叔父が異世界から里帰りします 4

 ~証言その1~


 母親の手から離れ、赤信号で横断歩道に飛び出した園児に、車の猛威が迫っていた。

 急ブレーキ音が響き、運転手がハンドルを切るが間に合わない――と思われた瞬間、対向車線から飛び出した叔父が、前宙しながら空中で園児を掻っ攫って、事なきを得た。


 園児の母親と、降りてきた運転手からすごい感謝されていた。

 園児は、意味はわかってなかったが、叔父に肩車されてご満悦だった。



 ~証言その2~


 通りがかったアパートの2階で小火騒ぎが起こっていた。

 すでに消防車は到着しており、野次馬も多い。


 どうやら室内に取り残された者がいるらしく、現場は騒然としていた。

 救出に入ろうとした隊員が、熱で膨張したドアが開かずに悪戦苦闘している。


 スマホで写真を取り捲る野次馬を一足飛びにし、叔父は現場に参入した。

 1歩目で2階の踊り場の柵に掴まり、2歩目で柵を乗り越え、3歩目でドア横の壁を蹴破った。

 唖然とする隊員を置き去りに室内に飛び込み、寝たきりの老人と幼子ふたりを肩に担いで戻ってきた。



 ~証言その3~


 背後から老婆の声が上がった。


 振り返ると、中型バイクに跨ったフルフェイスヘルメットの男が、老婆から奪ったらしきバッグを片手に、猛烈なスピードで通り過ぎるところだった。

 叔父はすれ違いざま、バイクの後部座席を掴んでいた。


 タイヤが空転し、反動で前輪が跳ね上がってバイクが宙を舞う。

 叔父は片手で男をキャッチし、もう片手で掴んでいたバイクを足を器用に使って地面に着地させた。


 バッグを返すと老婆は感謝して何度も頭を下げていた。

 お礼に手作りのおはぎまでくれた。


 失神していた引ったくり犯は、こっそり交番横に投げ捨てていた。



 ~証言その4~


 ビルの解体工事現場に差しかかったところで、突風が吹いた。


 安全用の保護シートが固定具を引き千切って風に煽られて、上方の現場作業員から悲痛な叫びが上がった。

 資材を纏めてあったワイヤーが外れ、地上10メートル以上の高さから大きな鉄骨が2本――路上の通行人たち目掛けて落ちてきた。


 叔父は目にも留まらぬ爆発的なダッシュで落下地点に滑り込み、通行人の頭上で鉄骨をそれぞれ片手で受け止めた。

 上腕の筋肉がはち切れんばかりに盛り上がり、服の袖が裂けたものの、それだけだった。


 叔父は鉄骨を道の隅に寄せると、現場がまだ状況を理解していないうちに、その場を後にした。




 ――というのが、ほんの1時間ばかりの間に、俺たちが目にした光景である。


「なあ、春香」


「なに、にいちゃん?」


「俺たちの地元ってさ、こんな日常的にいろんなことが起こるところだったっけ?」


「さあ? 少なくとも、わたしは生まれてこの方、こんな物騒なことに遭遇したことはないけど」


「だよね? よかった。俺のほうがおかしいのかと思った」


 ふたりの見解は一致した。


「なんか、テンプレのオンパレードって感じだよね?」


 春香が頬を引きつらせながらも、冗談交じりに言う。


「これで、銀行強盗とかも起こったら、完璧かも」


「いくらなんでも、それは――」


 笑い飛ばそうとした俺の隣を、けたたましいサイレンを鳴らしてパトカーが追い抜いていった。


 たしか、この道の先には、地方銀行があったはずだ。

 一緒に歩いていたはずの叔父は、いつの間にかいなくなっていた。




 濃密な時間を経て、ようやく実家に着いた頃には、俺と春香はすっかりと疲弊していた。

 原因である当の叔父は、老婆に貰ったおはぎを頬張りながら平然としたものだ。


 先頭に立つ俺にとって、実家に戻るのは実に3年ぶりとなる。

 もともと大きめの建売だった一軒家は、祖父母が同居するということで増築して二世帯住宅となっていた。


 話には聞いていたが、リフォームされてから足を踏み入れるのは初めてのことだ。

 インターフォンを押そうか迷ってから――とりあえず、押さずにそのままドアを開けた。


「た、ただいま~」


 ぎこちなくも、声を張り上げる。


 入り口脇の部屋に待機していたのか、すぐに出迎えがあった。

 玄関前に立ちはだかるのは、俺と春香の父――白木隆一である。

 家の中では、お馴染みの丹前を身に纏っているのも変わらない。


「帰ったか、秋人。久しぶりになるな、おかえり」


 腕組みをした父は、抑えた声音で言った。


「たっだいま~」


 次いで気軽な声で春香が玄関を潜り、殿の叔父が姿を見せると同時、


 ――ばきっ!


 無言のままで父が、叔父の顔面に正拳を叩き込んでいた。


 突然の展開に驚いたものの、叔父には父の拳が避けられたはずだったが、避ける意思はなかったように感じた。


 ちょうど中間にいた春香は、もろに眼前を拳が通り抜ける形になったので、声をなくして口をパクパクしている。


「いいパンチだな、兄貴」


 叔父は鼻を指で弾き、不敵に笑っていた。


「抜かせ、愚弟。見た目はいい大人になったが、そのふてぶてしさは変わらないようだな」


 父も笑みで返している。


「ボロボロの格好だな。巻き込まれ体質なのは相変わらずか」


「おかげさまでな。いろいろと懐かしかったよ」


「白木家の家系の中でも、おまえのはずば抜けて酷かったからな。秋人はたいしたことないが、春香には少しケがあるか」


 巻き込まれ体質というのは初耳だが、文字面からもきっと先ほどまでのことを指すのだろう。

 探偵が事件に遭遇するかのごとく、勇者は他人を救う運命にある? なんにしても、傍迷惑な体質に違いない。


 思えば、叔父をはじめ、自分が、妹が、異世界というものに関わるようになったのも、この体質が原因なのかも――と、ぼんやり考えていると、隣で春香が頭を抱えてうんうん唸っていた。

 なにか心当たりがあるらしい。


「ともかく、上がれ。積もる話もある」


「ま、そうだろうな」


 父が叔父を招き入れ、客間の襖を開けると……その奥に布陣を敷く、母の夏美と祖父母の3人の姿が見えた。


「悪りぃが、秋人と春香は、しばらく時間を潰してきてくれ。ここから先は、親兄弟の語らいだ。なあに、そんなに時間はかからんだろ」


 にやっと笑う叔父に、俺たちは素直に従うことにした。

 父と叔父を呑み込み、客間の襖は閉じられた。


 にわかに聞こえ始める、泣き声・怒声・乱闘音の数々。

 なにが起こっているか興味はあったが、俺は春香を連れて、帰省したばかりの家を出ることにした。

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