第80話 朝練

 翌朝、千尋が魔力制御前のコーヒーを飲んでいると、テンクスやニシブが起きて来てコーヒーをもらう。


「おはよう。千尋は毎朝こんなに早起きなのか?」


「ニシブだって早起きじゃん。装備着てるって事は早朝訓練?」


 早朝訓練をするらしい。

 そしてすぐあとに起きて来たのは蒼真。

 蒼真も装備を着て出てきた。


「おはよ…… 眠い…… あ、カミンさんありがと」


 アイスコーヒーをもらった蒼真は一気に飲み干す。

 蒼真のお目覚めようのミルクとシロップ入りのアイスコーヒー。


「よし。テンクス、ニシブ、訓練しよう!」


 すごくいい顔で訓練に向かう蒼真を見て、戦闘バカだなと千尋は思う。




 邸の敷地内でもここは貴族街。

 街での魔法戦闘は訓練場以外は禁止されている為、三人で剣の訓練だ。

 テンクスとニシブの訓練を見ながらクイースト王国の剣を学ぼうとする蒼真。

 交代で剣を交える事にしたようだ。




 少しすると千尋は魔力制御を始め、リゼとアイリも起きて魔力制御。

 ミリーが暇しているとカミンから蒼真達の訓練を聞かされる。


 着替えをしてミルニルを持って邸の外に出ていくミリー。




「皆さんおはようございます! 私も訓練にまぜてください!」


 挨拶を交わして訓練をしようと思うが、朱王の恋人であるミリーにはやはり剣を向けにくい。

 傷つけるわけにはいかないとでも思っているのだろう。


「じゃあ仕方ない。まずはミリーとオレで訓練しよう」


 蒼真とミリーは全力の強化を施し、物理操作グランドを使用しての高速戦闘を始める。

 発動系魔法以外は街でも使用しても問題はなく、超高速で打ち合う蒼真とミリー。

 得意の魔法を使用しないながらも二人は恐ろしい程の速度、威力で打ち合う。

 側から見るとお互いに攻撃しているように見えるが、ミリーが攻撃側、蒼真が防御側となる。

 蒼真の反撃回数の多さが対等な攻撃に見えさせてしまうのだ。


「やはり強化の方が安定するな」


 十分間打ち合った二人は肩で息をする程度に疲労している。

 そしてミリーが体力の回復をする。


 テンクスやニシブは驚きの表情を隠せなかった。

 魔法を使った時の自分達を上回る程の速度で打ち合う二人。

 聖騎士長をも上回るだろうと予想する。


「お二人共どうしました? 次はどちらと訓練しましょうか?」


「ミリーはニシブ。オレはテンクスとだ。行くぞ!」


 左袈裟に斬り込む蒼真。

 右の直剣で受けるが押し負けて弾かれる。

 さらに強化を引き上げて向かい合うテンクス。

 左右からの攻撃を次々と繰り出し、一振りの刀で全て受ける蒼真。

 テンクスは魔力練度が高く、剣捌きも相当なものだ。

 蒼真は速度を調整しつつ、テンクスのギリギリ受けられる位置に反撃を繰り出す。

 態勢が崩されて防戦一方になるテンクス。

 蒼真の攻撃は速く、片手では耐え切れない程に重い。

 十分間の訓練を終える頃には片膝をついて息を切らすテンクスだった。




 ミリーはニシブの攻撃を待つ。

 獲物は左右のダガー、攻撃は速いが重さは乗せにくい。

 一瞬で間合いを詰めたニシブの右手の刺突に、ミリーはミルニルを当てて上方に打ち上げる。

 すぐさま向かってくるのは左の横薙ぎのダガー。

 ミリーはミルニルを振り上げておらず、向きをくるりと返して左ダガーを受ける。

 やはり攻撃が少し軽い。


「ニシブさんは重力操作グラビティ使えますか?」


「使えるけどダガーじゃそれ程重い一撃にはならないんだ」


「アイリさんの真似になっちゃいますけど、重力操作グラビティで重さを逃がしたり攻撃を受け流したりするんです! スピード特化の戦闘にはその方が良いって蒼真さんが言ってました!」


「重さを流す…… ちょっと打ち込んでくれるか?」


 ミリーは滑らかな動きで横薙ぎに打ち込む。

 ダガーが接触した瞬間にその重さを逃す。

 正面から受け止めるような直接的な防御にはならないが、ミリーから受ける打撃の重さを逃す事でダガーの表面をミルニルが滑る。

 驚くニシブ。

 体捌き次第では全ての打撃を受け流す事が可能になるだろう。

 まだスムーズに重さを逃す事は出来ないだろうが、訓練を積めば今よりも相当強くなれる予感がする。


 ミリーも慣れるまではと、続け様にではなく一拍置きながら重い攻撃を打ち込んでいく。

 十分で交代になるのであっという間に終わった。




 交代してニシブには蒼真もミリーと同じように打ち込んでくれるようだ。


 ミリーはテンクスを回復して構える。

 テンクスはミリーの回復に驚きつつも全力で肉体強化をする。

 ジッと構え続けるミリーとテンクス。


 …………


 ……


「テンクスさんから来てください!」


 ミリーは自分から仕掛けるのは今も苦手だった。

 仕掛けたテンクスの左右の連撃を余裕をもって受けるミリー。

 しばらく様子を見たあとは反撃を繰り出す。

 弾き飛ばされるテンクスと追い討ちを仕掛けるミリー。

 ミリーの攻撃も速くて重い。

 防御だけでは耐え切れず、弾き飛ばされて距離が開く。


「テンクスさんは防御の仕方を変えましょう。ただ受けるだけでは耐え切れませんので、防御の際は相手の武器に剣を打ち込んでください」


「わかった。試してみる」


 横薙ぎのテンクスの右の剣にミリーはミルニルを打ち付ける。

 直後に左の剣を逆袈裟に切り上げるがミリーのミルニルが余裕を持って受け止める。

 ミリーは反撃として袈裟に打ち込み、テンクスは言われたように右の剣で受けるのではなく打ち込む。

 弾かれる事なく耐えた剣。

 左の剣で刺突を放つとミリーは体を捻って回避する。


「いいですね! それなら左右に武器を持っていても耐えられますよ!」


 ミリーは続け様に攻撃を繰り出していく。

 全てを打ち付けるように受けるテンクス。

 徐々に上がっていくスピードと重さに必死に食らいつく。

 必死ながらも自分が上達していく実感に笑顔が溢れる。

 十分間の訓練を終えて体力を回復させた。




 訓練を終えてミリーが蒼真に声をかける。


「どうして蒼真さんがアドバイスしなかったんですか?」


「ミリーが教えても同じだろう」


 このままいけばミリーはクリムゾンにとっては母とも言える存在となる。

 そのミリーが教える事で幹部が上達したとあれば、クイースト王国のクリムゾンメンバーに好印象を与えられるのではないかと考えた蒼真。

 優しいというか甘いというか蒼真は相変わらず蒼真だった。




 汗をかいたのでお風呂に入ろうかとも考えたが、テンクス達五人は今日は休みをもらって来たとの事。

 皆んなでプールで遊ぶ事にした。

 最初からプールで遊ぶつもりだったらしく、水着は持参していたクリムゾンメンバー。

 幹部とはいえまだ若い彼等も遊びたいだろう。




 七時には朝食を摂り、少し休んでからプールにする。

 ロビーでコーヒーを飲みながら寛ぎ、蒼真からはクロールの説明を受ける。

 運動神経の良いこの三人と一精霊ならすぐにできるだろうと、説明のみとした。


 クリムゾンの五人は施設あがりの幹部達。

 施設にはプールがあったので全員泳ぎも得意だ。




 日も高くなり、プールの温度も少しずつ上がっていく。


 全員水着に着替えてプールに駆け出す。

 朱雀は服のままプールへと飛び出し、飛び込む直前に早着替えではなく水着に変身。

 ザブンと飛び込んで楽しそうに笑っていた。


 朱王はビーチチェアに寝転がり日差しを楽しむ。

 魔力で日焼けはしないが、チリチリとした日差しがまた心地よい。

 フルーツの沈んだトロピカルなカクテルを飲みながら優雅に楽しんでいる。


 女性陣はまたビーチボールで遊ぶ。


 男性陣は泳ぎの勝負。

 朱雀も参加しているが、クロールの説明を受けただけで大丈夫だろうか。

 だがそこはやはり朱王を模した朱雀の身体能力。

 最初に引き離されるもクロールをあっさりと身につけ、かなりの速度で泳げるようになった。




 千尋と蒼真もプールを出てカクテルをもらい、喉を潤してビーチチェアに寝転がる。

 確かにまだ朝という事もあって日差しが心地いい。


 朱雀とテンクス、ニシブは女性達に混ざってビーチボールで遊ぶ。


 しばらくすると日差しが熱くなり、プールへと飛び込む朱王と千尋。

 蒼真は早起きしたせいか寝てしまい、マーリンがパラソルを移動して日差しを遮る。


 しばらくビーチボールで遊んで喉が渇いたらカクテルやジュースをもらってまた遊ぶ。


 午前中いっぱいプールを楽しんだ。




 魔法で髪や水着を乾燥させて昼食にする。


 今日はウェストラルから取り寄せてもらった魚介類の料理を堪能する。

 ウェストラルでは定番料理らしいパエリアがとても美味しい。

 パエリアに魚介のパスタ、魚のソテーなど様々な料理が並ぶ。

 地球人の影響を受けすぎではなかろうかとも思う料理の数々だ。


 料理長のレイヒムに確認したところ、朱王から料理のイメージ魔石を戴いたとの事。

 そのイメージは魔石を介して料理の見た目や香り、食感、味までも再現したというのだ。

 朱王のイメージ力を感心してしまう。


 どの料理もとても美味しく、地球の味を思い出して懐かしく感じる。


 料理を堪能して少し休んだら午後もまたプールだ。




 ビーチチェアに寝転がり、カクテルを飲みながら夏を満喫する。

 もちろん日差しが強いので大きめの日除けを用意してもらった。


 追加でデザートのケーキをもらう。

 やはり朱王のイメージを渡している為、店などでは見ることのない美味しいケーキが食べられる。


 毎日贅沢な生活を過ごしていたら太りそうだが、この世界ではあまり肥っている人は見ることがない。

 全然いないというわけでもないが、肥満が問題となる事はそれ程ないだろう。

 理由をあげるとすれば、食べて得た栄養は肉体に必要な分を除けば残りは魔力へと変換される。

 魔力へと変換され、余分となった魔力は体外へ霧散する。

 この世界で肥るには全然動かないで食い続けるか、常に限界まで腹を満たすなどの過剰な摂取が必要となる。




 午後からもプールで遊び続け、夕方に全員で大浴場、露天風呂を楽しみ、夕食を済ませて幹部達は帰って行った。


 映画も見たいと言っていたが、施設の子供達や部下達が待っているのでそうもいかない。

 渋々邸を後にするクリムゾン幹部達だった。


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