第9話 死

「おはようございます。お父様、お母様。」

「おはよう。叶。」

「あら? 叶さんは今日は早いのね。」

「は、はあ。」

「おはようございます。心お兄様。」

「おはよう。叶。」

「おはよう。月。」

「おはようございます。叶お兄様。」

 僕は普段通り家族の待つ食卓に行く。そして家族と挨拶をかわす。いつもと同じ朝の光景だった。その時、父親の勝のスマホが鳴った。

「なんだ? 電話か。もしもし。な、なに!? 高校で殺人事件だと!? 警察も来ているだと!? 分かった。直ぐに向かう。」

「あなた、何かあったんですか?」

「高校で生徒が死んだらしい。」

「ええ!?」

「私は学校に向かう。」

「あなた、気をつけて行ってらっしゃいませ。」

 父親にかかってきた電話は、僕の通う夢見高校で、生徒の誰かが死んだというものだった。直ぐに出かける父を母が見送る。

「叶、今日は学校は休んだ方がいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。心兄さん。」

「私、知ってる。中学もだけど、高校もかなり荒れてるんだって。ヤンキーとか、不良とか、いじめとかが流行ってるって、みんな噂してるよ。」

「おまえ、よく知ってるな。」

「だって私は夢見グループのお嬢様。教師も生徒も、私に歯向かって、クビや退学にはなりたくないでしょう。みんな、私に頭を下げてくるわよ。」

 兄の僕と妹の月は、なぜ同じような環境で、全く違う人生を送っているんだ? いえることは、僕は大人しく自己主張しない。一方の月は、お嬢様気質で、我がままで自分勝手。親の会社の名前を使って、教師に生徒を脅迫なんか普通にやっているだろう。うらやましい。


「こ、これは!?」

 僕は学校に着いた。生徒が死んだとされる現場は、ブルーシートで覆われていた。僕は警察と話をしている父を見つけたので、父に話しかけるフリをして、ブルーシートの中をそーっと覗いた。

「火油!?」

 僕は死体を見て驚いた。いじめっ子の火油注だった。遺体の傷は悲惨で、何かに斬られたように大きな切り傷から、体全体から血が噴き出している。

「こら! 学生が勝手に入って来てはダメだ!」

「あれは私の息子です。」

「失礼しました。」

 父、夢見勝は警察を制する。お金持ちの権力は地元の警察署長ともコネがあるのだろう。

「叶。この生徒を知っているのか?」

「はい、お父様。」

「よっぽど恨まれていたんだろうな。でなければ、こんな残虐な殺され方はしないだろう。」

「この生徒は、いじめっ子グループのリーダーです。」

 本当は僕をいじめていたいじめっ子と言いたかった。でも、自分がいじめられていたということの恥ずかしさ。父には知られたくないという思い。そして、何よりも、死んだコイツに関わりたくないという気持ちが一番強かった。

「いじめっ子か、死んで当然だな。学校の名前を汚すゴキブリだから。」

「はい。そうですね。お父様。」

 不思議と僕の心には、火油が死んで「ざまあみさらせ!」という、スッキリとした気持ちはなかった。いじめられていた僕にあったのは「可哀そう。」という、自分をいじめていた相手なのに、実は自分の方が上から見ていたという事実だった。

「いったい誰が火油を殺したんだろう?」

 こうして僕の世界は平和になった。

 つづく。

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