獣人の郷 3
ラッシさんとリムさんの先導で案内されたのは、森のちょっと奥まった位置にある集落だった。
そもそも獣人の暮らしとは質素――というか、雨露さえしのげれば他に拘りもないのか、無造作に立ち並ぶ小屋は大雑把に丸太を組み合わせた実に簡素なもので、窓の戸や出入り口の扉の替わりには、ただの布がぶら下がっているだけという有様だった。
以前に実家で聞いた、昔話に出てきた現在の住居の原型――当初のリィズさんの掘っ立て小屋の状況が思い返される。
話に聞いただけなのでイメージでしかないが、きっとこのような感じの小屋だったに違いない。
あれは別にリィズさんだったからどうということではなく、もともとの種族柄として住居に興味がないのだろう。
この集落から、自然と共に生きる獣人の生活が垣間見えた気がした。
集落の中、子供の獣人たちが楽しそうに駆け回る横を通り過ぎ、俺たち一行はとある住居の前で立ち止まった。
ここが長老の住む場所ということらしい。
ただし、長老の住居ではあっても、その周辺に建てられている小屋と代わり映えしない簡素なものだった。
「俺だ、征司だ。邪魔するぜ」
叔父は返事も待たず、慣れたふうに入り口の布を潜っていた。
リィズさんがそれに続き、リオちゃんも鼻歌交じりに元気よく入っていく。
ラッシさんとリムさんの案内役はここまでらしく、すでに来た道を引き返すところだった。
それを見送ってから、俺も小屋にお邪魔することにする。
小屋の内部は明るい外との明暗の差もあってか、よりいっそう薄暗く感じられた。
内部は外見よりも広く、天井の高さもかなりある。
部屋には絨毯代わりか藁が一面に敷き詰められており、その中央に胡坐で座するひとりの獣人がいた。
銀虎と呼べばいいのだろうか。巨躯に纏うように広がる全身の毛色は見事な銀。
虎のトレードマークたる黒い毛の模様が映え、荘厳ともいえる野生の雄々しさで威圧されるようだった。
頭部は完全に野生の虎まんまだが、その双眸には落ち着いた知性を滲ませている。
右腕は古い傷なのだろうが、肘から先が失われていた。
長老というからには、年老いたご老体を想像していたのだが、目の前にいるのは間違いなく屈強な獣人の戦士だった。
一言で言ってしまうと、なんかもうリアルタイガーマスク的な。
「よお、長老。久しぶりだな、はっはっ!」
叔父は気安く片手を上げて挨拶し、リィズさんは立ち止まって深々とお辞儀をしていた。
リオちゃんは顔見知りだからか物怖じした様子もなく、登山よろしくその巨体によじ登ろうとしたところをリィズさんに掴まって即連行されていた。
「セージもリィズも息災そうだな。おチビは相変わらずチビっこいな。そっちの坊主は?」
「俺の甥だよ」
「秋人です。はじめまして」
リィズさんに倣い、頭を下げる。
「わしはグリズだ。獣人たちの取り纏めをやらせてもらっておる。ふむ、血縁というだけあって、雰囲気や匂いが昔のセージに似ているな。ただ誰かさんとは違い、礼をわきまえとるようだな」
「おいおい、俺だって相手がいきなり喧嘩腰じゃなけりゃあ、それなりの礼節は取るぞ?」
「よくも言う。もう15年くらいも前になるか……あのときは、最初から闘る気満々だったくせにな」
「否定はしない」
「だろうが」
叔父とグリス長老が声を上げて笑い合う。
なんとなくだが、このグリズ長老がこの異世界で、叔父にとっての父親のような存在だったのではないかと感じられた。
「今年も墓参りだろう? 時間が許すなら、若いもんの相手をしてやってもらえんか? 嘆かわしいことだが、最近は実戦離れして軟弱な獣人も増えてきた。一度、死ぬくらいまで痛めつけてやって、強さとはどういうもんか教えてやってくれ。なに、数人くらいなら殺しても構わん」
「物騒なことを抜かす爺さんだな」
「それくらいで死ぬならその程度ということよ。まあ、そんな簡単にくたばる獣人は居らんと願っておるがな」
「へいへい。んじゃあ、2時間ばかり若い奴借りとくぜ」
「頼んだ」
叔父は後ろでに手を振り、さっさと小屋から退出してしまう。
(え? もう?)
本当に挨拶だけで終わってしまった。
リィズさんもリオちゃんを抱えたまま、来たときと同じように礼をして、出て行ってしまう。
5分にも満たない会合に若干の拍子抜けを覚えつつも、俺も会釈だけして小屋を出た。
置いてかれないように小走りで後を追うと――意外にも叔父は沈痛な表情をしていた。
「爺さん、だいぶ悪いみたいだな……」
ひとり言のように呟いた叔父に、リィズさんがこちらも覇気なく返す。
「ええ。かなりお歳を召されている上、昔、戦場で負った古傷が原因で、もう長くはないと……」
(……あんなに元気そうだったのに?)
意外なやり取りを耳にして小屋を振り返ると、咳き込む音が小さく聞こえてきた。
「純粋な獣人は、人間より寿命が短いんです。グリズさまは年齢的には50歳ほどですが、人間に換算すると80以上のご高齢なのです。ああして人前では気丈にされていますが、きっと起きているだけでもかなりお辛いはずです」
リィズさんが説明してくれた。
純粋な、とリィズさんは言ったが――ではハーフのリィズさんは? クォーターのリオちゃんは?
ふとそんな疑問が脳裏を過ぎったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます