第59話 精霊契約

 特訓の成果を確認するべく、朱王と戦った蒼真達。


「ラン」


 蒼真が呼ぶと出てくるシルフだが、いつも元気な精霊なのに今は弱々しい。


「どうかしたのか? 精霊にも体調不良とかあるのか?」


 言葉は話せないが理解できる精霊。

 首を横に振っている。


「もしかして風魔法で朱王さんに押し負けたのを気にしてしてるんじゃない?」


 千尋がなんとなく思いつきで言ってみると、ランは涙目で頷いた。


「オレの魔力が足りないんだろうか?」


 首を横に振るラン。

 身振り手振りしながら何かを伝えようとしている。

 何とも可愛らしい精霊だ。


「下位精霊だからこれ以上は無理って言ってるのかしら?」


 リゼを指差して頷くラン。

 その後も身振り手振り何かを伝えようとする。


「たぶん魔法陣を描けって言ってるんだと思う。召喚魔法陣かなぁ?」


 魔法陣を描けのところで頷いたが召喚魔法陣ではないようだ。


「もしかして風の魔法陣?」


 朱王が問いかけるとビクリと怯えたような仕草をしながら頷く。


「朱王は怖がられてますね」


 ミリーが朱王の顔を見ながら言う。


「そうだ、今日は魔導書持ってきてるんだ。私の魔石の使い方を思いついたからね」


 バギーに魔導書を取りに行く朱王。


 魔導書の風の魔法陣のページを開き、ランに見せる。

 どうやら上級魔法陣エアリアルを描けばいいらしい。


「ラン、それ使うとどうなるんだ? 威力が高くなるのか?」


 蒼真が質問するとランは頷く。

 そして指を立ててフリフリする。

 どうやらもう一つあるらしい。

 自分を指差して上を向ける。


「…… ランより上? シルフの上か?」


 嬉しそうに頷くラン。


「ジンを呼び出せって言ってるのか?」


 正解! というようにサムズアップする。


「ジンを呼び出したらランが居なくなるじゃないか」


 ランは首を横に振り、また自分を指差して踏ん反り返る。

 そして嬉しそうだ。


「ランがシルフからジンになるのか?」


 ランが踊り出した。

 どうやらシルフから進化するらしい。


「ランの記憶はどうなるんだ? 引き継がれるのか?」


 何度も頷くラン。

 これはランが望んでいるようにしか見えない。


「よし、じゃあシルフからジンにするとしていくつか質問するぞラン。器に必要な魔力量はいくつだ? 指を立てて教えてくれ」


 五本の指を立てるラン。

 なぜか両手でピースと右手の小指を立てている。


「魔力量は5,000ガルドでいいのか?」


 頷くラン。


「上級魔法陣も必要なんだよな?」


 頷くラン。


「他に必要なものはあるか?」


 首を横に振る。


「蒼真さん。上級魔法陣を発動させる為に必要な魔力量は2,000ガルドらしいですよ?」


 朱王と魔導書を読みながら言うミリー。


「ジンの力を全力で使うには毎回魔法陣がいるのかい?」


 コクコクと頷くランはやはり朱王が怖いらしく、蒼真の後ろに隠れてしまった。


「いちいち魔法陣は描いてられないからな。朱王さんが言う魔石の使い方ってどういうのなんだ?」


「私の魔石で魔法陣をエンチャントするんだよ。必要な魔力を供給すると視覚化して発動するようにね。ただ精霊契約と同じように器が必要になるけど……」


 魔石を取り出して言う朱王。


「実は兼元には魔力量2,000ガルドをエンチャントしてあるんだ。ジンの器は足りるとして魔法陣はどうするか……」


「鞘もミスリル製だよ。鞘にも2,000ガルドでエンチャントする?」


 ポケットに入っていた魔石を出す千尋。


「ああ、ありがとう千尋。これと朱王さんの魔法陣のエンチャントをすれば可能かもしれないな」


 ランが嬉しそうに飛び回る。

 それでできるらしい。

 鞘を朱王に渡して魔法陣をエンチャントしてもらう。

 朱王は魔導書を見ながら魔法陣を条件とともにエンチャントする。


【使用者の意思で視覚化して発動する】


 朱王の魔石は視覚的な能力の為、しっかりとしたイメージが重要だ。

 魔法陣と発動条件、発動箇所などを決めていく。

 発動箇所は地面に立つ時は足元に、空中では背後にくるようイメージした。




 朱王から鞘を受け取った蒼真。

 鞘に魔力を流し込んで魔法陣を発動させると、青く光り輝く魔法陣エアリアルが地面に浮かび上がる。


 ランが魔法陣の中で蒼真と向かい合う。


「魔力を渡せばいいのか?」


 問うと首を横に振るラン。

 また身振り手振り何かを伝えようとする。


「風魔法を発動すればいいのか?」


 嬉しそうに首を縦に振る。

 蒼真は魔力を練り上げ、今出せる最大出力で魔法陣内で風を巻く。

 これまでの蒼真の魔法ではあり得ない程の巨大な竜巻が生まれ、ランが竜巻の中に飛び込む。

 風に巻かれながら風魔法を吸収していき、強い光を放つラン。

 光と竜巻が収束すると、二十センチほどに大きくなった精霊がいる。


 見た目がかなり人間に近くなったがランの面影を残している。


「ラン。シルフからジンになったのか?」


『…… うん! そうだよ蒼真。あとはもう少し魔力を頂戴』


 ゆっくりと目を開きながら、ランが言葉を発する。

 魔力球を作って必要な分まで膨らませていく。

 大きく膨らんだ魔力球をランが吸収し始める。

 ランがいいと言うまで魔力を放出し続ける蒼真。


『もう充分。これで進化は完了だよ。またこれからもよろしくね!』


 嬉しそうに蒼真にくっ付くラン。


「ああ。よろしく頼む」


『次はアイツにまけない! ぶっとばしてやる! 怖いけど……』


 朱王を指差すラン。

 風の精霊として風魔法で負けた事が余程悔しかったみたいだ。

 そして怖いらしい。


「そんな敵視するな。ランが進化できたのも朱王さんのおかげでもあるんだし」


『まぁそうなんだけどさぁ……』と口を尖らせながら言うラン。

 精霊なのに随分と人間らしくなったようだ。




「ねぇ、蒼真。さっきから独り言?」


 リゼが問いかける。


「リゼには聞こえないんだな。ジンになったランが話せるようになったんだ」


「上級精霊は話せるんだねっ! すごい!」


「私も精霊と契約したいな。アイリもまだだよね?」


「はい! 私も精霊さんと契約したいです!」


「じゃあ精霊魔術書持って来るわ」


 リゼが取りに行く。

 バイクのパニアケースに入れていたようだ。




「まずは魔法陣ね…… 召喚するだけだから朱王さんはエンチャントしようとしないで!」


 描くのが面倒だったのかエンチャントで済まそうとする朱王。

 リゼに止められたので地面に描いていく。

 アイリも右のクラウで描いていく。


「じゃあアイリはどの属性にするの?」


「むぅ…… 氷か雷で悩んでるんですよね。どっちにしましょう」


「アイリは攻撃が速いし雷がいいんじゃない? 精霊を左右別にするより同じにして威力を上げる事もできそうだし」


「じゃあそうしてみます!」


 リゼはヴォルトのページをめくる。


 呪文を唱えるアイリ。

 魔法陣が淡く光を放ち、放電する柱が立ち昇る。


 召喚されたヴォルトはプラズマのような球体。

 契約者のイメージで姿が変わる特殊な精霊だ。


 姿をイメージして名前をつけてと言うリゼに対し、「考えてませんでした!」と答えるアイリ。


「イザナギなんてどおかな?」


 千尋がリゼの隣で呟く。


「イザナギ! よろしくお願いしますね!」


 魔力を与えると器となるクラウを見つめ、電流を迸らせながら飛び込んですぐに出てきた。

 姿はたてがみのある狼のような精霊になった。

 大きさも他の精霊に比べて少し大きい。

 獣型の精霊は人型の精霊よりも大きくなるのだろうか。




 また同じようにヴォルトを召喚する。

 アイリはまたモジモジとしながら振り向く。


「片方がイザナギならイザナミだろう」


 蒼真がすぐに名前を告げる。


「あなたはイザナミです!」


 躊躇わずに名付けするアイリ。

 イザナミもたてがみのある狼のような姿になった。

 黒っぽいイザナギに対して、淡い色のイザナミ。

 アイリが名前をつける際に多少の違いを求めたのだろう。






 次に朱王の精霊を召喚する。


「私は火属性にするよ」


 サラマンダーのページを開いて朱王が呪文を唱える。


 魔法陣が淡く光を放ち、炎の柱が立ち昇る。

 現れたのはサラマンダー。

 朱王を見るなり怯えて逃げ出した。


「…… え? ちょっと!」


「朱王さん、精霊に何かした?」


「初めて見た精霊が君達の精霊だよ……」


「もう一回召喚してみたら?」


 ということで呪文を唱える。

 先程と同じように逃げられてしまった。


 そこから何度も召喚する。

 その度に魔力を消費するのだが、少し意地になっている。




「少し火で釣ろうか」

 

 巨大な火球を作り出して再び召喚する朱王。

 召喚されたのは全長2メートルを超える巨大なサラマンダー。

 朱王を見るなりゆっくりと起き上がり…… 逃げ出した。




 朱王は朱雀丸の鞘に魔法陣をエンチャント。

 上級魔法陣インフェルノ。


「火力が足りないのかも!」


 などといろいろ試行錯誤しているが、側から見ている千尋達は朱王が少し可哀想になってくる。




「朱王さんに召喚された精霊がみんな怯えてるじゃん……」


「私のホムラも出てきませんからね」


「上級精霊でもない限りあの魔力には耐えれないんじゃないか?」


「朱王さんが意地になってて少し子供っぽく見えるわ」


「そこがまた素敵です!」


 遠巻きに見ている五人。

 朱王の魔法に巻き込まれないように離れている。




 上級魔法陣インフェルノを発動し、朱王の魔力を高めた火属性魔法を放つ。


 地獄の業火とでも呼べばいいのだろうか。

 大地を焼き、空をも焦がす程の炎の渦が巻き上がる。

 遠く離れていても焼かれるように熱い。




 シズクが水の幕を張り、リッカが大気を冷却する。

 リゼが指示を出さなくても精霊が判断してこれくらいの防御はしてくれる。

 それでも熱を伝えてくる程の炎。

 リゼの魔力をシズクとリッカが少なくない量消費する。

 蒼真もランの風魔法でドーム状に防壁を作り出し、熱波を遮る。

 それでも熱を防ぎきる事はできず、アイリは蒼真が作り出した空間内を魔法で冷却する。




「これだけ炎があればサラマンダーも満足するはずだ!」


 呪文を唱えて精霊を呼び出す。


 魔法陣が光を放ち、朱王を中心とした炎の竜巻の中に現れる精霊。


 巨大な炎の化身。


 燃え上がる翼を持ち、複数の尾びれが揺らめいている。


 頭に冠をもった炎の鳥。

 フェニックスだ。


 この世界で確認されたことのない精霊。

 朱王の放った炎を喰らい、満足そうに朱王を眺める。


「あれ? サラマンダーは?」


 首を傾げて炎の鳥を見つめる朱王。


『……』


「フェニックスに見えるね!」


『我を呼び出したのは其方か。なかなか良い炎を放つ』


「おお! やはりさっきまでは火力が足りなかったんだね!」


  うわぁっ! と拳を握りしめて喜ぶ朱王。


『それで其方は我に何用じゃ?』


「ここに器がある。私と精霊の契約をしてくれない?」


 朱雀丸を見つめるフェニックス。


『ふむ。良い器じゃ。じゃが我は其方に協力はするが命令は聞かぬ。共に行動はするが我の自由にする。それでも良ければ契約してやろう』


「いいよ。契約しよう!」


『躊躇わんのか…… では我に名を付けよ』


「この刀は朱雀丸。だから君に朱雀と名付けようか」


 膨大な魔力を手のひらに集めていく。

 朱雀は魔力を吸収し始め、朱王の魔力の半分以上を吸収したところで満足したようだ。

 そして朱雀丸に入ると満足したように出てくる。


『うむ。気に入った! んん? どこに行ったのじゃ?』


 朱王が朱雀の炎に覆われて姿が見えない。


「君に埋もれてるよ…… できれば小さくなってくれると助かる。あと普段は人型の方が朱雀も自由にできるんじゃない?」


『ふむ。そうしよう』


 一瞬炎が燃え上がり、赤い子供が降り立つ。

 この目つき…… 小さな朱王だ。

 服は中国で見られる武術服を着ている。

 上着が艶のある赤に金の刺繍。下は黒に金の刺繍が入っている。

 朱雀と名付けした事で中国のイメージが混じったのかもしれない。


「其方の姿を模したが何故か子供じゃな。まぁ良いか」


「私は朱王だ。朱雀、これからよろしく頼むよ」


「うむ。よろしくの」


 無事精霊との契約が完了した。




 千尋達のところに戻ってくる朱王と連れられる朱雀。


「なんか小さな朱王さんだね」


「ミリーとの子かしら」


「ずっと見てたでしょ! 私の契約した朱雀だよ。みんなよろしくね。ほらっ、朱雀。ご挨拶しなさい!」


 朱雀にグイッと頭を下げさせる朱王。


「な、なんじゃ朱王!?  急にお父さんキャラか!?」


「んん? なんか人間くささのある言葉を使いますね?」


「うむ。朱王の記憶を少しリンクしておるから其方らの事も知っておるぞ。っく…… なんじゃミリー、やめよ! 我の頬を摘むでない!」


「いいじゃないですか! 飴あげますから!」


 受け取った飴を口に含む朱雀。


「う…… 美味いのぉ。人間の食い物はこんなにも美味いのか!?」


「ところで朱王さんの魔力なのに朱雀はなんで赤いの?」


 千尋達はブレスレット【ラッシュ】の能力で魔力に色がつく為、精霊も同じように色が変わる。

 必ずしも同じ色ではないが、ラッシュの特色が精霊にも出る。


「私のラッシュに使用している魔石はアレキサンドライトをイメージしたんだ。外では緑色に見えるけど、白色光の下では赤に見える宝石なんだけどね。これを周りの光ではなく魔力の大きさで色を変えれるようにイメージしてあるんだよ。だから朱雀の魔力量なら赤くなるね」


 確かに朱王が召喚しようと火球を作り出した時は緑色の炎だったのだが、フェニックスを召喚した時の業火は真っ赤な炎だった。


 


「お腹空いた……」


 千尋は魔力を無駄に放出して空腹だ。

 魔力は枯渇しそうだが、ただ放出しただけではレベルは上がらないだろう。


「そうだ。朱王さんのお土産が工房にあるんだった。早く食べに行こう!」


「む! 我もいく!」


「小さい朱王様は可愛いですね!」


 この後しばらくミリー、リゼ、アイリのおもちゃになる朱雀だった。


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