートルといったところか。
「精霊…… か?」
「あんな巨大な精霊など見た事はないぞ……」
魔族二人も警戒して千尋を見る。
他の魔族もとどめを刺さずに千尋と精霊を警戒する。
すでに魔力の残っていない千尋は精霊に頼るしかない。
「ガク、エン。行くよ!!」
ガクの強化が千尋を覆う。
さらにガクは大地を盛り上げ、ガクとエンの肉体を錬成する。
大地の体を得る事でゴーレムになった巨獣と魔龍。
大地を踏みしめて一歩踏み出す。
魔族との距離を一瞬で詰めて殴り掛かるガクは、その質量を全く感じさせない程に速い。
一体の魔族を一撃で見えなくなる程まで殴り飛ばした。
仲間が殴り飛ばされる瞬間を目で追った魔族も、続くエンの右の爪に切り裂かれる。
宙に浮いた魔族に向けてエンは口を開き、ブレスを吐き出す。
そのブレスは光をも飲み込む程の暗闇。
深淵のブレスは魔族に放たれると共に収縮、魔族のその姿ごと消し去った。
残り六人の魔族と回復中の二人、そしてデヴィル。
千尋はミリーが戦っていた魔族へと斬り掛かるが、リゼと戦っていた三体の魔族がそれを遮る。
そしてデヴィルが魔族を相手にするのをやめて千尋に向かって襲い掛かる。
千尋に向かうデヴィルの真横から、ガクの左拳がその腹部へと打ち込まれる。
ガードしたデヴィルだが、その質量と強度により遠くへ殴り飛ばされる。
地面を転がるデヴィル。
それを追ったガクは、頭上から地面へと殴りつける。
そのままガクの左右の連打が地面へと叩きつけられ、一撃ごとに地面は深く抉られていく。
ミリーが戦った魔族の男を相手にするのはエン。
超高速で飛び回るエンは、魔族をリゼ達から引き離す。
しかしその魔族は強く、エンも簡単には捉えきれずにいるようだ。
残る五人魔族を相手に千尋は剣を振るう。
ガクによって強化された体はその速度、威力ともに魔法攻撃を上回る程に強力なものだ。
千尋のエンヴィによる右薙ぎの一撃が魔族の女をガードごと弾き飛ばす。
背後から襲い掛かる魔族の男の一撃を肩に担ぐようにした左のインヴィで受け止め、そのまま体を捻って魔族の男の腹部を蹴り飛ばす。
横薙ぎに向けられた剣を千尋は伏せるようにして回避し、エンヴィを逆風に斬りあげる。
右脇腹から顎にかけて深く斬られた魔族の男。
続く左側で魔族の女が剣を振り上げたところへ、インヴィで魔族の男もろとも腹を斬り裂く。
刺突を向けた魔族の一撃を体を捻って躱し、回し蹴りを後頭部へと見舞う。
離れた位置でデヴィルを殴り続けるガクも、デヴィルのあまりの強度に倒しきれずにいるようだ。
エンは魔族の男に挑んでいたが、その動きの速さと戦闘能力の高さから全て回避されている。
しばらくして魔族への攻撃を諦めるエン。
最初にガクに殴り飛ばされた魔族が戻って来たところを襲い掛かる。
噛み付き、咀嚼し、ブレスで消滅させる。
容赦なくとどめを刺すエン。
残りの魔力量を考えればガクがデヴィルを倒すまでもたないだろうと予測し、エンもデヴィルへと向かう。
この判断は間違っていない。
ガクの魔力が尽きれば千尋の強化が解かれてしまうのだ。
千尋とガク、エンがデヴィルや魔族と戦っている間、ミリーは自分の回復を後回しにして蒼真から回復を始める。
残りの魔力量を考えれば全員の全快は不可能。
意識を取り戻せる程度まで回復させる事にする。
状態が酷いのは蒼真に次いでアイリ。
デヴィルの一撃を受けたのだから当然だろう。
蒼真程でもないがそのダメージは深刻だ。
リゼは表面上傷は多いが内臓へのダメージはそれ程でもなさそうだ。
意識を失っているがある程度回復すれば目も覚ますだろう。
朱王は……
魔族の男はデヴィルから受けたダメージを回復していた他の魔族二人の元に立つ。
千尋の魔力が尽きるのを待つつもりだろう。
千尋は右袈裟に魔族の男を叩き斬る。
鎖骨から腹部にかけて深い傷をつけられ倒れ伏す魔族。
腹部を斬られた魔族の女は傷を強引に塞いで、右薙ぎに千尋に斬り掛かる。
千尋はインヴィで受け流し、塞がったばかりの腹部へと右回し蹴りを打ち込む。
背後から再び刺突が向けられるが、インヴィで弾きエンヴィでその右腕を斬り落とす。
その右隣にいた魔族の女の左逆袈裟からの剣を伏せて回避し、腹部へとインヴィを突き刺す。
唐竹に振り下ろされる魔族の男の剣を、右腕をあげてエンヴィで受け流し、インヴィを右に薙いで魔族の右肘を斬る。
どの魔族も強く、とどめが刺せない。
傷を付けてもすぐに塞ぐ。
完全に回復はしていないだろうが、その傷を塞ぐ事によってすぐに戦線に復帰する。
ガクが殴り続けるデヴィルは、地面に埋まりながらもガクを殴り返している。
ガクはデヴィルに殴られる事でそのゴーレムの体を破壊されるがすぐに再生する。
しかしその再生は魔力を消費し、すでに保持していた魔力も残り二割程。
エンが参戦し、デヴィルをひたすら切り付ける。
デヴィルはガクの攻撃に耐えながらでは受け切れず、ブレスを放ってエンに対抗する。
同じくエンもブレスを放つ。
お互いに相殺し合うブレスは静かに収縮した。
しかしこのエンの魔力も残り半分程度。
深淵のブレスには多くの魔力を消費する為だ。
《ガクよ、我の残りの魔力で此奴を消し去る。動きをとめられるか?》
『ヌゥ…… だがエンの深淵でも倒し切れぬ可能性が高いぞ。それ程までにこの魔獣の魔力は高い……』
《それには考えがあるのよ。此奴の核を破壊すれば良い》
『フン。それならば倒せるかもしれぬな』
ガクは殴り合いながら魔力を練る。
デヴィルはガクとエン両方を相手にしながらもまだ諦めてはいない。
防御を捨てて殴り合う。
傷を負った先から超速回復し、ガクとエンの体を破壊する事でガクの魔力量を減らす。
ガクが魔力を練り終え、全力で地面へとデヴィルを叩きつける。
そしてそのまま連打を続ける。
《グハハハ! そうよなガク! お主は強化のみ! それだけだからこそお主は強い!》
笑いながら魔力を高めるエン。
口内に全魔力を集中させ、デヴィルの胸部に向けてブレスを放つ。
極小のブレス。
超高圧縮された深淵のブレスがデヴィルの胸部へと突き刺さる。
咆哮をあげるデヴィルだが、ガクの連打に耐え切れない。
膨れ上がる深淵の魔力。
デヴィルの咆哮が収まると共に、その胸部はごっそりとくり抜かれてデヴィルは絶命した。
《グフフフ! やってやったぞ! だが魔力は尽きた。あとは任せたぞガク》
『我もあとわずかしか残っていないがな』
エンがその姿を消し、エクスカリバーがその場に落ちる。
ガクは残りの魔力で魔族を葬る為、千尋の元へと一気に距離を詰める。
千尋が戦っていた魔族は二人が倒れ、残り三人。
ミリーの回復で蒼真が目覚め、アイリとリゼも意識を取り戻して範囲の回復中だ。
現状で一番怪我が酷いのはミリーだが、魔力が自己治癒をさせる為自分の事は後回しにした。
千尋の戦闘する様を見つめつつ、状況の悪さを再認識する蒼真。
デヴィルは倒れたが、最も強い魔族と回復を終えた二人。
そして千尋が戦う三人の魔族。
まだ蒼真達は戦える程には回復していない。
ミリーの魔力がほとんど残っていない為回復も遅い。
ガクが千尋の元へと駆け寄った瞬間に、最も強い魔族がガクへと詰め寄る。
ガクが千尋と相対する魔族を叩き潰したと同時に背後から一閃。
崩れ去るガクの巨体。
同時に強化を終える千尋。
ガクが崩れた後にはカラドボルグだけが残る。
魔族の男は千尋を殴り飛ばし、両手の剣は地面に転がる。
魔族に千尋は襟を掴まれて吊し上げられる。
「お前やってくれたなぁ。なかなか強かったから自己紹介をしておこう。オレは西の魔貴族が一人。サディアス=レッディアだ。お前の名前も聞いておこうか」
「魔貴族…… どおりで強い筈だね…… オレは千尋だ…… お前らを必ず倒しに行くからよく覚えておきなよ」
千尋を蒼真達の側へと運んで投げつけるサディアス。
ゴミを見るかのような蔑んだ目で見る。
「千尋。お前は人間の中でも上位の強さを持つだろ? だからチャンスをやろう」
「チャンス…… ?」
「まずはどの国でもいい。国王の首を持ってこい」
「…… は? ふざけんな!! 誰がそんな事するもんか!!」
「じゃあ死んでもらうしかねーな。まだ諦めてないその目が気に入らねぇ。とりあえず絶望を与えてから仲間諸共皆殺しだ」
剣を向けるサディアス。
他の魔族達も取り囲む。
この絶体絶命のピンチに蒼真と千尋は立ち上がる。
アイリやリゼも剣を杖代わりに立ち上がる。
ミリーは魔力が尽きかけて意識が朦朧としている為動けない。
魔族達は剣を納めて千尋達に歩み寄る。
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