誓い

「で? いい考えは浮かんだか?」


 大の字に横たわる征司の顔に、グリズが濡れたタオルを放ってきた。


 冷えた水分が腫れた傷に染み渡って気持ちがいい。

 征司は仰向けでタオルを額に載せたまま、天井を見上げていた。


「なあ、おっさん。手助けしたい奴がいる、でもそいつから助けを求められているわけじゃない。もしかしたら、助けを求めるどころか、望んでそうしているのかもしれない。そんなとき、どうすればいいんだろうな? 手前勝手にかかわるのは、やっぱ迷惑なだけかな?」


「なんだ。なにを悩んでいるかと思ったら、リィズのことか。女のことで悩むとは、青いなセージ?」


 一発でばれていた。


「わからいでか。おぬしがそこまで親身になるといったら、ここではアレくらいなものだろう? おおかた、『半端者』が肩身の狭い思いをしているのではないか、どうにかしてやりたい、などとでも考えているのだろう、違うか?」


 妖怪か、あんたは。


「まあ、100%その通りなんだけどよ」


 征司は観念して、グリズに洗いざらい話すことにした。


 征司自身は、困難には真正面からぶつかり、乗り越えるタイプだ。

 そのため、他人のことも自分を基準に考えてしまいがちになる。


 しかし今回ばかりは、問題の本質がリィズの心根の深いところにある。

 そんな機微に安易に踏み込んでいいものかと思う反面、だったら他の誰が踏み込めるんだ、という気持ちもある。

 だからこそ、どうしても煮え切らない。


 グリズは真剣に耳を傾けつつも、どこか楽しげだった。

 そして、話を聞き終えて一言、


「放っておけ」


 あっさりと言い切った。


「それじゃあ、なにも解決しないじゃねえか!」


 思わず詰め寄る征司だが、グリズは飄々としたものだった。


「なんだ、おぬしが解決する必要などあるのか? 自分でも言っていただろう、迷惑じゃないかと? ああ、迷惑だな。なにも知らない者の、したり顔の物言いほど腹立たしいことはない。おぬしは喧嘩ひとつしたことない小僧に、本で読みかじった格闘法を講釈されたらどうする?」


「……とりあえず腹パンかな」


「だろう? わしだったら5日は物が食えないようにしてやるところだ」


 えげつない。


「それくらい、今のおぬしがアレにどれほど言葉を重ねても、これっぽっちも響きはせんよ。むしろ逆効果だろう。それだけ、おぬしの世間は狭い。おぬしが考えている以上に、この問題は深く暗い。アレが背負っているものもな」


「けっ、そうかよ」


 征司にも自覚はあった。

 気持ちばかり先走るが、現実問題として征司には術がない。

 経験を伴わない知識は、ただの知ったかぶりだ。

 理解はしているつもりでも、実体験として識っているわけではない。


 そもそも征司はまだ17歳の若輩。

 狭い環境で生まれ育ち、経験も知識もまるで足りていない。


「おっさんだったら、どうなんだよ?」


「わしか? わしは生粋の獣人だ。それこそ、アレが抱いた気持ちを真の意味で推し量ることはできまいよ」


「じゃあ、結局は放っておけってのかよ」


「だから最初からそう言っておるだろうに、わからん奴だな。『今のおぬしには』できることはなにもない」


「だけどよ……ん? 『今の俺』には?」


 ようやく気づいたか、とばかりに、グリズが相好を崩した。


「簡単なことだ。経験がなければ体験すればいい。知らなければ実際に見聞きすればいい。世界を歩き、見識を広めて、自分の言葉に相手を納得させるだけの説得力を持たせればいい――セージ、おぬしは『冒険者』を知っているか?」


 グリズは銀虎の獣面を、征司の鼻先まで近づけて言った。





「どうした、セージ様? 今日は身体の動きが鈍いな」


「いやあ、ちょっと虎のおっさんと派手にやりあってな。何気にぼろぼろ」


 村に通うようになってからも、征司とリィズの夕食前の鍛錬は継続していた。


 戦績はいまだに芳しくないが、今日に限ると重要なのはそこではない。

 この時間がほぼ唯一といってもいい、リィズとの語らいの場なのだ。


 リィズは相も変わらず、鍛錬の後は黙々と食事を取り、すぐに寝室に引っ込んで寝てしまう。

 そして、朝は征司が起きる前に、ひとりで村へと出かけてしまう。


 今日のこの時間を逃すと、次の機会は明日になる。

 それでは意味がない。


 鍛錬を終えて家の中に入ろうとしたリィズを、征司は呼び止めた。


「俺は冒険者になることにした」


 前置きもなくそう唐突に切り出した征司の宣言に、リィズは意表を突かれたのか、ドアのノブを握ったままの格好できょとんとしていた。


「ここから北上したところに、カルディナって人口1000人ばかりの、大きめの町があるらしいんだ。町には冒険者ギルドがあって、虎のおっさんの紹介で行ってみるつもりだ。知ってたか? あのおっさん、若い頃は名うての冒険者だったそうだぞ?」


「……どうしてまた急に?」


「理由はいくつかあるな」


 征司は右手を掲げ、人差し指を立てた。


「まずはひとつ目は、真っ当――かどうかは知らないが、自分で金を稼ぐためだ。いつまでも居候生活は、かっこ悪いからな」


 次いで中指を立てる。


「ふたつ目は、強くなるためだ。冒険者は危険と隣り合わせと聞いた。だったら、腕を磨くにも最適だろう? 実戦に勝る訓練はないって言うしな。村で鍛錬するのもいいが、人間である俺を戦場に連れて行くのは、どうあっても無理らしいからな」


 さらに薬指を立てる。


「みっつ目は、俺はこの世界を見て回りたい。この世界がどんなものか、どうしても知りたくなった! はっはっ!」


 最後に、征司は3本立てた指を握り拳にして、リィズに差し出した。


 リズは特になにも答えなかったが、征司にはそれでも充分だった。

 これは征司なりの決意表明だ。


 力になりたい少女がいる。すべてはそのために。

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