双子の妖精さん 2

 レプラカーン。

 たしか、別名「妖精の靴屋」。悪戯好きの妖精。


「なるほどね」


 変化した双子の姿を見つめながら、ひとりごちる。


 靴の代わりに刺繍を縫うのが趣味。

 で、悪戯が大好きと。まんまだね。


 ふたりの話によると、街の中には人間族以外にも、結構、別種族がいるそうで。

 大抵はふたりのように人間に化けており、姿を晒すことは滅多にないが、別種族間では、なんとなくわかるものらしい。


 ふたりの場合、正体を隠してまでどうして人間の街にいるかというと、単なる知的好奇心からということだった。

 他種族にしてみれば、人間はとても不思議な思考と行動をする生き物で、興味は尽きないらしい。

 最初はちょっとのつもりだったが、なんだかんだで居心地がよく、居ついてしまったそうだ。


 両親――といっても、本当の両親ではないが、宿屋の主人たちは、当然このことを知っており、知った上で家族として暮らしているらしい。

 理由を訊くと、『パパとママとの約束だから』と教えてはくれなかった。

 まあ、事情はさまざまなのだろう。


 それにしても。

 双子を見てから安堵の息を漏らす。


 双子の正体が、見た目変わらなくてほんとよかったと思う。

 これで、実は小さいおっさんでした――とかなったら、いろいろと悲惨すぎる。


「あ、またアキトが変な目をしているよ?」

「妖精と知って欲情したんだ」

「「アキトはやっぱり変態だ!」」


 ずびし!と指差される。


「子供が欲情とか言わない!」


 妖精だろうと人間だろうと双子は双子。

 いい性格はまったく変わらないらしい。


「「きゃははっ」」


 双子は声を合わせて楽しげに笑っていた。


 からかわれるのはいつものことだが、相手が妖精と思うと、それはそれで感慨深い。


「で、いつまでもその格好でいいの、ふたり共? 他のお客は居ないけど、まだ通りには通行人も多いから、外から見られるとまずいんじゃあ?」


「うん、そうだね」

「いちおー内緒だからね」

「「よいしょっと」」


 瞬きする間に、ふたりの姿は元に戻っていた。

 幻術のようなものだろうか。便利なものだ。


 外見に大した違いがないとはいえ、慣れた姿のほうがやはり落ち着くものではある。


「それで、アキトはどうして精霊を連れてるの?」

「そうだよ。前は居なかったよね? なんで?」

「誘拐?」

「略奪?」


 今度はこっちが質問攻めに遭う番だった。


「不穏なこと言うのはやめてね。ふたりの秘密を教えてくれたんだし、こっちもきちんと説明はするから」


 エルフと会い、北妖精の森林に行くことになったこと。


 道中の成り行きで精霊の加護を得たこと。


 ついでに、帰り道でいろいろあったこと。


 若干割愛はしたものの、相手も妖精なので、ナツメや他の皆にするよりはやや詳細に説明した。

 さすがに、大峡谷でのことはぼかしたが。


 ふたりは椅子に座る俺の両脇にそれぞれ陣取り、「はあ~」だの「ほお~」だの「ほえ~」だのと、感嘆を交えながら大人しく聞いていた。


「噂には聞いてたけど、北エルフの女王って変わってるんだね」

「うん、変わり者って本当だね」


 妖精間でもそんな噂が立っているとは。なにをやってるんだ、あの人は。

 同意はするけど。


「ボクはアキトが精霊とそんなに仲がいいのが驚き」

「ボクも。初めて会ったときから、親しみやすそうな人間だなーとは思ってたけど」

「そうだね。精霊や妖精と相性がいいのかも」

「人間では珍しいよね」


 あれ。もしかして褒められてる?


「やっぱり、ほっとくと危なっかしいからかな?」

「手がかかるほど可愛いってやつだよね」


 褒められてなかった。

 むしろ、精神的に下に見られていた。

 大人なのに。


「ねえねえ、アキト。さっきから気にはなってたんだけど」

「ボクも気になってたんだけど、アキト」

「「あれなーにー?」」


 双子が棚を見上げて言った。


 棚の上に据えられているのは、例の卵のたまごろーだ。


「ああ、これ? 帰り道のごたごたで手に入れて、そのまま持って帰ってきちゃったって言うか……なんの卵からは俺もよくわかってないんだけど、孵化すればいいなーと思ってるんだけどね。それがどうかした?」


 双子は『ふ~ん』と唸りながら、いろいろな角度から卵を観察していた。


 そして、急に俺に背を向けてしゃがみ込み、またもやなにやら密談をはじめた。


 普段はわざと声を漏らして話すのだが、今回は文字通り小声で声を忍ばせている。

 時折、横目でちらちら見られるのが、妙にそわそわする。


「あの、なにか問題でも……?」


 不安に駆られ、恐る恐る訊ねると、双子は立ち上がって並び、天使の笑顔でにこっと微笑んだ。


 ……それだけだった。


(いや、余計に気になるんだけど)


 妙に悪戯っぽい眼差しをしていたのは、見間違いと信じたい。


 結局、双子は最後まで教えてはくれなかったが、本当に問題があることなら黙ってはいないだろう、と自分を納得させることにした。


「そろそろ帰らなくちゃ」

「パパたちも待ってるしね」

「「じゃあまたね~」」


 双子は刺繍用の新色の糸を購入し、普段通りの様子で手を振って帰っていった。


 双子が妖精だということには驚かされたが、案外、言われてみると、胸にすとんと落ち着いた。

 まあ、ここは異世界、知人が実は妖精だった、たまにはそんなこともあるだろう。


 ……ないか。


 うん、やはりいろいろ麻痺しているのかもしれない。

 それよりも、双子が変な興味を示したたまごろーのほうが、そこはかとなく気にはなる。


「大丈夫だよな、おまえ?」


 たまごろーの殻の表面をぺしぺしと叩きながら、嘆息する。


 台詞とは裏腹に、大丈夫ではなさそうな気がするのは、気のせいのはずだ。

 気のせいであってほしい。

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