伯爵家の御曹司 2

 右を見ても左を向いても、天井を見上げてさえも、叔父・叔父・叔父のオール叔父。

 劇画タッチのポスターや、アニメチックなポスターもあれば、人形やぬいぐるみ、フィギュアと呼べそうな精巧な物まで整然と飾ってあった。

 中にはあまりにデフォルメしすぎて、もはやなにがなにやら判別できないものすらある。


 奥の壁にはどういうわけか、紙幣が20枚ほど、きれいにピンで貼りつけてあった。


「あ。それですか? 1000枚に1枚くらい、肖像画がちょっと違っているものがあるんですよ! これなんて、ほら、笑っているみたいでしょう? こっちなんて、しかめっ面! あはは」


 たしかにお札の叔父の肖像画の一部が、わずかに歪んでいる。エラー紙幣というやつか。

 製紙印刷技術が低いこちらでは、起こりやすいこともあるかもしれない。


 ただ、1000枚に1枚ということは、20枚揃えるために少なくとも2万枚以上は集めて確認したということで。


 壁に貼っている紙幣の総額だけでも、50万ゼン=50万円は超えていそうだ。

 金持ちってやつは。


「見てください、これなんて! かの魔族100体斬りを成したときに、砕けた盾の破片ですよ!? すごいと思いません!?」


 フェブラント少年が引き出しから取り出した箱に収められていたのは、小さな金属片だった。

 仮にそれが本物の盾の破片だとして、どうやって証明できるのだろうか……?


「こっちなんて、大物ですよ!?」


 そう言って奥の暗がりから引っ張り出してきたのは、首なし獣の剥製だった。


(怖っ!)


「勇者さまが首を刎ね飛ばして倒した魔獣なんです!」


 いや、それ、もはや勇者とほとんど関係ないよね?


 嬉々として解説を続けるフェブラント少年を前にして、悟らざるを得なかった。

 こいつは勇者オタクであると!


 冗談はさておき、ここまでの勇者好きが俺を呼び出したとなると、意味合いが変わってくるだろう。


「……話を戻しますけど、俺が呼ばれた理由はなんでしょう?」


 両手いっぱいに次なるグッズを抱えていたフェブラント少年の動きが、にわかに止まった。


「……そうでした! ボクって、勇者さまのことになると、ちょっぴり我を忘れる傾向がありまして!」


(ちょっぴり……?)


 大事そうにグッズを元の場所に戻してから、フェブラント少年は俺と向い合せに正座した。


「ボクは日頃から、勇者さまのグッズだけでなく、勇者さま自身の情報も集めているのです。魔王を倒されてからは、あの方は姿を消してしまわれて……たまにある目撃証言も、あてになるのかならないのか、不明瞭なものばかり。――ですが!」


 うつむき加減だった顔を、握り拳と共にがばっと上向けた。


「先日の魔族によりカルディナの街が卑劣な襲撃を受けた際――勇者さまがどこからともなく駆けつけ! 魔族の軍勢を! ことごとく! 倒してしまわれたではないですか! げほげほっ!」


 興奮しすぎてむせていたので、その背中をさすってやる。


「これはどうもご丁寧に。その際には、アキトさまも奮闘なされたと聞き及んでおります。直接統治していないとはいえ、我がアールズ家の領地たるカルディナのために尽力していただき、アールズ家の末席に名を連ねる者として心よりの感謝を。また、助力に駆けつけることができなかった不甲斐なさをお詫びいたします」


 殊勝に頭を下げられる。


 俺も貴族についてゲーム以上の知識はないが、ノブレス・オブリージュくらいは知っている。

 きっと良いか悪いかで言うと、平民にも感謝し、非を認め、頭を垂れることができるこの子は良い貴族なのだろう。

 つまり、そういった教育を施してきたアールズ家という貴族が。


 ただ、現状でフェブラント少年が伝えたいこととはそんなことではないはずだ。

 奮闘し尽力したのは街の他の皆も同じ。勇者は別としても、俺だけが特別活躍したわけじゃない。

 となれば、これらはすべて前置きで、ここから先が本題ということになる。


「ボクは領主家として詳細を知るべく……いえ、ここはもう認めましょう。ボクは個人的な趣味として、勇者さまの動向に興味があり、その一挙手一投足を知るべく、日頃から勇者さまに関する情報があればつぶさに収集しておりました。そして今回のカルディナの騒乱で、ある方から勇者さまに関する有力な情報を得たのです!」


 ほらきた。


「アキトさま! あなたは勇者セージさまの血族の方ですね!?」


 ババーン!と効果音が鳴りそうな勢いで指を突きつけられた。

 いかにもなドヤ顔だが、正直なところ、この部屋を見た瞬間から結末は予想できていた。

 というか、示唆されていたようなものだ。そうでもないと、逆にここまで歓待されて懐かれる理由がない。


 血族なんて大層な呼ばれ方をするのはこれで2回目だ。

 白木家の一族なんて、叔父以外は特筆すべきもない一般人ばかりなのに。


「……あ、あれ?」


 あちらは想定外だったのだろう。

 さして反応を示さない俺の様子に、フェブラント少年は焦り気味にまくし立ててきた。


「騒動のさなか、あなたと勇者さまが、親しげにしていたという有力情報が!」


 挫けず、再び指を突きつけられる。

 他人を指さすのは、貴族というか礼儀としてどうかと思わないでもない。


 とりあえず、無言のまま穏やかに微笑み返しておくことにした。


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