地下ダンジョンから脱出します 1
「んじゃ、具体的な脱出のプランといくか」
30分ほどの小休憩を取ったのち、デッドさんはそう切り出してきた。
「まずはこいつを見な」
懐から取り出されたのは、小さな魔石だった。
外観も中の魔力も白っぽい色をしていて、滑らかな光沢は大理石に近い。
デッドさんが何事かを念じると、魔石に籠められた擬似魔法が反応し、魔石の上の空間に立体的な映像が投影された。
投影されたのは蟻の巣の解体図のような映像で、区切られた空間や横穴が縦横無尽に広がっている。
映像は全体的に透けて見えているので、奥行きや隠れた部分まで観察できる精巧な造りとなっていた。
「こいつが、デラセルジオ大峡谷の地下空洞の全容さね。っても、あんまり広すぎるからこの辺り一帯だけだけどな。今いるのが……えーと、ここな」
デッドさんがある一点を指差す。
つまりこれは、この地下の立体地図というわけだ。
どんな理屈の魔法かは知らないが、高等なものであることだけは理解できる。
たしかにその周囲の地形を追っていくと、見覚えがあるものばかりだった。
まずはここに墜落して、こう逃げて、ここに隠れて、こう行ったところで足止めを食って……ここで襲われたから、こっちに逃げて。そこで、ここをこう。こう行ってああ行って――
道中の思い出が呼び起こされる。
……思い出してみたはいいが、碌でもないことばかりだったので気分が沈んだ。止めておこう。
気を取り直して、デッドさんの示す点――俺たちが現在いる地点に着目してみると、地下空洞の中でもかなり上層に位置していた。
これだけでも、かなり頑張って這い上がってきたことがわかる。命がけで苦労しただけに、ちょっと感激だ。
とはいえ、精霊魔法による
やはり昨晩に相次いだ崩落のおかげで、連続でショートカットできた部分が大きいだろう。もちろん、その前の地竜と仲良くダイブしたことは記憶から除外しておく。
(あれ?)
目で追っていると、妙なことに気づいた。
地図の下層のほう――
そもそもあの階層に入ったのは、地竜と崩落に巻き込まれてのことだったし、出るときも上の階層で起きた崩落箇所を利用したのだから、まともな道などひとつも通ってはいないわけだけど。
地図に載ってないのはそのせいかもしれない。
「聞いてっか、アキ?」
考え込んでいると、鼻先を指で摘まれた。
「
「だったら続けんぞ? 今から取れるルートは主に……ここと、ここと、こっちな。あたいが入ってきたこのルートは使えない。色々あって、崩れちまったかんな」
デッドさんが映像の該当ルートを指でなぞるたび、淡い光の線が描き足された。便利なものだ。
示されたルートは3つ。
左右に分かれた結構な距離のある迂回ルートがふたつに、地上までの最短距離のルートがひとつ。
普通なら最短距離一択だろうけど……どうにも怪しいことに、そのルートの途中には明らかに巨大な空間が鎮座している。
他の場所と比較すると、その規模の差は歴然――おそらくは直径数キロに及ぶ大空洞ということになる。
「……そりゃあ気になるか。あからさまに怪しいかんなー、そこ。冒険者の間じゃあ『大宴会場』って呼ばれてる。ちなみに『大宴会場』と地上を繋いでいる通路は『地竜の通り道』な」
なにかもう呼び名に使われた単語のチョイスからして、嫌な予感しかしない。
「『地竜の通り道』はそのまんまだ。あのガタイで地表の竜の谷と行き来できるとこなんざ、そこくれーしかなくてよ。『大宴会場』は、外から迷い込む獲物目当ての連中がたむろってる場所さね。獲物が入り込んだ暁には、喰えや騒げやの乱痴気騒ぎ――ってね。ここには地下に棲息する生物のほぼ全種が揃ってやがる。それでいて、上手いこと棲み分けがされているってんだから不思議だよなぁ。ちなみに、熟練の冒険者でもここからの侵入は避けるのがセオリーな。でもって、残りふたつがオーソドックスなルート。1日や2日のよけいな時間はかかるが、開拓されて比較的安全な迂回ルート、って冒険のしおりにも載ってるくらいさね」
「……だったら迂回するしかないですよね」
率直に言うと、一刻も早くここから抜け出したい。
さっさとこの陰鬱な地下を脱したいのは山々だが、急いては事を仕損ずるでは意味がない。
食料も乏しい状態で残り2日はきついが、安全には替えられないだろう。
そう思ったのだが、
「いんや。大宴会場を抜けるルートで行く」
デッドさんはあっさりと否定した。
「理由はふたつ。安全なルートとはいっても危険がないわけじゃない。もともと速度重視で駆けつけたかんな、あたいも充分な準備ができてねえ。食料の不安もある」
「で、でも、それなら! 大宴会場で戦闘に巻き込まれるほうがよっぽど――食べるのは2日くら」
「――重要なのはふたつめさね」
デッドさんが言葉尻に被せてきた。有無を言わせぬ口調だった。
珍しく神妙な面持ちで目を細めていたが――やがて腰に両手を当てると、重々しく嘆息した。
「やっぱ、自覚してなかったかぁ……アキ、おめー。すんげえひでぇ面してんぞ? ほれ、見してみ?」
強引に俺の頬を両手で挟むと、瞼を下に引っ張って眼球を覗き込まれた。
「あ~。精霊魔法でだいぶ緩和されちゃあいるが、重度の中毒症状が出てやがる。こういった地下迷宮ってな、人体に悪影響の天然ガスが発生して溜まりやすいんだよ。このままここにいて、ガスを吸い続けてたら――」
「吸い続けていたら……?」
ごくりと喉が鳴る。
次いでデッドさんから放たれた言葉は、
「死ぬよ。おそらくは――明日まで持たねえな」
無慈悲な死刑宣告だった。
死を覚悟させられるのは、これで何度目だろう。
異世界の運命の神は、よほど俺のことが嫌いらしい。
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