第六章
異世界へ帰ります
翌朝――祖父母、両親、そして叔父の友人たちに見送られて、俺たちは実家を後にした。
離れていた年数の割には、たった一晩の短い里帰りだったが、思い出深いものとなった。
特に、叔父にとってはひとしおだろう。
名残惜しさはあったが、これからも会おうと思えば会えるし、声だけならいつでも聞ける。
昨晩の様子を見る限り、時間としては15年という歳月は長かったろうが、当時の関係に立ち戻るのはひと目で充分だったらしい。
俺も白木家の一員として、長年蝕まれてきた家族のわだかまりが消えたのが、我がことのように嬉しかった。
後ろからついて歩く叔父も、なにをしているわけではないが雰囲気がどことなく陽気で、肩の荷が下りたようなすっきりとした顔をしている。
関係ないが、さらにその後ろを歩く春香も、なんだか陽気だった。
こちらはたぶん、叔父と一緒なのでご満悦なだけだろう。
なんだかんだで、春香はすっかり叔父に懐いている感がある。
ちなみに春香は、リコエッタとの約束を果たすため、異世界に戻る俺たちに同行していた。
叔父同伴という免罪符を得て、今度こそ両親から正式な外泊許可が下りたらしい。
期間は1週間。名目は「叔父の住居近くに住むお世話になった友人へのお礼」だ。
先だっての『旅先』で、春香は困っていたところにどれだけ助けてもらったかを力説し、承認を得ていた。
人情に厚い父は、むしろ手土産まで渡して、重々お礼をするように後押ししていたほどだ。
よもや自分の娘が、一歩間違えば命に関わるほどの『困っていたところ』だったとは、知る由もないだろうが。
俺のほうは、事業を起こしている叔父のもとで、社会勉強代わりの住み込みバイトという扱いに収まっている。
「しっかりな」と真顔で励ましてきた両親の言葉の裏に、「就職浪人だけはするなよ」という声が聞こえた気がした。
頼りなくて、すみません。
なにはともあれ、いろいろと辻褄が合わなさそうなことも、叔父はしっかりと手を回してくれていたようで、すんなりと実家から送り出してもらえた。
これでなんの憂いもなく、異世界に戻ることができる。
――と、安心していたのだが、例の叔父の巻き込まれ体質を失念していた。
帰り道でもしっかりといろんな事態に遭遇し、春香とふたりでへとへとになって祖父母宅に辿り着いた。
「お。届いてる届いてる!」
叔父は家に入る前に、垣根越しに庭先を覗き込んでいた。
「にいちゃん、庭になにか置いてあるんだけど。なにこれ? バイク?」
「これって……4輪バギーってやつじゃないかな」
前日、出立したときにはなかったはずだが、確かに庭先に乗り物が停めてあった。
車高120センチ、車幅100センチ、車長180センチほど。
バイクふうのハンドルに、大きめのオフロードタイヤが4つ備えられている。
見た目の小ささの割には重厚な造りで、悪路でも容易に走破できそうだ。後部には、荷台までついている。
叔父はそそくさとどこかに電話をかけて、親しげな様子でなにやら感謝を述べているようだった。
「近所に住んでる高校時代のツレが、カーメンテのショップを経営しててな。趣味が高じて、いろんな乗り物を弄ってたそうでよ。なんか使い勝手のいい乗り物がないか訊ねたら、譲ってくれるっていうから貰っといた。持つべきものは友だな! はっはっ!」
通話を終えた叔父は、上機嫌でバギーを弄り回していた。
「って、なにぼんやりしてんだ、秋人? あっちでのおまえ用の足だぞ? 興味ないのか?」
言われて、はっとした。
常日頃から、街への毎日の移動や、素材運搬の不便さを訴えていたのは俺自身だった。
もちろん、どうしようもないことはわかっていたので、ただの愚痴だったのだが、叔父は覚えてくれていたのだ。
正直、この心配りには頭が下がる。
(なるほど、それでバギー)
このサイズなら、ぎりぎり襖を通して、向こう側の異世界に持っていける。
バイクでもないのは、荷物運びの利便さと、あちらの道なき道を考慮してのことだろう。
「でも、叔父さん。このバイク……じゃなかったバギーでしたっけ。車とおんなじでガソリンで動くんじゃないんですか? あっちにはガソリンもありましたっけ?」
春香の疑問も当然で、俺も同意見だった。
少なくとも、あちらで燃料の存在など、ついぞ聞いたことがない。
「いんや。ガソリンはさすがにないなあ。原油くらいならどこかに湧いてるかもしれないが、精製する技術も必要もないからな。そもそもこれ、電動らしいし」
「電動だったら問題ない……のかな?」
電動でも、あちらには電気自体もないような。
スマホの充電器みたいに、さすがにソーラー充電は無理だろうし。
「それには、俺に考えがある。まあ試してみてのお楽しみってやつだ。はっはっ!」
得意げな叔父には、よほど自信があるらしい。
まさか、電気系の魔法石で充電しようなんてこともないだろうが。
まあ、この叔父のことだから、任せておいて間違いないだろう。
「完成したら、『轢殺号』と名づけよう」
「止めて」
それがあった。全部お任せは危険だった。
なんで轢殺。縁起でもない。
「さあ、そろそろ戻るか、ふたりとも。リィズとリオも、待ってるだろうしな!」
推定重量150キロ。
叔父は片手でひょいとバギーを担ぎ、悠々とした足取りで玄関に上がっていった。
なんだかもう、それくらいでは驚かなくなった自分が怖い。
慣れってすごいなぁ、などと思いつつ、俺たちは後に続いた。
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